アガサ強化プロジェクト

アガサ強化プロジェクト・1


 イミコ・タイフーンに翻弄された一日が終わり、アガサの自室謹慎も本日でおしまいである。台風一過のごとく、晴天の朝である。

 アガサは、大きく伸びをして、窓辺に向かい、カーテンを開けた。

 が。


「うわーっつ! な、な、な、何!」


 慌てて再びカーテンをした。

 アガサの頭の上であくびしていたフレイが、思わずしりもちをつきながら言った。


「どうしたんだよ、ねーさん」


「で、で、でたのよ!」


「でたって、幽霊? このすがすがしい朝に?」


「違う! あのとんでもないプレイボーイよ!」


 アガサは後ろ手にカーテンを握りしめ、真っ赤な顔をしていた。照れではなく、怒りで顔が沸騰していたのだ。

 逆立ちそうなアガサの髪の間から、フレイが立ち上がってカーテンの向こうを見る。

 青空にふわふわと青い色の絨毯がはためいていた。


「あれ? ねーさんの婚約者じゃないか」


「ち、違うわよ! あれはストーカーよ!」


 心の奥底で、つい二股を掛けてしまったアガサであるが、自分のことを棚に上げて男の子には厳しいのであった。

 フレイは、複雑な女心にふっと鼻からため息を漏らした。アリに同情したせいか、息は炎になってぼわっと広がり、アガサの髪を少しだけ焦がした。


「おいら、アガタには怒る権利ないと思うなー」



 さて、アガサがカンカンに怒っていると知らないアリは、寝ても覚めてもアガサの事ばかり思ってしまい、我慢がならなくなっていた。

 そこで、朝一番で様子を見に来たのである。

 当然といえば当然なのだが、彼はアガサが怒っているなんて、つゆとも鼻水とも思っていない。


「アガタ姫は、ずいぶんとお寝坊みたいですね。まだ、カーテンが開かないとは。とはいえ、バルバルの王たる者、覗き見なんてできません。はて、どうしましょう?」


「………」

 ひそひそひそ……と、フーリが耳元で囁く。


「窓を叩く? それは、少しスプラッターな想像をされそうではありませんか?」


「では、ロミオとジュリエットにしますか? 賭けてもいいですけれど、アガタにシェークスピアは理解できないかと思います」


 アリの脳裏に、一瞬「ああ、アリ様。あなたはなぜアリ様なの?」と嘆くアガサの姿が浮かんで消えた。


「でも、アガタ姫はイギリス人ですよ?」


「せいぜいわかって、マック・シェークです」


 どこがどう変換されて、シェークスピアがマック・シェークになるのか、フーリのセンスはわからない。が、センスに乏しいアリは、それを不思議とも思わない。

 最近、バルバルの王宮の前にもMの看板が登場している。そのうち、このソーサリエの学校にも出店してくるかも知れない。

 アリは、フーリの提案に難色を示した。だが、内気なくせに影では大胆な精霊フーリは、ふわふわと窓辺に飛んで行った。

 と思うと、直ちに計画を実行したのだった。



 ――ガタタタタタ、ボワワワワア、ガタガタガタ……。



 ベッドの中でぼんやりしていたイミコが飛び起きた。


「きゃー、何? 嵐なの? すごい風の音!」


 それは、昨日のあなただよ……と言いたかったアガサだが、思い出されては困るのでやめた。


「とても晴天、晴れ晴れなのだけど、悪い風が吹いていて」


「晴天? そんなはずは……」


 アガサが止める間もなく、イミコはカーテンを開けてしまった。

 とたん。

 ばーんと音を立てて窓が開き、カーテンが天井に届くほど舞い上がった。

 先ほどまで、怒りで逆立っていたアガサの髪は、風で渦を巻いてしまった。


 青い空。白い雲。

 そして窓辺には美形の異国の王様……。


 この素晴しいシチュエーションに憧れない少女はいないだろう。

 だが、今のアガサがその最たる例外であることは、火を見るよりもあきらかだった。

 だがだが、とっても親切なアガサの精霊・フレイがふぃらふぃら飛んで行って、アリに忠告した。


「今のねーさん、爆発寸前」


 だがだがだが、残念な事に火を見ても状況を読めないヤツというのは、この世にけっこういる者である。そして、アリは間違いなくその一人である。

 渦巻いた髪の毛を逆立て、わなわなメラメラしているアガサに満面の微笑みを浮かべたのだ。


「私もあなたに会えて、心臓が爆発寸前です」


 アガサ爆発まで、あと二十秒。

 はらはらしているイミコの耳に、メラメラとは別の音が響いた。

 部屋をノックする音である。


「あ、誰かお客様だわ! 出なくっちゃ!」


 爆風を避けるいいチャンスとばかり、イミコは大きな声を上げて、その場を去った。


「アガタ姫。恥ずかしいのはわかりますが、何もそんなに赤くならなくても……」


 アリの声を遠くに聞きながら、イミコはドアを開けた。


「やあ、おはよう。アガタ、いるかな?」


 何と、お客はジャン‐ルイだった。

 きっと、彼もアガサを心配して、朝一番で様子を見に来たのだろう。

 アガサ爆発まで、あと十秒。


「恋敵とはち合わせとは……これは困った事になりましたね」


 硬直したイミコの耳元で囁くカエンの声は、困ったどころか楽しくて仕方がないような響きである。


「あ、あ、あ、あの……今は取り込み中で、あのあのあの……」


「着替え? シャワー? 待たせてもらうけれど、お茶くらい入れてもらってもいいかい?」


「いえいえいえいえい、あの」


 イミコが必死に押しとどめている横で、カエンが微笑む。


「いえーい!は、イエス」


 そのときだった。


「よくも私をたぶらかしてくれたわね!」


 どっかああああああああああんっつ!

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