救急医療センター・2


「きゃーーー! フレイ? フレイーーー!」


 すっかりパニックをおこしてしまったアガサ。

 そりゃあそうだろう。

 いきなり初めての場所に来たとたん、ソーサリエとして一番大事な相棒・火の精霊との突然の別れなのだから。


 そんなの、聞いてないよ!


 思わずファビアンの手を払い、体当たり。そして、フレイが吸い込まれていった管の蓋を開けた。

 もう無理そう……と思いつつ、その中に指を突っ込んだ。


 ……ら。


「ぬ、抜けない?」


 管の中は、真空状態になっているらしく、アガサの指はものすごい力で吸い付けられてしまった。

 うーん、うーんと唸りながら、アガサは管と格闘した。

 しかし、その横で冷静なファビアンは、先ほど押したスイッチを再び押した。


 ――すっぽん!


 あまりにあっけなく、アガサの指は外れた。ただ、真っ赤にはれ上がってしまったが。

 呆然としているアガサの横で、ファビアンの精霊・レインもフレイ同様に容器の中に入る。そして、同じように管に入れられ、ぴゅーーーんと吸い込まれていってしまった。


「これは、エア・シューター。各自の精霊を一時的に預かる場所に繋がっている」


「ほあ?」


 あまりに奇妙な声だったので、マダムの翻訳がアガサの言葉についていかなかった。今のは、 WHAT? という英語である。

 ちなみに、アガサが「ほあ?」だったのは、エア・シューターが和製英語であることには関係がない。純粋に「ほあ?」なのである。

 その反応が面白かったのか、ファビアンは、少しだけ微笑んだ。


「ここは中央エリアだから、属性の違う精霊が集まってしまう。しかも、病気やケガをしたソーサリエの力は弱まるから、精霊が暴走しやすくなる。だから、施設に入る前に、ここで精霊を属性ごとに選り分けて隔離しておく必要があるんだ」


 なるほど。

 よく見ると、容器も突き出た管も色分けされていて、フレイなら赤、レインなら青といったように、行く場所が決まっているらしい。

 アガサがぼけっとしている間に、ファビアンは緑の蓋の容器を開けた。

 アリの精霊・フーリが、ふわふわと飛んできてその中に入った。そして、やはり緑色の管を通って、精霊預かり所へと運ばれていった。


 アガサは急に恥ずかしくなった。


(うんもぉー! フレイのバカバカバカ!)


 フレイが、まるでこれが一生の別れみたいなことを言うから、思わず動揺してしまった。

 そして……。


「ご、ごめんなさい。あなたを突き飛ばすつもりはなかったのだけど……」


 考えられない。

 なんと、あこがれの王子様を体当たりで突き飛ばすとは! 

 ファビアンが、アリと同じくらい軟弱だったら、きっとすっ飛んで床に落ちていただろう。だが、彼は少しは素早かったのか、アガサの体当たりを微妙にかわしていた。


「あ、それなら……」


 ファビアンは、ほんの少し前の出来事だというのに、まるで忘れていたような顔をした。


「気にしていない。だって、君はここに来て間もないから、何も知らないし、それに……」


 空色の瞳が硝子玉のように冷たく感じた。


「君は、ソーサリエじゃないから」


 ――ずきんっ!


 この学校に来て、アガサは何度も落ち込む事件に巻き込まれた。

 何度も泣いて、何度も立ち直り、何度も決心を新たにした。

 たとえ、ソーサリエとしての素質がなくても、がんばって乗り越えていこうと。

 だが、この氷の王子の一言ほど、痛くて悲しい言葉はなかった。

 二度と立ち直れないような絶望が、アガサを襲っていた。


 ――君は、ソーサリエじゃない。


 この人は、私をソーサリエとして認めていないし、認めたくないんだ。

 だから、ジャンジャンの申し出も断ったんだ……。


 血が引いて凍りつきそうである。

 しかし、アガサの血は凍るどころか、沸騰寸前になった。


「それより、指は大丈夫? かなり熱を持っているみたいだけれど……」


 すっと取られた手。 

 外を飛んできたせいか、ファビアンの手は氷のように冷たかった。その冷たさが、気持ちいい。


「冷やしたほうがいいよ。アリといっしょに、君の手も見てもらったほうがいい。かなり、はれているみたいだし……」


「……………」


 アガサが無言だったのは、うっかり口を開いて『はれではなくて、元々まるっこい』とか『熱っぽいのは、手を握られているからだ』とか、余計なことが口から出てきそうだったからである。

 おかげで、医療センターの人がアリを迎えにくるまでの間、アガサはずっとファビアンと手を繋いでいることができた。



 肺炎一歩手前。入院二日間。

 それが、アリにくだされたドクターの診断である。

 元々ひ弱な体質であり、しかも南国のバルバル出身とあって、アリは寒さに弱かったのだ。

 医療センターの真っ白な壁と真っ白なカーテン、真っ白な寝具は、妙にアリに似合わなかった。

 アリは目が覚めると、何度も何度もアガサにお詫びした。


「ごめんなさい。迷惑をかけてしまいまして……」


 弱々しくさし出された手を、アガサは握り返した。


「こっちこそごめん。私、自分の事しか考えていなくて、アリが体調悪そうなことに全く気がつかないで、無理させちゃった」


「あなたのための無理ならば……」


 何でもします、と言いかけて、アリの言葉はとまった。


「アガタ姫? その手は?」


 アガタの手には、真っ白な包帯が巻かれていた。


「ああ、これはね、心配しなくていいよ。実は……」


 アガサが微笑んだ時、突然ドアが開いた。


「うおおおおおおおおんん! アリよ、アリ!」


 点々眉毛のイシャムである。

 アリの緊急入院を聞いて、慌ててお見舞いにきたのだ。

 言葉使いはどうであれ、アリはイシャムのご主人様だ。何かあったら大変である。

 主人を思う感動シーン……と言いたいところなのだが、アガサとアリの目は、イシャムの点々眉毛のせいで、やはり点になった。

 どうやら、アリの入院で動揺したイシャムのそわそわのせいで、精霊ジンの手元も揺れたらしい。


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