第9話
兵士の胸でエリスは泣き叫んだ。
長く、長く。涙が枯れるまで、体力の全てが底をつくまで。
泣き、喚き、叫び続けた。
ようやく落ち着き、穏やかな表情で眠る彼女を見て、エドワードは胸をなでおろした。
「ようやく落ち着いたか」
「ええ。やはり思い出させるのは、酷だったのではないですか? もう少し時間を置いてからの方がよかったのでは?」
「ふむ、そうだったかもしれないな……この子には悪い事をした」
「どうします。目覚めるまで待ちますか?」
「いや、このまま運んでしまおう。夜が明ける前にここを出発したい。できることならこの子に納得してもらいたかったが、この際仕方がない。世話はお前に任せる。頼めるか」
「わかりました」
兵士の返事を聞くと、早々に踵を返し、ドアノブを握る。
だが、扉はエドワードが力を加えるより先に、扉はひとりでに開かれていく。
扉の先にいたのは、何食わぬ顔をしたジャックだった。
「何かあったのか?」
エドワードと顔をあわせるなり、ジャックはそう尋ねた。
「聞こえていたのか」
「ああも喧しい悲鳴をあげられたら、村のどこにいたって聞こえる」
ジャックは視線をエリスへと向けると、不思議そうに小首を傾げた。
「眠っているのか?」
「え……あ、ああ。ちょっと無理をさせてしまったんだ」
「無理? 一体何を」
「記憶を、呼び覚ましてやろうとしたんだ」
「記憶を? 何も憶えていなかったのか?」
「いや、昨日の夜の事だけ断片的に記憶が飛んでいたようだ。部下の話じゃ、この子の両親と思われる男女が地下に通じる扉の上に倒れていたそうだが、おそらくこの子は両親が殺される所、もしくは食われている所を見てしまったんだろう」
エドワードは兵士に背負われる少女を見る。
「だが、彼女の心はその事実を受け入れることは出来なかった。それで彼女の頭はその記憶を一時ばかり心の奥底にしまい込んだ。憶測でしかないが、だいたいこんな所だろう。本来ならもう少し時間を置いてから、思い出させるなりすればよかったのだが……」
「この村唯一の生き残りなのだろう? くれぐれも大切にしてやれ。気が狂うようなことになったら、誰しも寝覚めが悪いだろ」
「確かに、少し軽率すぎたな」
ジャックはエドワードの前から離れ、兵士の方へ足を向けた。
エドワードはその後を目で追っていく。
ジャックは眠っている少女の隣に立ち、額にかかる前髪をそっと撫でて払う。
「何だ、その子が気にかかるのか」
「……さあな」
少女の顔から手を離すと、エドワードの横を通って外に出る。
「馬車で待ってる」とだけ言うと、振り返ることなく、闇の中へと消えていった。
「何だったんでしょうね」
「わからん。我々ももう行こう。ここに長くいたところで、何にもならない」
「そうですね」
兵士を先に外に出し、エドワード自身は暖炉へと向かう。
水瓶から桶一杯分の水をすくい取り、それを炎の中へとそそぎ入れる。
燃立つ炎がしぼみ、黒の中に沈む。
最後の抵抗とばかりに、灰と煙を巻き上げて、エドワードの顔に吹き付ける。
炎が完全に消えたのをみると、桶についた水気を払い暖炉の上に置く。
人の気配がないことを確かめると、玄関を出て扉を閉めた。
暗闇に包まれた家に、月明かりがひっそりと射し込む。
これまでいくほどの記憶をため込んだ家。
その最後は悲しく、ひどく寂しい影によって彩られることになった。
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