盲目
凪澄
【特権】
私だけが君の逃げ場である。私だけがその資格を持つと思っていた。
君に相対する全ては君を失望させ、何もかもを奪い、期待などしていなかった君を更に落胆させ、その目はますます何も映らなくなる。君が何かを望んだことはないのに、何も持っていない、心さえとうにもう残っていない君から奪っていく。肋骨を削りはらわたを掴み、血管さえ引きずり出していく。
君が何かに惹かれることが無くても、君は優しいから求められたら寄り添ってやるけれど、相対する何か、状況や環境、誰かはいつだって、更に上を求め、君が応えられなければ裏切られたと嘆き、声高に君を罵倒する。君が見捨てたと。なんて残酷だ、期待を持たせて裏切るなんて、と。
分かっているならなぜ。求めるばかりで与える物など何も無い。そんな者は君に相対する資格など持たない。君もそうだ、君は奪われると分かっていてなぜ寄り添うのか。自分からいつも何かを奪うばかりで自分に何かを与える事など、自分からなにかを求めたことなどない。君は君に相対する資格を持たない。
だからここに来る。そうでないとここに来ないのかもしれない。それでも良かった。
私は君に何かを求めた事はない。奪うこともない。只いつもここに在るだけ。旧友の名を私以外に持つ者はいないし、これからもその資格を持つ者は現れない。
この打ちひしがれた顔を君が見せるのは私だけではなかろうが、恋人にならずとも見られるのは私だけで、恋人という称号がないと見せてもらえないのだ、他は。
私は君に求めたことはないが、あるいは君を取り巻く周りに求めたことはあるかもしれない。
私の存在意義を揺るがす何かなんて要らない。同族嫌悪というやつだろう。
君を救う物など私だけで充分だし、いつか消えるものなど要らない。私は絶対に君を裏切らない。ここから一歩たりとも動かず君を待つ。
君が前を向く度に何かを奪われていくのを見続けてきた私にしか分からないであろう。前など向かなくて良いのだ。何も見なくて良い。私さえ見なくて良い。手を取り導こう。何も見えないままで良い。
君の目がもう一度何かを写すことなど無いと思ってきたし、実際それは起こり得なかった。君の双耳に助けを求める声が届いて、君が動いても私はそれで良かった。君がまた帰ってくると分かっているから。
私は知ってしまった。気づいてしまった。今、たった今この時に「それ」を失ったと。
今までそうであったことが、これからもそうであるとは限らないのに私は慢心していた。
他のものがそうだったように、当たり前だと履き違え、つまりは君が帰ってくることを、全てに失望し私を必要とすることを求めていた。
まるで君の不幸を願っていたかのような歪んだ私の驕りに、君は気づいていたのだろうか。たまたま見つけた一縷の光を君は見えない目でしっかりと捉え、捕まえ、杖は、導く者は要らなくなってしまった。
気のいい若者どうし、旧い友というだけでは足りない感情を抱えたまま私は遂に、これまで権利を持たなかった者と同様、君を恨む雑多に成り下がってしまった。
陰と陽、夏と冬、朝と夜、君との共通点など何も無い、交わる事もなく背中合わせのような私達。同性という強み、ただその梯子のみで君のところへ、なんとか警戒心をとき、そっと寄り添い、ようやく上り詰めたのに、梯子は檻となり私を閉じ込めて、鳥の羽のようにあらわれたその眩い風にあっさりと君は乗っていってしまった。
その光は消えそうにもなく、私とは違う真綿のような清い暖かさで君を包み、君に何も求めず与え続け、ただ君の幸せを求め、君の幸せに成った。私がついぞ辿り着けなかった、どんなに待とうと辿り着けなかったそれに。
見返りなど要らないと、それは自分を偽っていたのか。本当にそう思っていた、つもりだった。振り向いてほしいなどとは考えなかったのに。君が私をどう捉えていようと良かった。ただ傍に、傍に。関係に名前など要らなかったそれは、望みだったのだ。私は権利を失った。資格を。君に、いや自身に相対する資格をも。
愛とは。
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