2 恋の駆け引き

【シェイラ】



 シェイラは怒っていた。


 いや、正確には怒り、悲しみ、呆れ、失望……ありとあらゆる負の感情を抱いていたといってもよい。


 怒りの対象はもちろん婚約者(と思い込んでいる)エステバンである。


 ハイコボルドたちの事情は長老ガラやリーダーのチャスから聞いた。

 小さな氏族の中での婚姻が色々と複雑なのは兄のシャビィとその恋人ノエリアを身近に見てきたので理解はできる。


 腹が立つのはエステバンの態度だ。


 たしかにチャスはシェイラから見てもなかなかの立派なコボルドである。毛並みもふさふさとしているし、体も大きい。


 しかし、自分というものがありながら、にやにやとやにさがる態度が許せない。

 隠れて子作りするならまだ可愛げもあるが、わざわざ見せつけるように堂々としていたことも腹立たしい。


 これでは必死で悲しみを押し殺した自分がバカみたいではないか。


 さらに許せないのは、チャスから離れた途端に態度を変え、シェイラの機嫌をとろうとすり寄ってきたことだ。


 まるでエッチなことができるなら誰でもいいかのような態度ではないか。

 それにシェイラは失望した。


 ……あれほど好きだ好きだって言ってくるから、私も、あ、あんなことさせたんだぞ。


 シェイラは過去にエステバンにされたみだらな行いを思いだし、赤面した。

 散々にエステバンに恥ずかしい行いをされ、自らもあのようなまね・・をしでかすとは……思い返しただけで顔から火がでそうだ。


 ……なのになんだっ。わ、私にあんなことして他の女にっ! あんなことまでしてあげたのにっ!


 シェイラの髪が黒く染まり、ぷくっと頬を膨らませた。

 エステバンが「大丈夫か?」と尋ねてくるが、プイッと視線をずらす。


 ……そんなに私に嫌われるのが心配なのかな? ……だめだっ、今さら優しくしても無駄だぞっ!


 シェイラはブンブンと首を振り、雑念を振り払った。

 そしてエステバンをキッと睨み「私のことを好きでもダメなものはダメだっ!」とハッキリと釘をさす。


「ひえー、シェイラ大丈夫かな?」

「黒くなったり白くなったり、ちょっと心配ではあるな」


 レーレとエステバンがヒソヒソやっているが、気にしてはいけない。


 ……私は怒ってるんだ! 悪しき心に囚われてダークエルフに墜ちるほど絶望したんだっ!


 ここで許しては駄目だと自らを鼓舞し、シェイラはフンスと鼻から息を吐いた。


 あれだけ悲しませて今まで通りに復縁だなんて、自分はそんなに軽い女ではない。

 許せないものは許せないのだ。


 シェイラの故郷では浮気は犯罪である。

 族長のファビオラが食事抜きや狩場の見回りなど、厳しい罰を課していた。


 そして、社会的な制裁も受ける。

 村の皆から悪口を言われたり、からかわれたりするのだ。


「そうだ、私はボスケの狩人だからなっ!」


 シェイラが握りこぶしを突き上げ怪気炎を上げる。


 少し後ろでエステバンとレーレが首をかしげていた。




――――――




 ほどなくして、ロカソラーノという小ぢんまりとした町に着いた。

 城門で入市税を払い市内に入ると、いかにも『人間の町』だ。


 人口は2000人規模ではあるが、市外にも民家はあり人口以上に賑わっているらしい。

 石造りの城壁の中にはぎっしりと家が建ち並び、メインストリートは石で舗装されている。


 いつものように冒険者ギルドに立ち寄り、支配人ギルドマスターと挨拶をした。

 ここの支配人は左の口端にひどい傷痕がのこる人間の男だ。唇がめくれあがり黄色い歯がむき出しになっている。

 森人エルフでいえば150~160才くらいだろうか。


「松ぼっくりか……変わったチーム名だな。俺はアレシュだ。3等に7等、期待してるぜ」


 無難に挨拶を終えたところでシェイラはエステバンに向かい、腕を組む。


「ん? どうした?」


 エステバンが不思議そうな表情を見せたが、今さら何を言っても手遅れだ。


「エステバン、私たちはタガイノカンケイミツメナオスするのがいいと思う」


 タガイノカンケイミツメナオスというのは姉が教えてくれた男女の駆け引きの呪文だ。

 シェイラの姉は『恋は駆け引きも楽しんでこそ』と言っていた。

 その気になればシェイラとてこれくらいの駆け引きはできる。



「なんだ? 変なもん食べたのか?」

「真面目な話だぞ。スコシキョリヲオキタイするのも大事だ」


 エステバンは首をかしげ「別々で依頼をこなすのか?」と聞き直してくる。


「しかし、まだ豚人オークの季節だしな…… 少し心配なとこはあるが――」


 エステバンは少し悩んでいるようだが、駆け引きが利いたのだ。

 シェイラは「ふふん」とほくそえんだ。


「うーん、たしかに路銀を稼ぐ意味でも悪くはないが……支配人、豚人の被害はでてるか?」

「ああ、豚人討伐の依頼は山ほどあるぜ」


 エステバンと支配人のアレシュが早くも仕事の打ち合わせをはじめた。


 が、慌てることはない。シェイラにはシェイラのペースがある。


 シェイラはすでに一人前の冒険者であり、恋の駆け引きを楽しむ大人の女性なのだ。

 エステバンが反省するまで冷たくしてやればいい。


 ……『許してくれもう浮気はしない』って誓えば許すことも考えてやるけどな。


 そのシーンを想像しただけでニヤニヤしてしまう。

 これが駆け引きの楽しみなのだろう。


「おいおい、大丈夫か?」

「ああ、ちょっと不安定なんだ」


 どこかで心配そうな声が聞こえた。




■■■■



シェイラの姉


シェイラの兄シャビィと双子の86才という設定があるが、登場することはないと思われる。

3兄妹は森人ではかなり多い。

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