ルームメイト・2
イミコも、まったくソーサリエとは無縁の家庭出身だった。
黒髪の中で、まるで染めたような赤い髪。それだけでイミコ――相内火美子という少女は、校則の厳しい学校で不良少女のレッテルを貼られたらしい。
この少女が内気で人見知りするのは、激しくいじめにあってきたからであるらしい。ひとたび打ち解けると、いったい身の上話をどこで切ればいいのやら……というぐらい、矢継ぎ早に繰り出してくる。
「地毛は地毛で怒られて、黒く染めたら染めたと怒られて、おまけにクラスメイトに押さえつけられて、髪の毛を切られたりしたんです」
アガサも髪の色では悩んだが、そのようなことはなかった。だいたい、クラスには赤い髪も黒髪も金髪もいたのだから。染めているものさえ当然のようにいた。
「頭が全部黒いだなんて……ちょっと想像つかない」
いや、だからこそ、赤い髪は余計に異端で、いじめられてしまうのかもしれない。
異質な者は、どこの世界でも排除されてしまうのが、常というものなのだろう。などと、アガサは大真面目に考えた。
「鞄の中にカミソリが入っていたり、靴の中に
それなら、学校で靴を脱がなきゃいいのに……と言いかけて、アガサは止めた。文化の違いは認め合わなければいけない。などと、さらに真剣に思ったのだ。
「机の引き出しの中には、手紙がいっぱいで」
「あ、お友達からの?」
「いえ、おまえなんか死ねって……」
陰湿ないじめの数々を聞いているうちに、親身になるを通り越して、アガサはますます気分が暗くなってしまった。
実は、それはイミコの話が嫌だというよりは、空腹のせいだったのだが。
「もう、死んでしまいたいとおもって……お誕生日に遺書を書き、学校の屋上から飛び降りたんです……」
イミコは辛い過去を思い出して、ハンカチを取り出し、涙を拭いた。
確かに同情できる話ではあるが、死にたい思いはしても自殺を考えたこともないアガサには、びっくり仰天の展開である。
「あ、私も……家の二階から飛び降りて、ここにきたのよ」
一応、話をあわせると、イミコは泣きながらも顔をぱっと明るくした。
「私たち、似た者同士なんですね!」
ちょっと賛同しかねたが、アガサは引きつり笑いで同意した。
どうやらその同意で、イミコは完全にアガサを信頼し、仲間意識を持ち、かつ、友情を確信してしまったらしい。
「それで、ほとんど一緒の頃に入学した人たちは、皆さん、当然ソーサリエの家庭で育ってきていますから、私は置いてきぼりで、落ちこぼれで……どうも馴染めないんです。お友達といったら……」
ひらひらと舞い降りる赤い影。燃える真っ赤な髪をストレートにたらした精霊が現れた。
「イミコの火の精霊・カエンです」
うやうやしく、精霊は挨拶した。
同じ火の精霊とあって、少しフレイに感じは似ているが、ずっと品がよく感じる。神秘的な雰囲気は和風とでも言うのだろうか? 着物の裾にはまるで本当に燃えているかのような炎の絵が描かれている。
まるでタイツ姿のフレイに比べると、立派な衣装だ。この差はいったい何なのだろう?
そんなアガサの謎に答えることもなく、カエンは続けた。
「イミコは、まったく消極的過ぎるのですよ。別に勉強ができないわけではないのですが、まわりの人たちに圧倒されて、すっかり臆病になっているのです」
「いやだ、カエン。私そんな……そんなんじゃありません」
顔を真っ赤にして、イミコは愚痴を言った。
でも、どう考えてもアガサにはイミコが『そんなん』のような気がしている。
イミコは、カエン用の特別なろうそくをフレイのために貸してくれた。
ガラスのコップの中に蝋が詰まっていて、燃しても蝋がたれず、しかも長持ちするという優れ物だった。
しかも、かすかに甘い花の香りがして、部屋全体が心地よい空間になる。
フレイときたら、コップの端に腕を出し、足を組んで片足を反対端だしてくつろいでいる。すっかりリフレッシュしたようだ。
「別名・ろうそく風呂です」
にやりとカエンが微笑んだ。
イミコが、恐る恐るお風呂に反応した。
「あの……アガタさんも、もしかして、お風呂につかります?」
それよりも、まずは何か食べるもの……と、アガサは思ったが、あまりにもイミコがお風呂を勧めるので、ぶらりとバスルームに入った。
そして……。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
思わず自分の姿を見て、悲鳴を上げてしまった。
その声のボリュームには、ろうそく風呂でくつろいでいたフレイも、驚いてどっぷり蝋に埋没するくらいだった。
たしかに、まだパジャマであることは知っていた。
でも……顔が真っ黒なことは忘れていた。
鼻の下のススは、泣いて鼻水を出したことで、まるで鼻毛が飛び出しているかのような汚い筋になっていた。口のまわりのススも、まるで落書きした無精髭のようである。
血走った目の周りも、すっかりクマができていてパンダのようだし、しかも吐いたゲロが固まって髪の毛にこびりついている。
――この姿で私! あの王子様に会ったんだわ!
これじゃあ、驚かれてしまっても、冷たく無視されてしまっても、手を差し伸べられなくても、仕方がないじゃない!
アガサの顔は、恥ずかしさで熱くなった。
おそらく、水で顔を洗ったとしても熱湯になってしまうほどの熱である。
――もう絶対にあの人と顔なんかあわせられないっ!
ちなみにマダム・フルールとの面接もこの状態であったことは、もうしっかり忘れている。
イミコが、最初に驚いた顔をしたわけも、ひたすらお風呂を勧めたわけも、これでやっとわかった。
「すぐに、言ってくれればいいのに……」
と思いつつ、アガサはすぐに考えを改めた。
日本人は、きっと人に恥ずかしい指摘をするのが嫌いなのかも? それは彼女なりの優しさなのだ……と、理解してあげなければならない。
しかも、イミコは間違いなく対人恐怖症の気がある。知り合ってばかりのアガサに、ずばりと言えない性分なのだろう。
疲れる性格ではあるけれど、確かに境遇は似ているのだ。
きっと仲良くできるだろう……。
いや、仲良くしなければ!
そう固い決心をして、アガサは真っ黒な顔をゴシゴシと洗った。
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