7 動き出した冒険

 一方、その頃



 俺はノエリアを連れ、シェイラを助けた地点で待機していた。


 幸いなことに豚人オークは現れなかったが、タスクホークと呼ばれる牙の生えた鳥型のモンスターや、カバネクライと呼ばれる小型のハイエナのようなモンスターを度々と見かけ、俺は石や枝を投げて追い払う。

 追い払うだけなのは討伐依頼でもないモンスターを狩る意味が無いからだ。


 この世界ではモンスターを倒したからと言って金銭やアイテムを残したりはしない(道具を使うモンスターは別)。

 よほど毛皮などが「金になる」モンスターか、ギルドで「討伐依頼」が成されたモンスターでなければ倒しても武器のメンテナンスなどで赤字になってしまう。


 稀に武者修行や腕試しとして採算度外視でモンスターに挑む者もいないではない。だが、普通の冒険者ならばターゲットではないモンスターを見かけても身の危険がなければ放置するのものだ。

 例外は食料となるモンスターくらいであろうか。


 ノエリアも森に住むだけはあり、小型のモンスター程度では動じない。

 みだりに騒がず、落ち着いているのは好印象だった。


「遅いですね」


 そのノエリアがポツリと不安を洩らした。


 俺たちはここで待ち合わせをしているのだが、相手が姿を見せず不安なのだろう。


「人を待つ時間は長く感じますからね。大丈夫」


 俺は適当に励ましの言葉を口にし、彼女をなだめ続ける。

 このようなやり取りを何度か繰り返した頃、人の気配がした。


 ……複数の足音? 予定ではシャビィだけのはずだが。


 警戒しながら様子を窺うと、姿を見せたのはシャビィとシェイラであった。シェイラは道案内だろう。


「シャビィ!」

「ノエリア様!」


 2人は名を呼び合い、互いの存在を確認したようだ。


 これはシャビィとノエリアのための茶番だ。


 もともとシャビィとノエリアは恋仲だった。

 しかし、族長のファビオラはシャビィのことを頼りなく感じており、あまり2人の関係に乗り気では無かった様子だ。それは見ず知らずの俺とノエリアを子作りさせようとしたことからも分かる……まあ、他にも近親婚とかの理由もあったようだが、シャビィがファビオラに認められていればノエリアが俺に夜這いをしてくることは無かっただろう。


 シャビィが族長の娘であるノエリアを娶るためには功績が必要だった。

 それは族長のファビオラを唸らせ、周囲を黙らせるような『特別な手柄』だ。


 その『手柄』を立てさせるための茶番が、今回の狂言誘拐であった。


『俺が一芝居をうち、ノエリアを誘拐してシャビィが救い出す』


 俺の説得が利いたか、ファビオラもこの計画に乗ってくれた。


 いわゆるマッチポンプ、子供騙しのような計画だ。

 だが、これで周囲は2人の関係を認めるだろう。「好きあってるから」だけで結婚を認めるのではなく、手柄を立てて族長の娘を娶る……小さな集落を纏めるには、こうしたケジメも必要なのだろう。


 ファビオラが態度を軟化させてくれたのは俺の『槍働き』が利いたのだと思うのは自惚うぬぼれすぎだろうか?

 もし、そうなら革紐かわひもやらなんやらと『日本での知識』を使った甲斐もあったと言うものだ……もちろん同意の上だぞ。


「それじゃシャビィさん、槍を構えてくれ」


 見つめあう2人に俺は割り込み、声を掛けた。


「何故ですか? 話ではこのまま私がノエリア様を連れ帰ることになっていたはず」


 シャビィが怪訝そうな表情で俺の様子を窺う。ノエリアも心配そうだ。


 ……全く、そんなんだから認められないんだよ。


 俺はシャビィの呑気さに少し呆れた。彼の頭の中は恋人ノエリアのことしか無いらしい。


「いいですか、シャビィさんは私と戦ってノエリアさんを取り返したことになるのです。少しぐらい汚して帰りませんと疑われます」


 俺の説明に2人は「なるほど」と頷いた。


 ……全く、人が良いと言うか馬鹿じゃないのか?


 俺は苦笑いしてシャビィの革鎧と槍を山刀で削り、2人の顔面に泥玉をぶつけてやった。


 美男美女のカップルに泥をぶつけ、少しだけ胸がスッとしたのは内緒だ。

 美形が多い森人の例に漏れず、2人ども整った顔立ちをしている。


 2人は何かを言いたげに顔を拭ぬぐっていたが、今回のことは俺の善意なのだから、このくらいは我慢してほしいものだ。


 そう、俺が彼らの世話を焼くのは単なるお節介だ。俺にメリットは無い。

 強いて言うならばファビオラへの恋情ゆえに、だろうか。

 気障きざな言い方をすれば、惚れた女の娘の世話を焼いただけだ。


「ファビオラ様によろしくな」


 俺はノエリアとシャビィ、それにシェイラに声をかけ歩き出す。

 一応は目眩ましのために壊した結界と逆側での待ち合わせではあるが、万が一他の森人に見つかっては台無しだ。

 長居は無用である。


「待ってください! これを!」


 歩き出した俺にシェイラが追い縋すがった。

 見れば棒状の何かを差し出している。剣だ。


つるぎです。ファビオラ様がエステバン殿に届けるようにと」

「ああ、そうだった。色々あって忘れてた」


 俺はファビオラに剣をねだったのをすっかりと失念していた。

 シェイラから剣を受け取り、鞘から抜いて剣身を改める。


 ……これは、何だ?


 俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


 それは剣身が金色に輝く両刃の剣だった。

 刃渡りは短めで50センチくらいだろうか、ファビオラが山刀の長さに合わせ選んでくれたのかもしれない。


「これは……青銅か? いや、真鍮しんちゅう……? だが、それにしては――」


 磨かれた青銅や真鍮は金と見まごう輝きを放つが、それとも違う気がする。

 何とも言えない深い色合いだ。


「月光を集めて鍛えた剣です。その色は月の輝きだと言われています」


 俺の疑問にシャビィが答えた。

 月の光を鍛えたと言うのは森人特有の言い回しか何かの比喩であろうか?


 言葉の意味はさっぱり分からないが、これが凄い剣だと言うのは理解できた。


「そうか、月の光か。不思議な色合いだ」

「はい、代わりと申しては失礼ですが、エステバン様の佩刀を頂戴したい。族長が腹の子への形見を分けていただくようにと申しておりましたので」


 俺はシャビィの言葉を聞き苦笑した。

 心当たりは十分にあるが、さすがに一晩で命中したとも思えず、ファビオラの冗談だと思ったのだ。


「昨夜の証が欲しいとは。ファビオラ様は可愛いお人だ」

「可愛い……あの母がですか……?」


 俺は何か言いたげなノエリアを黙殺し、山刀を剣帯ごと外した。

 この剣帯は山刀に合わせたものだ。諸刃で幅が広い月の剣にはサイズが合わないだろう。


「確かに預かりました。我らはここで失礼します。妹に供をさせますので宜しくお願いします」

「本当にお世話になりました」


 シャビィとノエリアは共に俺に深々と頭を下げた。

 どうやらシェイラはシャビィの妹だったらしい。


 ……そうか、結界を抜けるまで案内してくれるのか。


 そう言われればシェイラの格好も髪を縛り、革の胸当てに革のブーツを身に付け、長い弓を持ち、大型のナイフを腰に佩いている。

 狩猟に出るような姿だ。


 俺がチラリとシェイラの方を見ると、すぐにプイと目を逸らされた。

 考えてみれば彼女とは初対面のとき以来の顔合わせだ。俺にあまり親しみが無いのも無理はない。


「助かるよ。それじゃ、ファビオラ様に宜しく」


 俺はシャビィたちと別れ、森の外へと向かった。

 シェイラは無言で俺の後ろをついてきた。




――――――




 何かがおかしい。


 いや、何かと言われたらよく分からないが、かなり森の浅い所まで来たのにシェイラがついてくるのだ。

 さすがに森人の結界からは抜けているだろうし、案内とは先導するものでは無かろうか。


「シェイラさん、もうすぐ森を抜けるけど」


 シェイラは終始無言だ。

 少し気まずいのは俺だけであろうか。


「ここまでで良いよ。ありがとう」


 俺がそう告げると、ムッと表情を曇らせるが、やはり無言。


「あの、俺は森人の集落には行けないけど、1人で帰れるかな?」


 俺は『豚人もいるし』と言いかけて言葉を飲み込んだ。

 さすがにそれは彼女に対してデリカシーが無さすぎだろう。彼女は豚人に酷い目に合ったばかりだ。


 シェイラはけわしい表情で「帰らない」とハッキリと口にした。


「あー、あれかな? 『お供』って」


 俺はまた言葉を飲み込んだ。

 森人の娘が人間に着いてくるのは勇気がいることだろう。

 その相手に『お供って道案内じゃなかったの? もう帰って良いよ』と言うのは無神経に過ぎる気がした。


「あー、何と言うか……着いてくる感じかな?」


 俺は何かに負け、あごをポリポリと掻きながらシェイラに尋ねた。

 すると彼女は「冒険者になりたい。その、一緒に……一緒に連れて行って、ください」と恥ずかしげに呟いた。

 森人特有の白い肌が赤く染まった。




――――――




 俺は3等冒険者エステバン。


 族長の娘の誘拐容疑で森の氏族のお尋ね者となった。

 シェイラがどういう扱いなのかはよく分からないが……ひょっとしたら誘拐したと思われてるかも知れない。


 当分は森人の集落に近づかないのが身のためだろう。



 何にせよ、俺の冒険者人生が再び動き出した。

 これは間違いない。


 万年3等冒険者と森人の奇妙なコンビは森を抜け、人の町へ向かって歩みだした。

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