2話 松ぼっくり

1 チーム松ぼっくり

 俺とシェイラは入市税を払ってチャパーロの町へ入った。


 チャパーロは人口7千人程度の城郭都市だ。

 現代の日本人が人口7千の町と聞けば小さな自治体を想像するかも知れないが、アイマール王国ではそこそこの規模だ。辺境という位置を考えれば大都市と言っても良いだろう。

 事実、チャパーロの都市機能は充実しておりアイマール王国的な生活を送る分には何の不自由も感じない。


 もっとも、元日本人の俺からすればチャパーロは不潔だし、何の娯楽もない退屈な町だ。

 しかし、俺の隣を歩くシェイラは見るもの全てが珍しいと言った風情で、しきりに周囲をキョロキョロと見渡し、小さく驚きの声を洩らしている。


「え、エステバン殿、人が多いな」

「まあ、人間の町だから」


 俺のいい加減な返事を聞き、彼女は緊張の面持ちで「なるほど道理だ」と頷いた。

 その不安げな仕草は可愛らしく、森で見た姿よりも幼く見える。


 ……人間なら10代半ばかな? まあ、森人エルフの年は分からんが。


 何かにつけて「エステバン殿、エステバン殿」と袖を引く彼女は子供の様だ。


「エステバン殿、何か皆に見られている気がする」


 周囲の視線に気づき不安になったのか、シェイラが俺に身を寄せてきた。

 彼女は森人の特徴である白い髪を1つだけ結んで背中に垂らしている。スミレ色の瞳も耳も隠しておらず、住民には彼女が森人だとハッキリ分かるのだ。


「うん、この町で森人は珍しいからな……とりあえず飯にするか。今後の話をしたい」

「今後の? エステバン殿、勘違いしないで欲しい。私はまだ――」


 シェイラの言葉は徐々に小さくなりゴニョゴニョとしか聞き取れない。

 だが、これは気にしたらややこしくなりそうな気がする。

 俺は彼女には触れないことにした。


「――だから、エステバン殿はファビオラ様のつがいなのだから、私とは――」


 森人の娘は顔を真っ赤にしながら何やらブツブツと言っていた……恥ずかしいなら言わなきゃ良いと思うのだが。



 俺は冒険者ギルドに向かい、豚人オークの討伐報告がてら飯を食うことにした。

 大抵の冒険者ギルドでは食事のできる酒場が併設されており、小規模なチャパーロのギルドも例外ではない。

 営業時間も長く、冒険者の頼もしい味方だ。


 ギルドに顔を出すと、酒場では冒険者らしき一団が酒盛りをしていた。

 何か大きな仕事でもしたのだろう。


 チャパーロのギルドは人手が少なく、今日も支配人ギルドマスターのペドロが受付カウンターに座っている。

 荒くれが集まる冒険者ギルドに女性受付嬢はあまりいない。


「ペドロ、討伐成果だ。大物が1つあるから測ってくれ」

「なんだ、たったの3つかよ。規定ギリギリだな……しかし、こいつはデカいな」


 ペドロが物差しで豚人の鼻を測り始めると、いきなりシェイラが「無礼な!」と怒り出した。


「この豚人どもはエステバン殿が我らを救った証だ! 侮辱は許さんっ!!」


 カウンターテーブルをバンバンと叩き、ペドロを威嚇しながらシェイラは怒鳴り続ける。


 その剣幕は他の冒険者の注意を引き、周囲がざわつき出した。

 そりゃそうだ。ギルドマスターが謎の森人に絡まれていれば騒ぎになるだろう。


「何だ何だ、この森人は? おいエステバン、お前の連れか? 何なんだ?」


 俺はシェイラの豹変ぶりにポカーンと口を開けて成り行きを見ていたが、助けを求めるペドロの声に我に帰った。


「シェイラさん、ペドロは侮辱はしていない。森人と人間の価値観の違いかも知れないが……」

「だけど、こいつはエステバン殿の猟果を『たった』と言ったんだ!」


 シェイラの怒りは凄まじい。

 目に涙を浮かべてペドロを睨む図は何と言うか……ややこしかった。




――――――




「すまんペドロ、彼女はシェイラさん。森人の里から出たばかりで冒険者同士の軽口をあまり知らないんだ」


 騒ぎが収まった後、俺はギルドの酒場でペドロに一杯奢った。

 隣のシェイラは不服そうに「申し訳ない」と頭を下げる……あまり納得している様子ではない。


「いや、こちらも森人と接する機会はなかなか無いからな。良い勉強になった……シェイラさん、これから俺は森人の獲物を軽んじるような真似はしない。許してくれ」


 ここで謝るペドロは大人だ。

 シェイラもこれには「謝罪を受け入れよう」と納得したようだ。


 この話はここまでで良いだろう。俺は話題を変える事にした。


「それでな、話は変わるが実はチャパーロを離れようと思うんだ」

「お? 急な話だな」


 ペドロが食いついてきた。

 何だかんだで俺はチャパーロの単独ソロ冒険者としては1番等級が高かったし、何より昔の仲間だ。


 俺の動きを気にしてくれるような相手は少ない。

 ペドロは俺の数少ない友人だった。


「うん、亜人の森を離れたくてな。ちょっと森人と色々あって」

「ははあ、親の反対を押し切って拐ってきたわけだ。やるじゃないか」


 ペドロはニヤリと笑って俺とシェイラを交互に見比べた。

 俺が森人の集落から離れたい理由を考えると、あながち間違いとは言いづらい所ではある。


 シェイラは何も言わない。

 俺はてっきり「無礼な!」とか怒鳴るかと思ったのだが、顔を赤らめて下唇を突き出したのみだ。

 森人は白い肌をしているせいか赤みが差すと良く分かる。


 ペドロが「お、図星か?」と驚いた。


 確かにシェイラの様子を見るに、俺に好意を感じてくれているようにも思える。


 ……はて、シェイラさんに好かれるようなことをしたかな?


 確かに豚人から救いだしこそしたが、救出した状況を考えると微妙な気もする。

 馴れない人の町に出て来て不安になり、知った顔の俺を頼りにしてる……って感じだろうか?


「ペドロ、さっきの言葉を忘れたのかよ。あまり森人をからかうな」


 俺が苦笑いしてたしなめると、ペドロは「そうだった」と素直に頷く。

 まあ、彼にすれば普段は若い嫁さんのことで俺に散々からかわれているのだから意趣返しのつもりだったのだろう。


「それで彼女……シェイラさんは冒険者になりたいそうだ。登録して欲しい。それと他の町への配達でも有れば受けよう」

「そうか、わかった。だが今日は休め。酷く疲れた顔つきをしているぞ」


 ペドロはそう言い残し、シェイラを連れてカウンターに戻っていった。

 恐らくはシェイラの冒険者登録の書類を整えているのだろう。


 俺はペドロに体調を指摘され、自らの体調の異変を知覚した。


 確かにあごひざが痛む。


 これは風邪を引き始めの症状だ。

 悪くなる前に休みたい。


「シェイラさん、少し疲れたみたいだ。悪いが今日は早めに宿に戻りたい」

「や、宿か、私もいくばくか金はある。部屋は別だぞ」


 シェイラが何やら狼狽うろたえ、ペドロがニチャリと笑った。

 彼らは何やら楽しげな想像をしたようだが、さすがにそれはない。


 今から冒険者になろうとするシェイラに種を蒔くほどバカではないし、シェイラも望まぬだろう。

 子持ちの冒険者はいないでも無いが、女性が妊娠すれば日常の生活にすら支障をきたすのは言うまでもない。


 俺は「まあまあ」と曖昧に返し「そう言えば」と強引に話題を変えた。


「ペドロ、パーティーを作るときも登録はいるんだったか?」

「ん? まあ一応な。認識票タグと手帳を出せ」


 俺は頷き、ペドロに冒険者認識票と手帳を手渡した。


 冒険者は自らの身分を証明するための認識票と手帳を持つ。

 認識票は小さな金属板に名前と通し番号が書かれたもので、大半の冒険者がネックレスやブレスレットにして肌身離さず身に付けている。

 手帳は冒険者の詳細な情報――年齢や出身地、冒険者としての活動記録や犯罪歴などが記されている。

 両方とも揃わなければ冒険者としての活動が出来なくなる大切なモノだ。

 10等、7等、4等、2等でデザインが代わり、俺は4等以上のものだ。

 ちなみに再発行は審査が厳しい上に有料である。破損したものは使えない。


「今までパーティーは加入しただけで、立ち上げるのは始めてだ」

「まあ、大半はそうさ。申請の無い適当なのも多いしな」


 ペドロは不思議そうな顔をするシェイラにパーティーや等級の説明を始めた。

 俺はその間にパーティー申請の書類に記入していく。


 ……代表者リーダーはエステバン、副代表サブはシェイラ、他は空欄だな。後はチームの名前か……


 冒険者のチーム名はわりと中二病的なネーミングが多く『悠久の風』『赤狼団』『大地の剣』とかそんなのが多い。

 しかし、さすがに俺も30前だし、そんな名前を付けるのは恥ずかしかった。


 俺は少し悩んで『松ぼっくり』と記入した。特に意味はない。


「お、できたか? ……って『松ぼっくり』か。変な名前だが由来はあるのか?」

「無いな」


 俺の返事を聞いたペドロは「無いのかよ」と呆れた表情を見せた。


「シェイラさん、できたら少しご馳走しよう。チーム松ぼっくりの発足式だな」

「そうか、ありがたく頂くが……疲れてるなら無理はしないで欲しい」


 シェイラは記入を終えた用紙をペドロに渡して「これで足りるか?」とギルドの加入費用を取り出した。

 チラ見をすると年齢が56才とある……種族が違うとはいえ、なんとも微妙な年齢だ。


「おいおい、これは使えねえよ。ダカット通貨にしてくれ」


 ペドロが呆れた声を出し、何とも言えない微妙な表情を見せた。

 見ればシェイラが取り出したのは小粒のラピスラズリだ。良く磨かれているが、通貨としては当然使えない。


 シェイラは「え? ダメなの?」みたいな反応だが、あまり理解していない様子だ。

 そりゃそうである。人里に初めて出てきた彼女が人間の通貨を持っているはずが無かったのだ。


「ここは立て替えよう。この分じゃ宿は同室になりそうだな」


 俺は助け船を出し、わざと好色気に鼻の下を伸ばして彼女をからかった。


「な、見損なうな! か、体は売らんぞっ! 私は誇りある森の狩人かりうどだからなっ!」


 ムキになった。56才だけど意外と可愛い反応をする。


 アイマール王国では噂や軽口を含めて男女の関係は大切な娯楽だ。貞操観念は低い。

 さすがに血統が貴ばれるような上流階級は別だが、庶民は性におおらかな者が多く、夜這いなども普通にある。

 まあ、日本の農村部も戦前くらいまではわりとオープンだったそうだし、そんなもんだろと言う気もする。


 セクハラくらいでイチイチ目くじらを立ててはやっていけないのだ。

 特に彼女みたいな見目の整った冒険者はからかわれる機会も多いだろう。

 結局は慣れるしかないのだ。


 俺とペドロはその後もシェイラにセクハラをして楽しんだ。

 スケベ心では無く親心である……と思う。


「人間は下品だっ! エッチなのはいけないことだっ!!」


 調子に乗って、胸当ての上からおっぱいを触ったら誇りある森人の狩人は半泣きになりながらキレた。


 族長のファビオラと違い、ボリュームに欠けるペタンコな感触だった。

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