11話 ぽんこつ森人だいぼうけん

1 風とともに去りぬ

 サルガド北部、郊外


 

 俺と、ドアーティは武器を構え向かい合っていた。


 実戦ではなく、寸止めを前提とした訓練ではある――だが、一歩間違えば大怪我ではすまない。

 回復魔法がある世界とはいえ、武器を使う訓練は実戦に等しい緊張感がある。


 ……これは、すごいな……


 こうして向かい合うと、ドアーティの強さがよくわかる。

 暑くもないのに俺の額から汗が流れた。緊張感で喉がカラカラだ。


 端から見れば睨み合っているだけに見えるかもしれない。

 だが、俺たちは互いの呼吸や間合いをはかり、駆け引きを繰り返していた。


 重心の移動、武器の角度、視線の動き……俺は五感をフルに使ってドアーティを警戒する。


 じりじりと後頭部を焦がすような緊張感。『この男は危険だ』と俺の本能が告げている。


 そのまま向かい合うこと数分、熟練の忍者であるドアーティは全く呼吸を感じさせない動きで跳んだ。


 ……うおっ!? このタイミングか!


 意表を衝かれながらも、俺はドアーティの横殴りの短剣を躱わす。

 右、左、と振るわれる短剣を凌いだところで彼は独楽こまのように体を回転させ、回し蹴りを放つ。

 しなやかで、軽い動きから放たれる攻撃は苛烈、俺は両手に構える剣と斧をフル回転させて防戦一方だ。


 ドアーティが、2度、3度と身を翻すたびにじりじりと後退を余儀なくされる……このままでは押しきられる。


 ……こいつは、やばいぞ!


 そして、この攻撃に辛抱できなくなった俺は力任せに両手を振るい、バックステップで距離をとった。

 ドアーティからの追撃はない。


「……お見事! ここまでにしよう」


 ここでドアーティはスッと俺の間合いを外し、武器を下げた。


「レーレさん、この防具は実にいいな。動きを妨げず急所を守る、そして軽い」

「そう? 気に入ってくれた?」


 俺たちの訓練を見守っていたレーレはにこやかに笑った。


 ドアーティは今、全裸ではない。

 この訓練は彼の新しい防具のテストでもあったのだ。


「何と言ったかな? これは――」

「ビキニだよ!」


 ドアーティの疑問にレーレが嬉しそうに答える。


 そう、裸忍者はビキニアーマーを身に付けていた。

 口髭を整えた紳士が胸と股間を守る硬革ハードレザーのトライアングルビキニを身につけるさまは一種異様な迫力がある。


 ビキニの製作者はもちろんレーレだ。

 彼女は気に入ったドアーティに合う防具を考え、ビキニアーマーを贈ったのである。


 たしかに『女性が身につけるもの』という先入観を取り払えば忍者向けの装備かもしれない。

 ただ、気になる点があるとすれば右側のおいなりさんがはみ出ているが……まあ、指摘するほどのことでも無いだろう。


「これなら町に入るときに邪魔なマントも必要ない。忍者のためにあるような防具だ」


 ドアーティは屈み「素晴らしいプレゼントをありがとう」と言いながらレーレに人差し指を差し出す。

 これはサイズが違う小人のレーレと握手をするつもりなのだろう。


 プレゼントを気に入ってもらえたのがよほどは嬉しいのか、レーレは「えへへ」と笑いドアーティの指を両手で握り返していた。


 彼女は気分屋ではあるが、気に入った者には入れ込む気質たちだ。

 よほどドアーティのことが気に入ったらしい。


「レーレ、ドアーティについていくならシェイラに挨拶してやってくれよ」


 今、シェイラは俺たちと別行動だ。

 彼女はドアーティの肝いりで7等冒険者の審査を受けているのだ。


 まあ、審査といっても7等くらいだと適当な依頼をこなすだけではある。

 しかし、さすがに3等の俺が7等審査に同行するわけにもいかず、こうして別行動になったのだ。


 俺の言葉を聞いたレーレは「んー」と顎に指をあてて数秒ほど悩み「やめとく」とケロッと答えた。


「ごめんねー、ドアーティさんも素敵だけどねー、ボクはエステバンが好きだし!」

「はは、これはこれはフラれましたか」


 この2人、ビキニを贈ったことからもわかるように仲が良い。

 渋い中年男性と美少女の小人……なんだか絵になる気がする。中年がビキニだけど。


「それはそうと、エステバンさん。あの件は考えてくれたか?」


 ドアーティがこちらに振り向き、ニヤリと笑う。


「む……王都の話ですか……」


 俺は今、ドアーティから熱心な勧誘を受けていた。


 彼は俺の経験や実績、そして何より『戦闘力』を高く評価し、王都での活動を強く勧めてくれているのだ。


 特殊個体アーケロンを討ち取り、2体の魔貴族と対峙して退けた。

 ここ最近の俺の実績は端から見れば世に隠れた実力派が頭角を現したように見えてもおかしくはない。


 だが、この力は俺の実力じゃない。俺自身は殻を破れなかった3等冒険者のままだ。


 ……若い頃の俺なら、飛び付いたのかもな。


 気づくと俺は「ふ」と薄く笑っていた。

 上昇志向が無くなってからチャンスが来るとは人生は皮肉だ。


「申し訳ありませんが、我らは目的のある旅の途中ですから……」


 俺が言葉を濁すと、ドアーティは「惜しいな」とニヤリと笑う。


「しかし、エステバンさんの活躍はすぐに広まるだろう。放っては置かれないかもしれないぞ」

「そうですね……その時は、その時に考えます」


 俺だって立身を夢見た男だ。1等冒険者ドアーティの勧誘はとても魅力的に感じる。


 ……だが、俺は……


「だめだよー、ドアーティさん。エステバンはね、ボクとシェイラと一緒にいたいんだ。だから駄目」


 レーレが「ね、エステバン?」と明るく口にし、にまっと笑う。

 彼女の理屈はシンプル、ゆえに本質を射ているのかもしれない。


「そうか、ふふ、それなら仕方ない」


 ドアーティはスッと身を翻し「また会おう」と歩み始めた。

 どうやらこのまま旅立つようだ。


「またねっ! ドアーティさん!」


 レーレが声をかけると、ビキニの紳士は振り返ることなく、かるく手をあげて応えた。


 あまりにもアッサリした別れ、あまりにも冒険者的な別れである。

 木枯らしの中を行くビキニ……渋い。


「ドアーティさん、いい人だったねー」


 レーレの声色に悲しみはない、人生に出会いと別れはつきものである。良い出会いを喜び、別れを悲しまない彼女の生き方は正しい。


「シェイラ、大丈夫かなー」


 再び、彼女が呟いた。


「うーん、駄目なら駄目でいいさ。帰ってきたらウマイもん食うぞ」


 俺もシェイラのポンコツぶりは心配ではあるが、今さらどうにもならない。


「きしし、心配なんだ?」

「まあな、心配だよ。一体どんな大冒険をしてくるんだろうな?」


 俺とレーレは顔を見合わせて「ぷ」と笑った。


「これからどうする? 飯食って娼館でも行くか?」

「こらこら、シェイラが泣いちゃうよー」


 シェイラの審査が終わるまでは自由時間、俺も久しぶりに羽を伸ばせそうだ。

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