猫の魔法使い

NEO

第1話 始まりの始まり

 ダルメート王国北西部、インデラル地域。

 ここには、いわゆる冒険者と呼ばれる者たちをを魅了する遺跡があった。

「さて、あのバカ共はまだ買い物か……」

 遺跡の名前は「トレビの大迷宮」。

 ここは、その名の由来にもなっているトレビという地方都市だ。

 その一角、裏寂れた路地裏にあるのが、この「レストア亭」というボロ宿である。

 ここは、俺たちの常宿ではあるが、他に客を見た事がない。

「全く、アイツらの買い物好きにも困ったものだな……」

 俺はため息を吐き、愛用の杖の手入れを始めた。

 ビッシリとルーン文字……簡単にいえば魔法文字が刻まれたそれは、トネリコという特殊な木を削り出して作られたものだ。

 特殊な油を染みこませた布で綺麗に拭き上げ、それが乾くまで壁に立てかけておく。

 毎日欠かさずやっているルーティーンだった。

「……いい加減帰ってこないと」

 そこまでいった時、部屋の立て付けが悪い扉が開いた。

「すまん、出物の剣を見つけてね。店のオヤジと価格交渉していた」

 自慢げに剣を掲げるこのバカを見て、俺は鼻を鳴らした。

「レイン、程々にしろよ。これで、今週に入って何本剣を買った?」

 この男、長身の体を鎧で覆ったレインは、無類の剣好きだった。

「まあ、そういうな。趣味と実益を兼ねたお遊びだ」

「お前の手は何本あるんだ。全く」

 俺はベッドから下りた。

 それと合わせるかのように、また扉が開いた。

「ごめんなさい。教会で回復魔法を教わっていたら、神父様にセクハラされたので撃退してきました」

 緑色の髪の毛を三つ編みにしたコイツは、ナターシャ。

 こっちはこっちで、無類の回復魔法好きで、暇さえあれば足繁く教会に通い、回復魔法の研鑽に勤しんでいた。

「セクハラねぇ……物好きもいたもんだな」

 思わず俺がつぶやくと、ナターシャはいきなり殴りかかってきた。

「この、心配くらいしろ!!」

 その拳をひょいひょい避けながら、俺はため息をついた。

「心配なんてのはな、もっとか弱い女にするもんだ。この暴力野郎」

「こ、この!!」

 まあ、コイツの拳など俺にとってはハエが止まるほど遅い。

 避ける事など朝飯前だった。

「ああ、またやってる!!」

 そして、最後にとにかく元気なバカが帰ってきた。

「なんだ、またなにかパクってきたのか?」

「うん、通り歩いて一稼ぎしてきた!!」

 赤毛短髪のコイツは、名をミーシャという。

 とにかく手癖が悪く、お宝には目がない。

 まあ、それだけだとただの困った野郎だが、鍵開けと罠探知の鼻には俺たちも絶大な信頼をおいていた。

「よし、待たせたお詫びだ。今日は奮発したぞ」

 レインが提げていた袋の中から、缶詰を取りだした。

「ふん……ゴールドエクストラリミテッドか。そういうことなら、許してやろうか」

 その缶詰は、いわゆる猫缶だ。

 そして、俺は他ならぬ猫だ。

 職業は魔法使い。名はタンナケットという。

 まあ、よろしく頼む。


 このトレビの街を拠点におく冒険者たちは、基本的にはトレビの大迷宮目当てだ。

 ご他言に漏れず、俺たちのパーティもそうだ。

 もう何度なく潜っているが、今は食料などの補給に街に戻ったところだった。

「よし、いつも通り二週間は休もうか。焦ってもいいことはない」

 俺がいうと皆が頷いた。

「地下十二階までは攻めたな。どこまで続くか知らないけど、じっくりいこう」

 レインが剣の手入れをしながら、誰ともなくいった。

「よし、タンナケット。ちょっと出かけようぜ!!」

 ミーシャが誘ってきた。

「さっき帰ってきたばかりだろうに……まあ、いいか」

 俺はミーシャの肩にのぼった。

「つ、爪を立てるな……」

「痛いか。根性が足りんな」

 俺はさらにミーシャの肩に爪を食い込ませた。

「……痛い」

「それは、痛くしているからな。ほら、どこにいくんだ?」

「……ま、負けない。いくぞ!!」

 ふむ、いらんところで根性をみせたな。

 俺を肩に乗せたミーシャは、そのままボロ宿を出て通りに向かった。

「なんだ、まだ一稼ぎか?」

「違う。さっき稼いだ金で買い物だ!!」

 俺を肩に乗せたミーシャは、そのまま通りを歩いた。

「買い物か……そういえば、愛用の短刀がボロくなったといってたな」

「まあ、それもあるけど、メインの目的はここ!!」

 ミーシャが入ったのは、いかにもな高級装飾品店だった。

「ほう、お前も女っ気があったんだな」

「どーいう事だ……」

 ミーシャが俺の首根っこを掴んだ。

 同時に、俺はさらに肩に爪を食い込ませた。

「……な、なんでもない」

「分かればいい」

 ミーシャは俺の首根っこから手を離した。

「全く、せっかく作ったのにな……」

 ミーシャは店員に声をかけた。

「はい、出来あがっています。少々お待ち下さい」

 その店員はおくに引っ込んで、なにやら恭しく何かを持ってきた。

「……首輪か?」

「うん、もうそれボロボロでしょ。買い換えるついでにいいものにしようって、みんなでお金出してさ。まあ、ちょっと豪華過ぎるかな」

 確かに宝石が散りばめられたそれは、首輪というには豪華ではあった。

「みんなで金を出したと……」

「うん、普段世話になってるからねぇ。タンナケットがいなかったら、みんな纏まらないよ!!」

 笑いながらミーシャはボロボロの首輪を外し、その豪華な首輪をつけた。

「一応、礼はいっておくぞ。まあ、素直に嬉しいからな」

「ったく、もっと喜べ!!」

 もう、ミーシャの肩に爪を立てる気は起きなかった。

 床に下りた俺は、ミーシャの脇について店内を移動した。

「肩に乗ればいいのに。私そういうの好きだし!!」

「乗れると思うか。俺にだって心はあるぞ」

 ミーシャはクスリと笑い、俺をそっと抱きかかえた。

「これなら文句ないだろ!!」

「……まあ、ない事にしておこうか」

 そのまま抱きかかえられて移動して、ミーシャが店外に出た。

「……俺は持てないから、お前に財布を預けてあるだろう。短刀でもなんでも、好きな物を買え」

 通りを進むミーシャにいった。

「それはありがたいけど、自分の道具は自分で買う主義なの。これでいいよ!!」

 ミーシャは通りにあった出店で焼きトウモロコシを買った。

「みんなの分も買っていい?」

「当然だろう。こんなもので、釣り合いが取れるとは思えないがな」

 俺がいうとミーシャは小さく笑い、結局焼きトウモロコシを三本買った。

「よし、帰ろう!!」

 ミーシャは無駄に素早い身のこなしを店、再びボロ宿に戻った。


「おっ、戻ったか。ミーシャに任せたが、いいデザインじゃないか」

 懲りずに剣の手入れをしていたレインがいった。

「ええ、似合っていますね」

 次いで、ナターシャがいった。

「礼をいう。ちょうど、買い換え時期だと思っていたのだ」

 俺はミーシャの手から下りて、床を歩きボロソファに飛び乗った。

 余談だが、ここは俺の指定席だ。

「ナターシャ、ちょっと肩治して。タンナケットの愛が痛くてさ!!」

「はいはい」

 ナターシャがミーシャの肩の傷を治した。

「誰が誰の愛だ。毛が逆立ちそうになったぞ……」

 俺はため息を吐き、日課の爪研ぎを壁でやった。

 元々ボロい。今さら傷が増えたところで問題あるまい。

「こうやってると、普通の喋る猫なんだけどねぇ」

 ミーシャが間の抜けた事をいった。

「馬鹿者、俺が知る限りでは普通の猫は人の言葉を喋りもしないはずだ」

 確か、そうだったはずだ。

「そっか、普段がこれだから、すっかり忘れちゃったよ!!」

 ミーシャはなにか楽しげに笑った。

「そうだな、僕も忘れてたよ。なにしろ、普段から当たり前のように派手な魔法使うからさ」

 剣を手入れする手を休め、レインがいった。

「別に派手なだけが魔法ではないのだがな。やはり、そこに目がいってしまうか」

 俺は苦笑して杖を手に取った。

 素早く呪文を唱えると、オンボロ宿の部屋が一瞬で豪華な部屋に変わった。

「これもまた魔法だ」

 三人が固まってしまった。

「うん、どうした?」

 俺が声を掛けると、ミーシャが目を丸くした。

「あ、あのさ……この調子でお金を無限に生み出したりとか……」

「その程度容易いぞ。まあ、やらないがな」

 俺は苦笑した。

「なんでやらないの!?」

「馬鹿者、方々から怒られるし腐るぞ。金はちゃんと稼げ」

 ミーシャは俺の首根っこを引っつかんで、そのままぶら下げた。

「いいから、やれ!!」

「……お前な」

 俺は手にしていた杖で、思い切りミーシャの頭をぶん殴った。

「……痛い」

「痛くしたからな。俺自慢の爪入り猫パンチを食らいたくなかったら、さっさと放せ」

 ミーシャが丁寧に俺をソファに戻した。

「分かればいい。さて、俺はちょっと休むぞ。晩メシの時に起こしてくれ。

 俺はソファの上で丸くなり、そっと目を閉じたのだった。


 好き勝手な事をやってたっぷり充電した俺たちは、再びトレビの大迷宮を目指した。

 街からは馬車で半日といったところか。

 小型のボロい荷馬車の手綱を握るのは、いつも通りレインだった。

「しっかし、何度きてもこの道は緊張するな」

 馬車をゆっくり走らせながら、レインがいった。

「まあ、これからあの大迷宮にいくという道ですからね」

 ナターシャが笑い声を漏らした。

「さって、お宝お宝!!」

 気が早いミーシャはもうまだ見ぬお宝に思いを馳せていた。

「……」

 俺は杖を抱え、荷台で軽く目を閉じていた。

 これ自体に深い意味はないが、まあ、精神統一としておこうか。

「な、なんか、毎度そうだけど、この時のタンナケットって無駄に格好いい」

「だって、猫ですから……」

 意味不明な事をいうバカ共はいいとして、トレビの大迷宮はまだ最深部に誰も到達したことのない地下大迷宮だ。

 ここで活動する冒険者の間では、俺たちはまあ中堅どころと見なされている。

 荷物を運ぶ量も稼げるところから、大体六人から八人でパーティを組む場合が多いのだが、俺たちはずっと四人でやっていた。

「よし、もうすぐ着くぞ」

 レインの言葉を聞いて、俺は目を開けた。

 遺跡の周りは頑丈な柵で囲われ、入るためには国王の許可が必要だ。

 これは単純に税金を取る目的で、最もらしい名目でそれなりの金額を支払い、代わりに許可証をもらう。

 それを、門にいる番人に提示すれば、なんの問題もなく中に入る事が出来るのだ。

「おう、相変わらず元気そうだな!!」

 まあ、俺たちなどは許可証など出すまでもない。

 顔パスで門番が門を開け、馬車ごと中に入った。

 朽ちた建物の脇には、馬車を駐める駐車場まで整備されていた。

「毎度思うけどさ、なんか観光地にでもきた気分になるんだよな」

 レインが空きスペースに馬車を駐め、俺たちは一斉に馬車から飛び降りた。

「人も多いし、ある意味観光地だろうな。ロマンもなにもあったもんじゃない……」

 ため息を吐き、おれを先頭に皆が続いた。

 そう、なぜだか知らないが、俺がこの三人に取ってはリーダー格という認識のようだ。

 いつの間にかそうなってしまったが、悪い気はしなかった。

「よし、いくぞ。死ぬなよ」

 俺が声を掛けると、全員が頷いた。

 朽ちた建物のボロボロの入り口を潜れば、そこはもう大迷宮の入り口だ。

 こっそり気合いを入れ、俺は先に一歩進めたのだった。

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