教えて、理央先生! ブタ野郎、ループに死す(社会的に)⁉

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ループの恥はかき捨て⁉

「──助けて、えもん! 『エン○レスエイト』になっちゃったよ!」


「…………………は?」


 私こと、ふた理央の(無許可の)プライベートルームである、物理実験室に飛び込んでくるやいなや、とんでもないことを言い出した、別に友人でも何でもない赤の他人の男子高校生、あずさがわさく

「おいっ、このブタ野郎! よりによって『エンドレスエ○ト』はないだろうが? 今一体何人(電○文庫関係者の皆様を)敵に回したと思っているんだ⁉」

「そんなことなんて、どうでもいいんだよ! ループだよ、ループ! なぜかいつまでもたっても、夏休みが始まらないんだよ! このままじゃ、じゃないか⁉」

 何か知らんが、必死の形相で、わけのわからないことをわめき立てる、ブタ(以下省略)。

 私はほとほとあきれ果て、大きくため息をつくや、

 ──一刀のもとに、バッサリと斬り捨てた。


「おいおい、何馬鹿なことを言っているんだ。実は量子論なんかに基づけば、この現実世界では、ループなんて起こりっこないんだぞ?」


「へ?」

 ほんの一瞬、完全に呆けた顔で静止する梓川──だったが、すぐさま再起動して、猛烈な勢いで食ってかかってくる。

「うおおいっ! ループがけして起こらないなんて、原典オリジナルを全否定するつもりかよ⁉」

「……これだから、『にわか』は。君は今回の『プチデビル』回を始めるに際して、ちゃんと原典オリジナルを読み直したのか?」

「えっ? あっ、いや、そのう……」

「いいから、今すぐ読め!」

「は、はいっ!」

 私が手渡した、今回の原典である『青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない』を、素直に目を皿のようにして読み始める梓川。

「……………あれ? これって、ループじゃないぞ。何か『ラプラス』とか『悪魔』とかどこかで聞いたようなフレーズが乱舞していて、『けしてループではなく、むしろ未来予測の一種のようなものである』、ってことになっているな」

「とにかく、これで君も、しっかりとわかったろう?」

「わかったって、何がだ?」

「もちろん──」

 ここでいったん呼吸を整えて、私は満を持して高らかに宣言した。


「今回の原典である『青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない』が、けして『エ○ドレスエイト』の二番煎じなどではなく、むしろ現代物理学を代表する量子論に基づいた、革新的なオリジナル作品だということをだよ!」


「──露骨な追従&よいしょがきたな、おいっ⁉」

 驚愕の声を上げつつ、一応原典の内容に関しても、忌憚なき意見を述べてくれる梓川君。

「う〜ん、確かにこの本に書いてある通りだと、単なるループなんかじゃないのはわかるけど、いくら何でもアリの『思春期症候群』とはいえ、女の子が一人で世界そのものを構築シミュレートするなんて、本当に可能なのかねえ……」

「だからそこで、最初に述べた『この現実世界では絶対にループは起こらない』という大原則が、生きてくるわけなんだよ。──いいかい? 耳の穴をかっぽじって、よく聞きな」

 そして私は続けざまに、何ら躊躇なく、本日最大の爆弾発言を投下した。


「この現実世界においては、それこそ無数に存在するループ中の周回世界をすべて構築することはもちろん、現在や過去の世界を改変することも、一つの世界を二つ以上に分裂させることも、閉鎖空間や仮想世界等の空間や時間が一定程度限られている世界を生み出すことも、その他いかなる意味においても、世界を新たに創出したり変化をもたらすことなぞ、けしてできないんだ。──なぜなら、オリジナルか改変後か分裂後かにかかわらず、文字通り世界はすべて、のだからね」


「…………………………え、え〜と?」

 すっかり呆気にとられてしまって、それ以上二の句が継げなくなってしまっている、目の前の少年。

 ……やはりブタ野郎には、少々難しすぎたかな?

「まあ、わかりやすい例を挙げるとしたらね、普通小説において原典とその二次創作とがあったら、当然原典が先にあって、それをお手本にして後から二次創作が生まれると思うよね? もちろんこれは常識的には正しいけど、物理学的かつ心理学的には、別の理論もあり得るんだ。──曰く、あくまでもであるが、原典と二次創作にはその発生の時間的差異なぞなく、両方共のだ──と」

「はあ?」

「もっと言えば、あくまでもであるが、何よりも肝心な文字通りのさえも、何と原作者であられるかもはじめ先生が創作する以前から──そう、まさしく、存在していたと言うこともできるのだよ」

「はあああああああああああ⁉」

 実験室中に響き渡るかのような叫び声とともに、私のほうへと迫り来る同級生の少年。

「何その、Web小説史上最大級の、問題発言は⁉ それってある意味、小説家の自作に対する著作権を全否定したようなものじゃん。電○文庫関係者どころか出版関係者全員を敵に回そうとしているのは、むしろおまえのほうじゃないか⁉」

「やれやれ、私の話をちゃんと聞いていたのかい? ちゃんと『あくまでも可能性の上での話であるが』って断っただろうが? ──ところで、『可能性としてのみの存在』とか『可能性としてのみの世界』と聞いて、何かを思い出さないかい?」

「あ」


「──そう。梓川もようくご存じの、量子論だよ」


「……うっ。ということは、これからまた長々と、双葉お得意の蘊蓄話が始まるってわけか」

 だまらっしゃい。てめえは大人しく、私の話を拝聴していればいいのだ。

「量子論とは何かというと、極論すれば、『この現実世界には無限の可能性があり得る』ということを、物理学として論証することなのであって、まさにその『無限の可能性』を具象化したものこそが、多世界解釈量子論で言うところの『無限の可能性としての世界』である多世界であり、よって多世界には文字通りの世界が含まれていなければならず、つまり歴史の始まりの始まりの時点ですでに、『現時点の世界にとっての次なる世界』として、単なる『至極順当な次の瞬間の世界』だけでなく、数百年後の未来の世界等の時間を跳躍した世界も、少々趣を異にするいわゆる平行世界パラレルワールドも、まったく趣を異にするいわゆる異世界ファンタジーワールドも、そして多世界解釈的には立派に『ミライの世界の候補』の範疇に含まれる、小説等の創作物の世界も、ありとあらゆるタイプの世界が最初から存在していることになるのさ」

「……いや、毎度ながらのご高説、心底痛み入るんだけど、あくまでも本題は『ループもどきの仮想的な世界の構築なんていう、とんでもない離れ業を、本当にただの女の子が為し得るのか?』なんだけど、そこのところ、忘れてないよね?」

 いかにもあきれ果てたように苦言を呈するブタ野郎であるが、もちろんこちらとしても忘れたわけではなく、ただ話の流れとして以上のような前置きが必要だっただけのことで、「それならば」と、リクエスト通りに、

 ──一気に、核心に迫ることにした。


「つまりはね、ループ的な仮想世界だろうが、過去や未来の世界だろうが、平行世界や異世界だろうが、場合によっては小説の世界だろうが、『可能性としての世界』という意味では、何ら変わりは無いんだよ。基本的システムとしては前回での、『記憶喪失中だけの仮の人格』である『かえでちゃん』のを、花楓かえでちゃんの脳みそにインストールするやり方そのものなのさ。──そう。何度言うように、君はループなんて一切しておらず、あくまでも朋絵君の思春期症候群の力によって、無限の可能性の具現たる無限の多世界の中に存在している、人類を始めありとあらゆる森羅万象の『記憶』が集まってきている、ご存じ集合的無意識にアクセスさせられて、無数に存在し得る別の可能性の世界パラレルワールドのいわゆる『別の可能性の梓川咲太』の、6月27日から7月18日までの『記憶』を、一度に無数にインストールされてしまっているものだから、、これまで同じ日々をループしたものと思い込んでいるけど、君は紛うかたなく今日──正確には夏休み直前の『7月16日の君』自身に過ぎず、もちろん本日においてこれ以降も別にループすることなぞなく、このまま17日18日19日と経過していき、晴れて夏休みに突入することになるだけなのさ」

「……………………………へ?」

 一気にたたみかけるようにして言い終えてみたところ、肝心の梓川のほうはいまいち理解が及ばなかったようなので、今一度わかりやすく言い直してみる。

「あー、簡単に言うとだねえ、君自身はもちろん、この世界自体も、ループなんて一切していなくて、ただ君の脳みそだけが、朋絵君の思春期症候群の力による、ある意味『催眠術』的な効果のために、ようなものなんだよ」

「そ、それってつまりは、僕はこれまで実際には、ループのようなことはまったく体験しておらず、少なくとも今日は僕にとっての唯一の『7月16日』でしかなく、後からもう一度ループの周回に入ることで、すべてがことはないってわけなのか?」

「うん? どうした、顔色が悪いぞ? 君はループ状態から解放されたかったんだから、望みが叶ったわけじゃないのか?」

「違う! 僕はループそのものから逃げ出したかったんじゃなくて、たとえ新たなループに突入してもいいから、を、無かったことに──」


「……せんぱ〜い、見いつけたあ♡」


 梓川の何だか支離滅裂な台詞を遮るようにして、突然聞こえてきた、どこか聞き覚えのある少女の声。

 思わず入り口へと振り向けば、そこにはまさに噂の彼女がたたずんでいた。

「…………

「うふっ、先輩ったら、私のことは『朋絵』って呼んでって、言ったでしょう? ──それで先輩? どうして私以外の女と、一緒にいるのですか?」

「ち、違う! 双葉には、ちょっと相談に乗ってもらっていただけで」

「そんな雌ブタなんて、どうでもいいんですよ。──それよりも早く、さんのところに行きましょう。先輩も早く、彼女ときっぱりと、を済ませたほうがいいでしょう?」

「えっ………ええと、いや、君、別にそんなに、急ぐ必要は──」

「先輩?」

「あっ、はい!」

「先輩あの夜言いましたよね、僕が愛しているのは朋絵だけだって麻衣さんとは別れるってだから私女の子にとって一番大切なものをあげたのですよ?先輩まさか私のことを裏切るつもりじゃないでしょうね?もしも先輩がその気ならまず麻衣さんを血祭りに上げてその後のどかさんと花楓ちゃんを──」

 笑顔のままで、滔々と語り続ける、朋絵嬢。

 ……しかしそのよどみきった瞳だけは、一切笑っていなかった。


 ──っ。この正真正銘のブタ野郎が! 現在の状況をループであるものと信じ込んでいたものだから、「ループの恥はかき捨て」とばかりに、適当に言いくるめて、朋絵君と関係を持ちやがったな⁉


 ……ああ、だからこれがループなんかじゃなく、普通の現実の日々でしかないことを聞いて、あれほど慌てふためいたわけだ。

「──あっ、ふ、双葉、どこに行くんだよ⁉」

 鞄を手に立ち上がった私を見て、あたかもすがりつくようにして問いかけてくる、ブタ(以下省略)。

「……どうやらお邪魔みたいだから、私は帰らせてもらうわ」

「い、いや、邪魔だなんて、そんな! お願いだ、もうちょっとここにいてくれ──つうか、帰るんだったらその前に、僕のこと、助けてくれよ!」

「御免こうむるわ。すべては君の、自業自得というものだろう?」

「ふ、双葉ー‼」

 断末魔のような叫び声を上げる梓川を完全に無視して、さっさと扉を閉めて部屋を後にしていく。


「いいですよ、先輩がそのつもりなら、先輩が誰のものなのか、ここでしっかりと、身体に教え込んであげるだけですから♡ ──ええ、もう二度と、ほかの雌ブタどもに色目を使えないように、じっくりと調教して、ア・ゲ・ル☆」

「い、いやだ、やめろ! く、来るな、こっちに来るんじゃない! お願いだ! ループでも他の思春期症候群でも、何でもいい! 僕を今すぐ、こんなふざけた二次創作セカイから脱出させてくれ! うわっ⁉ こ、古賀、一体何を? そんなもの、入るわけが………あ、あ、あ、あ───────ッッッッッ!!!!!」


 ……やれやれ、なぜだか夏になると、ラノベやキャラ文芸界隈じゃ、どいつもこいつもむやみやたらと、ループをし始めるものだから、もううんざりだよ。

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