第2話 迷宮はじめました

 トレビの大迷宮一階は、地上階層だ。

 ボロボロの建物内を歩くうちに、早速ここに住み着いている魔物が登場した。

「うむ、ゴブリンか。珍しくもないな……」

 相手は亜人と呼ばれる人間型の魔物で、こういった場所に住み着く醜悪な外見の小人だった。

 一体一体は大した事はないが、徒党を組んで襲ってくるので、面倒な相手ではあった。

「まあ、ご挨拶ってところだ。先生、一発ぶちかましてやって!!」

 ミーシャがご機嫌な調子でいった。

「誰が先生だ……。しかし、ここは乗っておこうか。どーれ」

 俺は杖を構えた。

 ゴブリン共の数はざっと二十。

 まともにやり合うと面倒だが、こういう手があった。

「フレア・ブラスト!!」

 杖全体が怪しく光り、派手な爆発がゴブリン共を消し飛ばした。

「……さ、最強の攻撃魔法。いきなりぶちかますとは」

 ここまでやるとは思っていなかったか、ミーシャがポカンとしていた。

「なに、景気づけだ。お前たち、これで気合いが入ったか?」

 三人が頷いた事を確認して、さらに一階層を進んだ。

 気配を感じ、俺は足を止めた。

 レインが剣を抜いて構え、俺は杖を構えた。

 ミーシャも一応短刀を抜いて構えたが、正直戦力としては勘定に入れない方がいい。

 ほぼ回復専門のナターシャに至っては、遺跡の中で拾って以来、どうにも気に入った様子の「朽ちたバールのようなもの」を手にしているが、これを当てにするくらいなら吹き矢に爪楊枝でも詰めて撃った方がマシだった。

「さて……」

 進行方向を塞ぐように現れたのは、悪臭を放つ腐れ死体野郎ことゾンビだった。

 まあ、説明不要かもしれないが、これはこの迷宮の中で死んだ冒険者の亡骸に低級のゴーストが憑依したもので、依り代になる死体を破壊すれば容易に倒せる……のだが。

「臭いな……何度遭遇しても慣れん」

 最大の問題は、どうにも耐えがたい悪臭だった。

「私はコイツが一番嫌いかも……」

 ミーシャが露骨に嫌な顔をした。

「……僕もダメだな。剣が痛みそうだ」

 せっかく剣を抜いたくせに、それを使う事を躊躇う馬鹿野郎。

「剣なんて買えばいいだろう。とにかく、なんとかしよう」

 俺が呪文を唱えようとした時、戦力にならないはずのナターシャが役立たずの鉄棒を構えた。

「こちらの方が確実です。『浄化』」

 ゴースト……すなわち、魂を正しい場所に送り届ける魔法。

 それが『浄化』なのだが、かなり高位の魔法だ。

 いつ覚えたのかしらないが、ナターシャは淀みなく呪文を唱えた。

「……馬鹿野郎、勉強しなおしてこい。スペルミスだ」

 ナターシャの唱えた呪文は、完全に構文を間違えていた。

 当然、なにも起きるはずがなく、もたもたしている間にゾンビの数が三体に増えてしまった。

「レイン、あとで剣を買ってやるから、心起きなくぶっ潰せ」

「……約束だからな」

 レインは剣を構え、ゾンビの一体を真っ二つにした。

「よし、俺もやるか。ここは、魔力を温存しておこうか」

 俺は杖を構え、ゾンビの一体を思い切りぶん殴った。

 元々腐っているので、簡単にその体が欠けた。

「……俺の力じゃ、さすがに一撃とはいかんか」

 もう一撃を入れようとした時、レインがそいつを叩き切った。

「タンナケットは普通に魔法を使ってくれ。慣れない打撃なんかやるな」

「……まあ、そうともいうな」

 俺は黙って引き下がった。

 その間に最後の一体をレインが叩き切った。

「まあ、こんなもんだな。ちゃんと約束は守ってくれよ」

「分かってるさ。お疲れ」

 コホン。

 俺たちは、別に遊んでいるわけではない。

 こうやって、しょうもない敵しか出ないところで、ウォーミングアップといったところだ。

「まだ、体が温まらないな。もう少し遊んで……じゃなかった、準備体操しておこう」

 レインが嫌そうに剣についた液体を払い落としながらいった。

「まあ、いいだろう。どのみち、地下への階段までは、まだ距離あるからな」

 実は魔物避けの魔法というものもあり、緊急時などに重宝するのだが、俺はあえて使わなかった。

 こうして、魔物どもと戯れ、体がいい感じで温まってきた頃、俺たちは地下へと続く階段に行き当たった。

「よし、分かってると思うが、ここからが本番だ。準備はいいな?」

 俺の問いに全員が頷き、いよいよ大迷宮への本格的な一歩を踏み出した。


 一階のどこかお気楽な様子とがらりと変わり、湿った空気に何かの腐臭が混ざり、独特の圧迫感がある地下一階へと下りた。

 ここから先は、ミーシャが先頭に立った。

 魔物の接近や罠などに敏感に気がつく必要があるからだ。

「いつもながら思うんだけど、一度解除した罠って誰がもう一回仕掛けるんだろうね。はいそこ、踏むと痛い思いするよ!!」

 ミーシャがチョークで石作りの床に円を描いた。

「まあ、この迷宮の謎の一つだな。これがなんの目的で作られたのか、それすらまだ判明していないからな」

 今のところ、発見されている階層は地下十二階まで。

 その発見者が、なにを隠そう俺たちだった。

「気味悪いですよね。でも、だから燃えるというか……」

 ナターシャがポツッといった。

「まあ、そこは分かるがな。好奇心は猫をも殺すというが、そうならない事を祈っているんだ。これでもな」

 俺は苦笑した。

 ミーシャを先頭にしてゆっくり通路を進んでいく。

 この階層はまだ一本道のようなもので、魔物と罠に気を付けていれば問題ない。

「ん……」

 何かの気配を感じ、俺は歩みを止めた。

 先頭を行くミーシャも止まり、それを見た様子でレインとナターシャも足を止めた。

「うん……スライムか」

 天井から粘液のようなものが滴っていた。

 誰がなんのために作ったかは分からないが、魔法によって生み出された人工的な生命体だ。

 一応、申し訳程度に脳みそはあるようだが、体全体が消化器官とでもいうべき、不定形な生物である。

 これもまた、この迷宮ではどこにでもいる魔物の一つだった。

「俺の出番だな。燃えとけ」

 初級の火炎魔法だ。

 こんなもの呪文すらいらず、杖のルーン文字をなぞるだけで事足りた。

 スライムには物理的な攻撃は効かないので、魔法で焼き払ってしまうのが一番早いのだ。

「さて、進もうか」

 俺たちにとって、この程度は敵のうちにも入らない。

 戦闘ともいえない戦闘を終え、俺たちはさらに先に進んだ。


 ミーシャのマッピングによると、この階層は渦巻き状に通路が続いているようだ。

 その渦巻きの中心に、地下二階に下りる階段があった。

「おっと、やっと敵らしい敵だな」

 どこか弛んでいた神経が一気に集中した。

「敵って……ここにこんなのいたか?」

 剣を抜いたレインがいった。

「いるものはしょうがねないねぇ!!」

 なにか楽しげにミーシャが短刀を構えた。

「今度は大丈夫です」

 いわなくても必要な事は分かっていたようだ。

 ナターシャが呪文を唱え、魔力の防御膜が俺たちを包んだ。

「まあ、コイツがいないと楽しくないな」

 俺は杖を構えた。

 階段への道を塞ぐようにして鎮座ましまししていたのは、緑色の鱗が特徴のグリーンドラゴンだった。

 ドラゴンについては、説明はいらないかもしれないが、地上最強といわれる無駄に大きなトカゲだと思ってもらえればいい。

「一階で会えるとは思ってなかったぞ」

 俺は素早く呪文を唱えた。

 同時にドラゴンが口を開き、強烈な火炎を吐き出してきた。

 これが、ドラゴンがドラゴンたる所以である、ブレスというやつだ。

「フレア・バースト!!」

 コイツに半端な攻撃は効かない。

 ブレスはナターシャの防御魔法が完全に防いだ。

 俺が唱えた最強の攻撃魔法が、ドラゴンの体を一撃でボロボロにした。

「このっ!!」

 弱ってフラフラしているドラゴンに、レインの剣が唸った。

 ちょうど首の付け根辺りを捉えた一撃で、ドラゴンはさらに弱った。

「さすがに、頑丈だな……」

「まあ、それだけが取り柄だ」

 ぼやくレインにいって、俺はさらに呪文を唱えた。

「今度はこうしてみようか。ウィンド・スラッシュ」

 無数の風の刃が弱り切ったドラゴンを切り刻んだ。

「ま、また、風の最強魔法……」

 ポツリとミーシャが呟いた。

「仕方あるまい。コイツにママゴトみたいな魔法は通用しないからな」

 俺だって魔力に限りはあるが、出し惜しみして死んだら元も子もない。

「そのわりには、遊んでいるようにも見えるけど……」

「よく分かったな。せっかくのオモチャだ、なぶり殺しにしてやるさ」

 俺はニヤッと笑みを浮かべ、さらなる呪文の詠唱に入った。

 その時、もう反撃する力もないだろうと思っていたドラゴンが、いきなりブレスを吐いてきた。

「アイス・ウォール」

 しかし、ほとんど反射のレベルであろうナターシャの防御魔法が、それを完全に食い止めた。

「遊ぶのも大概にして下さい。さっさと片付けて」

 珍しく怒ったナターシャに頷き、俺は唱えかけていた呪文をキャンセルして、また最強の攻撃魔法を選択した。

「フレア・バースト!!」

 爆発に巻き込まれたドラゴンが、粉々に砕けて散った。

「まあ、レッドドラゴンでこれをやったらバカだが、グリーンドラゴン程度なら遊んでもバチは当たるまい……」

「真面目にやって下さい」

 また、ナターシャに怒られた。

「……真面目なんだがな、一応は」

 俺はため息をつき、一歩踏み出した。

「ああ、ダメ。危ないから!!」

 すかさずミーシャが先頭に立ち、俺たちは慎重に地下二階への階段を降りたのだった。

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