第2話

【残り時間 一〇〇秒】

 チックタック チックタック

 秒針を刻む音がする。

 気がつくと、教室にいた。

 窓からは夕日が射し込んでいる。

 珠菜は自分の身に何が起きたのか理解できず、混乱していた。

 ついさっきまで白い部屋にいたはずなのに、今は放課後の教室にいる。


【残り時間 九〇秒】

 振り返ると背後には教卓があった。正面に目を向けると机と椅子が等間隔に並べられている。数名の生徒の姿も見える。いつもの放課後だ。

 だがそこで、信じられないものを目にした。


【残り時間 八十五秒】

「…………珠菜?」と一人の女子生徒がつぶやいた。

「…………芹?」と珠菜もつぶやいた。

 御暁芹ごぎようせりが、自殺したはずの親友の姿が、確かに、間違いなくそこにあった。


【残り時間 七十八秒】

「──芹」

 考えるより先に走り出す。近づき、飛びつき、抱きしめる。

「芹、芹」

 歓喜をまとった声で、何度も親友の名を叫ぶ。胸に顔を埋める。

 体の感触、栗色の長い髪、匂い、あたたかさ。生きた親友がここにいる。

 嬉しかった。


【残り時間 六十九秒】

 どん、と乱暴な力に押されて、珠菜は芹から離され、床に尻餅をついた。

 腰をさすりながら前を見ると、拒絶するように両手を前に突き出した御暁芹がいた。

「芹? どうしたの? どうして?」

 なぜ自分を突き飛ばしたのか訊きたかった。でも訊けなかった。親友が、見たこともない顔をしていたからだ。


【残り時間 五十二秒】

「……なんで、どうして?」怪物と遭遇したような目で、芹は珠菜を見ている。「ちゃんと見送ったはずなのに。車に乗せて帰らせたはずなのに、なんでここに珠菜がいるの? どこから出てきたのよ、意味わかんない」

 その目が怯えているのは、明らかだった。

「落ちついて芹、ちゃんと話をしよう?」

 珠菜はつとめて明るくふるまった。そうしないと、失いたくないものを失う気がしたからだ。


【残り時間 三十八秒】

「…………」

「どうしたの芹、急に黙ったりして」

「…………」

「ねえ、何か喋ってよ。なんだか、ちょっと怖いよ?」


【残り時間 三〇秒】

「──珠菜」芹は硬い表情で言った。

「なに、芹」珠菜は無理をして笑う。

「珠菜、ごめん」

「──え?」


【残り時間 二〇秒】

 御暁芹は珠城珠菜に背を向けると、そのまま窓に向かって走り出した。

 窓際に近づくと、素早く腕を伸ばして、窓枠を掴み、窓の外に身を乗り出して、手を放す。

 そこから先は重力に従うように、すとん、と落下していった。ここは三階である。


【残り時間 一〇秒】

 珠菜は何かを叫んだが声になってはいなかった。

 急いで窓から身を乗り出して下を見る。

 視界の先にあるのはグラウンド。そこでは開催を三日後に控えた夏祭なつさいに向けて全校生徒が作業に精を出しているところだった。

 芹が落ちたと思われる場所からは石灰と砂の混じった煙が立ちのぼっていた。

 すでに複数の生徒たちが何事かと急ぎ足で近づいている。


【残り時間 五秒】

 徐々に煙りが散っていく。

 その先にうつぶせに倒れる御暁芹の姿があった。

 花瓶が割れたら、そこから水が漏れてしまうように、芹の頭部からは赤い血液が細く、おびただしく流れていた。

 それは親友の、絶対的な死を証明していた。

 チックタック チックタック


【残り時間 〇秒】

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