2 森人の姫さま

【冒険者ウルバノ】



 早朝、サルガド北部の冒険者ギルドで数名の冒険者が待機していた。


 男が2人、女が1人。総じて若い。

 彼らは7等審査を受ける冒険者たちだ。


 その中の1人、焦げ茶色の生意気そうな顔をした若者が鋭く舌打ちし「遅え」と吐き捨てた。


 彼の名前はウルバノ、単独ソロ冒険者だ。

 年は17、若くして冒険者などをやるだけはあり、少し荒んだ印象を見るものに与える。


「そんなにイラつくなよ、急ぐことはねえさ」

「オッソネグロは冬ごもりの支度中、逃げやしないわよ」


 苛立ちを見せるウルバノに声をかけたのは男女の冒険者だ。彼らも若い。

 二十歳はたちをいくらか越えた様子の男女……なれなれしい雰囲気があるところを見るに、親密な関係のようだ。


 日常的に生死をかける冒険者は刹那的になるものを多く、彼らのように男女の仲になる者は少なくない。


 少し華奢な赤毛の男はマリオといい、魔法を使うが平気で依頼を放り投げるヤツだ。

 長剣使いの女はソニア、明るい茶色の髪が印象的な美人だが、口も尻も軽いことで有名である。

 両者ともに冒険者のご多分に漏れず、ろくでなしだ。


 ウルバノはすでにこの2人とは面識があり、年も近いので何度か依頼も共にこなしたことがあった。


「それよりもさ、もう1人の話を聞いた?」


 もったいをつけてソニアが話し出す――この態度が若いウルバノをさらに苛立たせるのだが、彼女はお構いなしだ。


「審査を受けるもう1人の冒険者、ここだけの話だけど、森人エルフのお姫様らしいわよ。魔貴族に殺された父親の仇を討つために高位の冒険者と旅をしてるんだって」


 この言葉を聞いてウルバノは「ばかばかしい」と切り捨てた。


 噂でしか知らないが、魔貴族といえば1等や2等の冒険者が束になって戦う相手だ。

 凄腕の護衛がついていようが、低位冒険者の敵う相手ではない。


 ……森人の姫様というのも眉唾物さ、金持ちが冒険者なんてやるはずないじゃないか。


 ウルバノはどうしようもなく自らの心が苛立つのを感じながらソニアのお喋りを聞き流していた。


 事実、この噂は出所もわからないいい加減なものらしい。

 話しているうちに内容もあやふやなものになっていく。


 ……それ、見たことかよ。どうせ珍しい森人を見て無責任なやつらが言いたいこと言ってるだけさ。


 彼は自らの生い立ちに、貧困で育ったことに対して非常に強いコンプレックスを抱いていた。


 いまだに文字も読めず、武具も粗末な木の盾に盗品のウォーピック(戦闘用のつるはし)である。

 金持ちや貴族などは端から気にくわないのだ。


 ……貴族だと? そんなヤツが来たら、頬の一つも張ってやる。俺たちを待たすなんて何様のつもりだ……! (※シェイラさんは時間にルーズ)


 ウルバノはまだ見ぬ森人の姫様とやらに、敵意に近い暗い感情を抱きはじめていた。


 何度目かの舌打ちがでる頃に、ギッと重い音を響かせてギルドの扉が開いた。


 現れたのは森人の女だ。

 整った顔、白い肌に髪、スミレ色の瞳、仕立てのよい身なり――少女とも呼べる年頃だが、その美しさにウルバノは息を飲んだ。(※黙っていれば美少女)


 森人はすぐに入らず、ゆっくりとした動作で周囲を見渡した。

 ギルド内の様子に気を配っているらしい。(※キョロキョロしてます)


「おい、アレじゃねえのか」

「すごい美人、本当に耳が長いのね」


 マリオとソニアが声を潜めてコソコソと何やら話しているが無理もない。

 あの美しき森人の前では薄汚い冒険者など卑屈にならざるを得ないだろう。


 無意識に森人の仕立てのよい革の防具やマントと自らの身なりを比べ、ウルバノは羞恥心で顔を背けた。(※小人レーレの仕立ては一流、高級品です)


 ……畜生、同じ8等の冒険者じゃねえか……


 普通、8等の冒険者といえば食うや食わずの浮浪者のようなものだ。


 ウルバノのような冒険者は皆、貧しさから逃れたくて必死でもがいている。

 だが、世の中の数少ない例外を知り衝撃をうけたのだ。


 森人は静かにこちらに歩を進め「訊ねるが」と鈴が鳴るような声を発した。


「諸君が7等の審査を受ける冒険者だろうか? 私はシェイラ。ボスケの狩人だ」


 シェイラと名乗る森人の隙のない美しさに朦朧としつつ、かろうじてウルバノは「そうだ」と応えた。


 何やら互いに名乗りあった気がするが、ふわふわとした陶酔感でよく覚えていない。


 先ほどまでの怒りは消し飛び、ウルバノは森人の形のよい唇から紡ぎだされる声色に酔い、美しい瞳の動きに胸をときめさせた。

 なんのことはない、彼は恋をしたのだが、あまりにも強烈な一目惚れのために本人にもその感情が理解できていないのだ。


「マリオ殿、ソニア殿、ウルバノ殿だな。私はサルガドの冒険者ではない、皆の指示に従おう。なにぶん経験不足ゆえ、いたらぬ点は多いと思うが力を貸してほしい。よろしく頼む(※エステバンが考えた挨拶を一生懸命話しています)」


 シェイラはゆっくりとした口調で鷹揚おうように挨拶したのち、にこりと笑う。(※やった、噛まずに言えたぞ! とか考えてる)


 これにはウルバノのみならずマリオとソニアも参ってしまったようだ。


「シェイラさん・・って貴族様なのに気取らないわね」

「ああ、若いのに落ち着いていて大したもんだな。8等と言っても、一流と行動していたシェイラさん・・を俺たちと一緒にはできないよな」


 すでに2人は降参し、この急造パーティーのリーダーは決まった。


 無理もない、とウルバノは思う。

 彼らとシェイラでは冒険者としての貫目がまるで違うのだ。冒険者等級は同じでも、存在としての格がまるで違う。


 事実、ウルバノ自身がもうシェイラから目を離せない。

 ただ、彼女に気に入られたい、あわよくば親密な関係になりたくて仕方がない。


 ……これが、本物の貴族のカリスマなのか……?


 ウルバノは甘酸っぱい感情に包まれつつ、7等審査は始まる。

 内容はオッソネグロと呼ばれる熊のモンスター討伐、さほど大型ではないらしいが8等の冒険者には荷が重い相手である。



 図らずもシェイラ中心に纏まりつつある急造パーティー、行く手には大冒険が……待ち受けてないかもしれない。





■■■■



オッソネグロ


山や森に生息する黒い熊。

成体だと体長170~200センチメートル、体重160~200キロほどの大きさになる。

冬眠をする習性があり、冬季になると食料を求めて人里にでることもあるためモンスター扱いされ、駆除対象となる。

毛皮はもちろん、爪や胆嚢は薬として珍重されている。雑食性のため肉は臭みがあるとされるが、きちんとした処理をすれば美味。

大型の獣のため、低等級の冒険者に討伐はやや荷が重いだろう。

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