4 仇討ち森人

 《シェイラ》



 エステバンがサキュバスに尻子玉を抜かれた日、シェイラは無難にウサギ1羽とヨロイキツネを1頭仕留め、ギルドで報酬を受け取った。合計で200ダカット丁度である。

 シェイラは毛皮を傷つけないように獲物の頭部を狙撃するために評判がいい。


 ヨロイキツネには危険な寄生虫がおり食用にはならないが、その硬い皮は利用価値が高く、大変な人気がある。

 今日はなかなかの稼ぎになった。


 報酬を受け取り、財布に仕舞う。

 これだけでシェイラはニンマリと笑ってしまった。

 この財布は今日の報酬を入れるためにエステバンに買って貰ったお気に入りだ。

 財布が持てるとは何だか自分が一人前と認められたようで、凄く嬉しかった。


 この様子を微笑ましげに眺めていた親切な犬人コボルト支配人ギルドマスターが「エステバンは宝石商の手伝いに行ったよ」と教えてくれた。

 シェイラは算術は得意ではない。商店を手伝いにいくなんてエステバンは凄いんだと、まるで自分の事のように誇らしく思った。


 彼女はエステバンが好きだ。そこには年頃の娘らしく恋愛感情も含まれている。

 好きな男の頼もしさを感じて嬉しくならない娘はいないだろう。


 シェイラは上機嫌で宿に戻り、宿の女将おかみさんからお湯を貰って部屋に入る。

 この宿には風呂が無いため、こうしてお湯を分けてもらい体を拭くのだ。


 小人のレーレと2人でじゃれあうように体を清め、気がついたら夕方になった。

 そろそろ夏の盛りは過ぎ、日が沈むのも早くなってきたようだ。


 エステバンはまだ戻らない。


 レーレが「エステバン遅いね」と気遣わしげに口にした。


「うん、支配人はお店の手伝いだって言ってたし、危ない仕事じゃ無いはずだけど……」


 こう口にするシェイラの言葉もどこか不安げだ。

 普段の彼女はエステバンに頼りきっているので、こうして離れてみると色々と不安になってきたらしい。

 ここにレーレがいなければ不安は更に大きくなっていただろう。


 小人リリパットであるレーレと森人エルフのシェイラ、体のサイズは全く異なるが姉妹のように仲が良い。

 2人でいると時間を忘れてお喋りをすることが多いが、今日は帰りの遅いエステバンの話題ばかりだ。


「……うーん、エステバンには悪いけど、軽く何か買ってこようか?」

「そうだね、エステバンの分も買っておけばいいよ」


 一生懸命に狩りをしたシェイラの腹は空っぽだ。

 とうとう我慢ができなくなって、食事を買いに出掛けることにした。

 幸い、今日の彼女は先ほど貰った報酬を持っている。


 時刻は夕方、片付け始めた屋台に飛び込むようにしてシェイラはパンを3つ買い、真ん中にナイフで切れ目を入れて串焼きの肉を挟む。

 エステバンがよく「串焼きサンド」と言って食べているから真似をしてみたのだ。

 串焼き以外にもエステバンは野菜やチーズも挟むが、今日は串焼きだけである。


 産まれてからずーっと、森で生きてきたシェイラにとって、エステバンは外の世界の全てに近い。

 何でも知っていて、強くて、逞しい。

 ヒョロっと背ばかりが高かった兄のシャビィとはおすとしての価値が全然違う。


 この串焼きサンドだってそうだ。サンドの意味はよく分からないが、エステバンは美味しい焼き肉を更に美味しくすることができる。

 それはとても凄いことだとシェイラは思っていた。


 宿に帰り、シェイラはレーレと分けて串焼きサンドをペロリと平らげた。

 物足りなさを感じるが、残りの2つはエステバンと食べるためにとってあるのだ。


 きっとエステバンはお礼を言ってくれるに違いない。

 彼女が食事を用意するとエステバンは喜ぶのだ。

 そう思うと空腹くらいは我慢ができた。


「シェイラは乙女だねー」


 レーレがからかってくるが、群れの長を待つのは普通だ。

 今回はシェイラとレーレが我慢できずに1つ食べてしまったが、本来は群れの長であるエステバンが食事を分配すべきだとシェイラは思っている。

 森人は誰かが獲物を仕留めても、肉や毛皮の分配は族長であるファビオラが差配していた。

 これが彼女の常識なのだ。


 故に、彼女は報酬の分配などを考えたこともないし、旅の費用など気にしたこともない。

 群れの資産は長であるエステバンが管理すべきだと信じきっていた。


 さらに、数時間が経つ。

 すっかりと暗くなり、シェイラは陶器でできたシンプルなランプに火を灯した。


「その時、エステバンがね――」

「エステバンはこんな事を――」

「だから私はエステバンに――」


 エステバンを待つ間、シェイラとレーレは飽きずにお喋りをしていた。

 何の話題があるわけでもないが、彼女らはお喋りが大好きだ。


「シェイラはエステバンが大好きだよねー、さっきからエステバンの話ばっかりだよ」


 レーレにからかわれ、シェイラは「そんなことないよっ」と唇を尖らせた。

 森での生活や家族の話だってしているのに――彼女にはなぜレーレはそんな意地悪を言うのか不思議だった。


 ただ、彼女は気づいていないが他の話題とエステバンの話題はほぼ1:1、しかも約半分の他の話題はレーレから振ったものである。

 つまり、レーレからしてみればシェイラはエステバンの話ばかりしていた。


 無論、レーレとてエステバンに好意を抱いているので嫌な訳ではないが――



 その時、部屋の外で足音がドタドタと聞こえ、続いてノックが鳴り響いた。


「シェイラさん! いるかい!? アガタだ! 急ぎの話だよっ!」


 アガタとは、この前たまたま出会った冒険者パーティー赤目蛇のリーダーだ。

 その彼女が凄い剣幕でノックをしている。


 シェイラは少し嫌な予感がし、不安になった。

 少しの間、レーレと見つめ合って固まってしまう。


 しかし、部屋の外から「シェイラさん! いないのかい?」と再度声がかかり、覚悟を決めた。


「ちょっと待ってください!」


 シェイラはこれだけ言うと、レーレを隠し、ドアを開いた……そこには赤目蛇に両肩を担がれ、グッタリと項垂うなだれるエステバンの姿があった。




――――――




『エステバンが、不覚をとった』


 これはシェイラにとっては衝撃だった。


 何故ならば、彼女にとってエステバンとは無敵の存在である。

 多数のオークやゴブリンを物ともせず、得体の知れない川の怪魚をも恐れず、魔貴族にも怯まない。

 2等冒険者だというアガタですら彼を頼り、助けを乞うた。


 シェイラは『エステバンに任せておけば間違いがない』と、ある種の信仰に近い感情を持っていたのだ。

 それが崩れ去った衝撃は、余人には推し量ることは難しいだろう。


 悔しくて、悔しくて、シェイラの目からは涙があふれ出て止まらない。


 どうやら赤目蛇はサキュバス討伐の依頼を受け、調査をしている時にエステバンがギルドに運び込まれたらしい。

 その症状から、サキュバスに尻子玉を抜かれたのは間違いないそうだ。


 そのエステバンは先ほどから呆けており、意識があるのかどうかも判別できない。

 会話もできず、1人で歩けず、シェイラの部屋のベッドに転がっているだけだ。


 幸い、命に別状はなく、徐々に時間をかければ回復するそうだが――シェイラはエステバンの回復を待つつもりは無かった。


『エステバンの仇を討つ』


 即座に、こう決意をしたシェイラは並の娘ではない。

 泣きながら、鬼気迫る表情で「サキュバスを殺す」とハッキリ口にした。


 これには赤目蛇のメンバーも驚いていたが、彼女の決意は固い。


「今日は休んで、明日から狩りをする。サキュバスの皮を剥いで靴底に張り付けてやるんだ。待っててね、エステバン」


 シェイラはそう宣言すると残りの串焼きサンドをがぶりと頬張った。

 その顔には迷いはない。


 アガタら赤目蛇のメンバーは、このシェイラの反応に面食らったようだ。


 シェイラはかなり若く見え、人間で言えば十代半ばの美少女である。

 アガタなどは、めそめそと泣くであろうシェイラを慰める必要があると思っていたのだ。


 それがどうだ。

 シェイラの見せた怒りは激しく、赫怒かくどと言うべき凄みがある。

 いつも「エステバン、エステバン」と子犬のようにじゃれついていた姿からは想像できない激しい怒りにアガタは鼻白んだ。


「アガタさん、エステバンが見つかった場所を教えてくれ。そこと、エステバンが手伝いに行った店の間でエステバンは襲われたんだ」


 シェイラの言葉に気を取り直したアガタは頷き、再度状況を説明した。

 そして「明日から一緒に調査をしよう」とシェイラを誘った。


「さすがにシェイラさん1人で行かせられないよ、なあ?」


 アガタが赤目蛇のメンバーに声をかけると、一同は頷いた。

 彼らは今のシェイラを放って置くと、何をしでかすか分からないと思ったのかもしれない。


「はい、お願いします!」


 シェイラは素直に頭を下げる。不馴れな町で獲物を仕留めるためには協力した方がいい、彼女はそう判断したのだ。

 皆に声をかけられて、少しだけ冷静さを取り戻したのだろう。


「私はボスケの狩人だからな、獣の巣穴を見逃すなんてあり得ない。必ず仕留めてやるんだ」


 シェイラはスミレ色の瞳を闘志で爛々らんらんと輝かせた。

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