線香花火は冬に咲く

秋田健次郎

第1話

 目を覚ますと見慣れない天井があった。それもそのはずだ。この新居に引越して来てからまだ日が浅いのだから。

 私はベッドから身を起こし、軽くストレッチをする。私の部屋にはすでに前の家から持って来た勉強机やら本棚やらが身を構えている。本棚には教科書類が詰まっており、これも前の家から持ってきたものだ。

 父の仕事の都合で11月という非常に中途半端な時期に引っ越すことになり、そうなるともちろん学校も変わることになる。高校生が転校する際は編入試験というものがあるらしく、例に漏れず私もそれを受けさせられた。今日、こうして登校準備をしているということは当然合格した訳だ。

 顔を洗うために洗面所へと向かい鏡の中にある自分の顔を覗き込む。少しニキビが増えてきたような気もするがやはり、洗顔などをした方がいいだろうか。そんな事を思いながら眠気と学校に行きたくない憂鬱な気持ちと目やにをまとめて洗い流す。

 朝食はトーストにオレンジジュースといういつものメニューだ。時折前日の夕飯の残りが出て来る日もあったりする。トーストの最後の一口を口に詰め込むとそれをジュースで流し込む。そんな事をしているとあっという間に登校時刻になっていた。今日は登校初日なので少し早めに家を出る。

 目新しい学校指定の鞄を持って玄関を開けると先月の今頃とは明らかに冷たくなっている風を感じ、いずれくる冬の到来を感じさせる。あと2ヶ月もしないうちに今年が終わると思うと複雑な心境ではあるが、こんな時期に転校させられる身にもなってほしい。高校2年でやっと学校にも慣れてきた頃だというのに。

 まあ、人付き合いが苦手なせいで多くの友人がいた訳でもないが。新しい家と言っても一軒家ではなく賃貸で、少し古くさいマンションの5階に位置する506号室こそが私の新居だ。エレベーターで1階まで下り、オートロックではない扉を開ける。

 初めての通学路を母から聞いた道順に歩いていくと途中で同じ制服をきた男子生徒を見つけたため、その後をついていく。それから10分ほど尾行を続けた末に私がこれから通う学校が見えてきた。

 ーー緑川高校ーー

 それが私の新たな学校の名だ。校舎は所々黒ずみ、一部には苔か蔦か釈然としない謎の草状のものがへばりついているため、あまり綺麗といった印象は受けない。母の情報によるとこの学校はカバディ部が強いらしく毎年全国大会に出場しているらしい。ちなみに私はこの話を聞いた時に初めてカバディという名のスポーツを知った。

 校門を進むと正面に小さな池があり、その周りはベンチなどが置かれ、軽い広場のようになっている。そして、その広場を囲むように3方面に校舎が佇んでいる。高校2年は確か右側の校舎だと母が言っていたはずだ。下駄箱で靴を履き替える。どこのクラスなのか出席番号はいくつなのかなどといった情報は一切ないため、取り敢えず来賓用のスペースに靴を入れた。

 最初は職員室に行くことになっているため職員室へ向かう。廊下は外見とは裏腹に新しさを感じるほどには綺麗だった。職員室へ向かうと途中に


「学校を綺麗にしよう!」


 という書道家が書いたような書体で書かれた張り紙がしてあったがおそらくそういうフォントなのだろう。

 職員室の前にたどり着きはしたものの、なんと声をかけたらいいだろうかと思考を巡らせているとふと、職員室入り口の横に貼られたポスターが目についた。


“いじめに関する川柳を募集しています。これを機にいじめについて考え直しましょう! 最優秀作品には現金10万円が贈呈されます。”


 と書かれている。仮にもいじめ撲滅を目指すための川柳コンテストだろうに最優秀賞が現金というのはどうなのだろうか? 運営側は本当にいじめについて考えているのだろうか? その胡散臭いポスターの下には申し込み用紙が箱に整頓され入れてある。見た所そこそこ減っているようだが、まず10万円目当てとみて間違いないだろう。

 そんなことを考えながら辺りを軽くうろついていると、眼鏡をかけた真面目そうな教師が私に話しかけてきた。


「君はもしかして新入生かな? 」


「あ、はいそうです」


「じゃあ、ちょっと待っててもらっていいかな?」


「はい、分かりました」


 おそらく、朝の朝礼で紹介されるのだろう。アニメとかでよく見るやつだ。アニメではよく昔、仲が良かった幼馴染と再会したり、朝出会った美女が偶然同じクラスだったりするが、私には仲のいい幼馴染がいなければ、朝はずっと男子生徒を尾行していたためそのようなことは起きない。残念だ。

 先生と一緒に教室に入ると少し教室がざわめいた。

「誰?」「転校生?」「顔はそこそこかな」

 などといった声がわずかに聞こえてくる。あと、初対面の人の顔向かっていきなり評価を下すのはどうだろうか。そこそこで良かった。


「えー、転校生を紹介します。それじゃ、軽く自己紹介してもらっていい? 」


 彼は私の方を見て、どこか申し訳なさそうな顔をして言った。


「はい、谷原光と言います。よろしくお願いします」


 私が、軽く頭を下げると申し訳程度の拍手を浴び、一番後ろの無理やりスペースを作り、机を押し込んだような席に案内された。都合よく空いている席などあるはずないといつもアニメを見ながら心の中でツッコミを入れていた事を思い出した。

 その後、特にイベントが起きるわけでもなく、授業をそれとなくこなし、話しかけてくれた人にも御家芸である人付き合いの悪さを発揮し、そのほとんどが最後はアハハ……と丸見えの愛想笑いをしながら去って行った。

 そんなこんなで1日目は特に何も起こることなく終了した。しかし、イベントは2日目に起きる。1日目はチュートリアルというのが定番だ。

 その日も、何事もなく帰ろうと鞄を持ち上げようとした時、後ろから誰かに声をかけかけられた。


「あっ、ちょっと待って。頼みごとがあるんだけど」


 振り返ると、このクラスの生徒会長と思われる男が手を合わせて立っていた。厳密に彼が生徒会長なのかは分からないが他のクラスメイトたちが彼を生徒会長と呼んでいるのでまず間違いないだろう。


「なにかよう? 」


「知らないだろうけど、実は先週末に体育祭があってさ。それで、今日はその打ち上げをやろうとしてたんだけど、今、参加人数が29人なんだよ」


「それで? 」


「その、今日行くお店30人から大人数割引ってのがあって、悪いけど君今日来れる?6時からなんだけど」


 参加してもいない体育祭の打ち上げに行くなどもはや何を打ち上げているのか分からないが、ともかく特に断る理由もないため、私はこの誘いを受け入れた。すると彼は


「おお! ありがとう! 一生忘れないよ!」


 とまるで神に祈るような格好で言ってきたかと思うとすぐに体を反転させ


「谷原くんOKだってー」


 と言いながら、おそらく今回の打ち上げを運営しているのであろう者たちの集団へ帰っていった。

 持ち手を握られたまま放置されていた鞄を持ち上げ、教室を出ようとした時ふと、あることを思い、生徒会長の所へ行き質問した。


「待ち合わせ場所とかってある?」


「ああ、言うの忘れてたよ。駅前の変なおじさんの像の前に集合だから。分かるかな?」


 正直分からない。なんせここにきてまだ大した日にちが経っていないのだから。

 しかし、駅の場所くらいなら分かるし、待ち合わせに利用される像なんて行けば分かるだろうと判断し


「ああ、分かるよ」


 とだけ返答した。彼は


「じゃ、後でな」


 と笑みを浮かべながら手を振り、言った。

 さっさと帰ろう。私は足早に学校を出て、帰路についた。


 待ち合わせ時間の約45分前。道に迷う可能性を考慮して早めに家を出たはいいが流石に早く着きすぎた。

 正面に駅舎があり、右手には駅から直結したショッピングモール……とまではいかないがいくつかの店が集まった複合施設があり、左手にはタクシー乗り場やバス停などが柔毛のように道路の本線から飛び出したスペースに並んでいる。

 待ち合わせ場所と言っていた変なおじさんの像というのはまさにその表現通りであり、このおじさんがなんという名前なのか、何をしてどうして像が建てられたのか全てが謎の像である。地元民であるはずの生徒会長が正体を知らなかったのだから、おそらくみんな知らないのだろう。

 像をしばらく眺めていると土台に文字の書かれたプレートが付いているのを見つけた。しかし、近くで凝視しても文字は掠れてもはやその機能を失っていた。

 日が少しずつ沈み始め淡い朱色の空は次第に宇宙色に染められていく。ゲームでもして待っていようかと思いスマホを取り出しながら辺りを見回していると、1人の男がこの像の方へ向かってきているのが見えた。おそらく彼もこの打ち上げのメンバーだろう。この像に近づく人など打ち上げメンバーくらいしかいない。彼はこちらに気がつくと手を上げながら、走り寄ってきて


「やあ、君も打ち上げだろ?」


 と言ってきたので「そうだよ」とだけ返すと


「僕も打ち上げなんだ。楽しみだなぁ」


 と返答なのか独り言なのかその間なのかよく分からないこと言った。彼は長袖のTシャツにジーパンと至って普遍的な格好しているのにどこか浮世離れしたような雰囲気をまとっており、先程からこの何もないただの駅をデジカメで撮影してるという事実がその雰囲気をより一層際立たせている。正直関わりたくないタイプの人間だ。話しかけてくれるなよ、と念じる。しかし、その思いも虚しく、彼は手に持っていたデジカメを小さな肩掛け鞄にしまうと


「君の名前はなんて言うんだい?」


 と私に話しかけてきた。


「え?ああ、谷原光だよ」


「なるほど、僕の名前は北沢京介。よろしく」


「はは……よろしく」


 私は苦手な愛想笑いをしながら、北沢という男の挨拶を受け流す。それにしても、この北沢という人はこういう打ち上げなどのイベントがあまり好きそうなタイプには見えない。比較的整った顔立ちではあるが、野暮ったい眼鏡と髪型のせいでせっかくの顔も台無しだ。関わりたくないタイプとはいえクラスメイトとこれから40分近く、2人で何も話さないというのも違和感を感じるので、勇気を出してこちらから話しかけてみる。


「あんまり、こういうイベントが好きそうに見えないけど来たのに何か理由でもあるの?」


 少し、嫌味に聞こえてしまっただろうか。少し心配しながら北沢の反応を待つ。


「理由? 別にないよ。楽しそうだから来ただけだ。打ち上げは勉強なんかより人生を豊かにするからね」


「人生を豊かに、ねぇ。僕は勉強の方が役に立つと思うけど」


「勉強はさほど重要じゃないよ。僕が実証済みだ。まあ、信じないだろうけど、僕は2回人生を送っているんだ」


 やはり、イケナイ人ではないか。話しかけたことを少し後悔する。それでも、父の教えを思い出し、会話を続けた。


「2回人生を送ったってのはどういうこと?」


「信じるのか?」


「お金と命に関すること以外のことはまず信じろ、ってのが父の教えだ」


「そうか。君はいい父親を持ってる。僕とは大違いだ。ともかく、今の人生は2周目なんだ。大切な部分だけが欠如してるけど、確かに前の人生の記憶もある」


「ふうん、それはどれくらい覚えているんだ?」


「そうだな……まず学んだことなんかはほとんど覚えている。だから毎回テストは学年1位だし」


「ならどうしてこんな学校にいるんだ?」


 転校早々”こんな学校“呼ばわりはあまりよろしくないだろうが。


「勉強に身を投じる人生は飽きたんだ。知識は人生を豊かにするがもっと豊かにすることが世の中には沢山ある。この打ち上げもそうだろ?」


「はあ……」


 ため息とも困惑とも取れる返事をする。


「にしても、信じてもらえるとは思わなかったよ。そんな君には僕の人生を豊かにする手伝いをしてほしい」


「えぇ……」


 面倒臭いことになってきた。しかし、これまで何の味気もない人生を送って来た私にとって案外悪くないかもしれない。


「まあ、いいけど」


 私がそう返事すると北沢は白い歯を見せながら


「そう言ってくれると思ってたよ」


 と7部咲きくらいの笑みを浮かべながら言った。

「で、具体的には何をやるんだ?」


「それは後で、例えば打ち上げの場なんかで考えよう友よ」


 唐突に友と呼ばれるのもどこか違和感がある。そんな違和感を誤魔化すためか、何の気なしに


「友人Kか……」


 と呟いてみた。すると北沢は


「夏目漱石だっけ?」


 と予想外に食いついてきたので驚いた。とは言っても流石にこのくらいは知ってて当然か。


「本は読むのか?」


「そうだな、まあ、たまにだけど。詳しくは打ち上げで話そうじゃないか」


 何だそれは。打ち上げまでまだ35分もあるぞ。結局、そこから35分間できたての友と何も話さない空白の時間が過ぎた。次第にメンバーも集まり始め、集合時間から10分ほどが経った頃、生徒会長が


「全員揃ったし行こうか」


 と言うと、いつかの遠足のように皆んなで生徒会長にぞろぞろとついていった。広場から少し離れた所にある路地に入り、真っ直ぐ進んで行くと本日の打ち上げ会場である焼肉屋"獄連"が見えてきた。

 店の前に置かれているメニューに軽く目を通してみるとどれも比較的安価で学生が割り勘しても問題ないであろう値段だった。店に入ってすぐ右側には竹を網目状に繋げてその後ろから赤いライトで照らす装飾物が設置してあった。おそらく獄連っぽさを表したかったのだろう。

 奥の団体客専用の個室に案内されると各々が好きな席に座り始めたのでもちろん私は端に座り、その隣に北沢が座る。この個室は中サイズのテーブルが2つずつ左右に並べられており、照明は暖色系の電球でそれを和紙のようなもので包んでいる。しばらくメニューを眺めていると店員に飲み物は何かと聞かれたので私はオレンジジュースを注文した。同じように全員にも聞いていき北沢はコーラを注文していた。

 この世界の中で1、2を争う“空腹になる音”を聞きながら肉を眺めている。カルビから滴る油が網の下に落ち、一瞬だけ炎が踊る。しかし、体育祭に参加していない私が肉を取っていいのだろうか。そんな葛藤に苛まれている中、北沢は草食動物さながらにサラダを黙々と食べていた。


「わざわざ焼肉屋に来てサラダを食べるなんて変わってるな」


 すると、北沢は咀嚼していた草たちを飲み込んでから


「肉より野菜の方がいい。肉は体に悪いんだ」


 と答えた。


「いや、野菜だけ食べてる方が体調だって崩すだろ」


 と私が実体験に基づいた正論を浴びせる。


「というか、肉ってキツイだろ?お腹がもたれるというかさ」


「そんな中年親父みたいな事を」


「前の人生分も合わせたらもうとっくに三十路は超えてるよ」


「そういえば、その前の人生とやらではいくつの時にどうやって死んだとかって覚えてるのか?」


「20代以降の記憶が全くないから、多分そのあたりで死んだんじゃないかと思うんだ」


「そりゃ不思議だな」


 そもそも、前世だとか生まれ変わりだとかいうもの自体が不思議を通り越してオカルトじみているとは口に出さなかった。


「だから、前の人生では味わえなかった色々な体験をしてみたいんだよ」


 北沢はそう言うとミニトマトを口に運んだ。私はトマトのあの中にあるジェル状の物体が苦手なせいで生のトマトは未だに食べられない。ちなみにケチャップなどの加工した物なら食べられる。


「体験ってのは?」


 私がそう聞くと北沢はミニトマトを食べながら小さなの肩掛け鞄から2枚の紙を取り出してきた。


「川柳だ」


 北沢はミニトマトを飲み込むと同時にそれだけ答えると1本のシャープペンシルを私に渡してきた。


「テーマはいじめだ。まあ、いじめに反対するのが普通だろうな。いじめ賛歌でもいいだろうけど、まず間違いなく賞は取れないだろう」


「これって最優秀賞に10万円が送られるやつだろ?」


「なんだ知ってたのか。なら話は早い。これで最優秀賞を取って人生に充実をもたらすんだ」


「たった10万で人生を?」


「そうだ」


 北沢は至って真面目な顔でそう言った。10万円で人生が充実するなら日本人は皆んなもっと幸せそうな顔をしているだろう。朝の通勤時間帯のサラリーマンなんて皆んな死にそうな顔をしている。月曜日ならなおさらだ。

 北沢がシャープペンシルを持ちながら必死に悩んでいるため私だけ書かないという訳にもいかない。確か小学生時代にいじめ川柳で表彰を受けたことがあった。もちろん学校内での賞のことなのでそこまで大きなものではないのだが、私の極めて味気のない人生の中では数少ないイベントだった。どんなだっただろうか。当時は何度も母に自慢していたはずなのにたった数年で忘れてしまうとは情けない。記憶の引き出しを順番に開けていき、中にある書類を引っ張り出す。小学生というラベルの貼ってあるファイルを見つけた。私が記憶との勝負に勝ったと同時に北沢が


「出来たか? 」


 と声をかけてきた。


「ああ」


 と私が自信満々に答えるとその自身が顔にも表れていたのか


「随分、自信ありげじゃないか」


 と心を見透かされた。


「まずは僕から見せよう」


 私はそう言いながら小学生時代の黄金ともいえる川柳を北沢に見せた。


 "何気ない

 その一言が

 傷つける"


「ほおん」

 と北沢は妙に上から目線な反応をした。


「なんだよその反応」


「いやまあ、悪くはないけどあまりいじめっぽくはないしどこか幼稚なんだよなぁ」


 幼稚というのは全くその通りだ。なんせ、小学生が書いたものなんだから。しかし


「随分と偉そうじゃないか。なら君のも見せてくれよ」


 私がそう言うと北沢は偉そうな顔で川柳の書かれた紙を表にした。


 "マジョリティ

 あらぬ絆で

 魔女裁判"


「ん? 」


 思わず声に出してしまった」


「マジョリティって?」


 私がこの川柳を見た瞬間に最初に浮かんだ疑問だ。


「マジョリティは多数派って意味だ」


「じゃあ魔女裁判って? 」


 私がこの川柳を見て2番目に浮かんだ疑問だ。


「16世紀後半から17世紀頃にヨーロッパであった魔女狩りの一部だ」


「だから、魔女狩りってなんだよ」


「何の罪もない人を処刑するんだ。社会に対する不安が原因の集団ヒステリーだと言われてる。いじめを連想するだろ? 」


「こんなの分かる訳ないだろ」


 こういう川柳を募集する企画はより万人うけする作品が当選するというのが普通だ。


「まあ、こんなの当選しないだろうね」


 私は北沢にそう吐きつける。もし、これが万が一当選して最優秀賞に選ばれでもしたら選考委員に問題があるとしか思えない。


「嫉妬か? 」


「んな訳ないだろ。嫉妬じゃなくて失望だよ。これなら僕の方がまだ選ばれる可能性が高い」


「いや、分からないぞ。人生には"まさか"が沢山隠されてるんだ」


「さいですか」


 私はまともに返事をする気力もなくし、適当に答えた。


 それから、北沢としばらく雑談をかわし、気がつくと時計の針は夜の9時を指していた。生徒会長が


「そろそろ、お開きにしましょう。今からお金集めて回るんで」


 と言うと皆が一斉に財布を取り出し、ごそごそと弄り始める。生徒会長とあとリーダー気取りの女が2人がかりでお金を徴収していく。生徒会長は私の前に来ると


「1人、1500円ね」


 と言うので私はその要求通りの金額を差し出す。1人1500円というのは打ち上げとしてはどうなのだろうか。相場が分からないためいまいち判然としない。

 店を出ると辺りはすっかり暗くなっていたが街頭のおかげで不自由さは感じない。空は漆黒にほんの少しの青を混ぜたような色をしており、星は殆ど見えない。北沢とは駅まで共にし、そこから別れた。

 彼は黒洞々たる夜に消えていき、その後の北沢の行方は誰も知らない。


 という訳ではもちろんなく、翌日、学校で雑談をしていた。    

  

「そういや、ちゃんと用紙投函してくれたか? 」


「ああ、したよ」


 私は昨日北沢から例の川柳コンテストの用紙2枚を渡された。北沢から「これをポストに入れておいてくれ」と頼まれたものだ。ちなみに「それくらい自分でやれよ」と反発はしてみたが、「僕の帰る方向にポストがないんだ」と返されたためそれ以上反論することは出来なかった。北沢のあの発言が果たして真実だったのか否かは分からないが、ともかく結果発表は12月中旬だったはずだ。この学校においても川柳コンテストの結果発表を待ち遠しく思っている人は多くいるはずだろう。主に10万円目当てで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る