光芒のデュプリケート

昧槻 直樹

序章 襲と来

 暗い静寂の中で、何者かの素早く動く気配だけがその場の空気を動かした。時折、金属やそれ以外の硬いもので樹が傷付けられる音が暗闇の中からした。

 住宅地の中にぽっかりと一つだけひらけた土地があり、そこには窓のない四角い建物と、いくつかの電線、そしてそばには電車の高架があった。暗闇の中で動くその気配たちはこの場所に近付いたところで、まるで間をはかるかのように距離を置き、動きを止めた。


 気配は三つ。それらは二対一で対峙している。その二つの内の一体は人型をした黒いもやのような生命体だ。その生命体は触手のように伸びた自分の右腕を刃物のような形状に変化させ、硬化した。ここで終わりにする、という意思表示らしい。

「兄者、ヤロウ。ココデヤロウ」

 その生命体は、斜め後ろにいる同様の容姿をしたもう一体の生命体を「兄者」と呼び、対峙している相手を見据えたまま催促をしたが、「兄者」は「待テ」と制した。

「早マルナ、奴ハ手負イダ。ソレニ、我々ノコノ身体ハ『ガス』ニ似タ物質デデキテイル。我々二傷ヲツケルコトナド不可能」


 嘲笑うように「クックック」と笑いあう“奴ら”に対して、相見えるは一人の少女だった。彼女は刀を構えたまま、対照的に苦しい表情を浮かべていた。

 彼女は“奴ら”の言うとおり体中に傷を負っていて、且つ、身につけた襟付きの服や上と同じ濃紺のズボンは所々切られたり擦れたりでボロボロになっていた。その割に、相手には致命傷はおろか傷一つ付けられず追い込まれていた。

 彼女はもう一度刀の柄を握り直した。


 その時、一台のバイクが近くの路地を通りかかった。一瞬バイクのヘッドライトがその場を射し、エンジン音が静寂を破った。それが彼女の繋がりかけた集中の糸をぷつりと途切れさせた。

「!」

 その一瞬を“奴ら”につかれた。「ヒュン」と音をたてて真っ直ぐに伸びてくる刃物状の触手を、彼女は瞬時に刀で逸らそうとしたが、うまくかわし切れず左の二の腕を負傷した。

「うっ!」

「コノ状況デ余所見トハ、イイ度胸ダ、ニンゲン」

 「兄者」と呼ばれた方の生命体が、伸ばした触手をもとに戻しながら冷めた調子で皮肉を言った。彼女は言い返す言葉がなく、ただ奥歯をかみしめた。

 震える手でまた柄を握るが、たった今負傷したところがズキンと痛んで力が入らない。

「ヤッタ。兄者、ヤッタ」

「サァ弟ヨ、最後ハオ前ニ任セル。好キナヨウニヤルンダ」

 「兄者」に促され、「弟」はユラユラと彼女の方へ向かって行く。


「ヤレル、ヤレル、殺ッテヤル……!」

 相手は刃物状になった右腕をゆっくりと持ち上げ、段々と駆け足になると、しまいに彼女めがけて突進してきた。その動きに合わせ、彼女は最後の力を振り絞り、刀を振り上げた。

 「ガキンッ」と大きな音が響いた。彼女は相手の攻撃を衝撃で跳ね返したのだ。反撃が成功し、そのまま相手は跳ね返された反動で後ろによろめいた。

 今がチャンスだと思った。彼女はつい、いつもの調子で畳み掛けようと踏み込んだのだが、反動を受けていたのは彼女自身も同じだった。また左腕に痛みが走り、手から刀が落ちてしまった。

(クッ、しまった。私としたことが……)


「愚カナニンゲン! 悪アガキモオシマイダッ」

 「弟」なる者がもう一度右腕を振り上げ、今度こそと勢いよく迫ってきた。一か八か、彼女は落とした刀を右手でつかみ、そのまま持ち上げて防御の態勢をとろうとする。もうだめかもしれないと片目をつぶった。もう片方の目に移るすべての物がスローに映る。

 その時、彼女はハッとする。自身のはるか後方から、対峙する彼らのもとに猛然たる速さで向かって来る何者かの気配があったのだ。

 

 その気配は勢いをそのままに飛び込んで来ると、空中で剣を抜きながら、片膝をついた状態の彼女の隣に着地し、今まさに振り下ろされていた相手の右腕を、その人物が受け止めて制した。

「ちょいと、こっちの世界になんの用だい?」

「ヒヴァナさん!」

「悪いね、遅くなった」

 彼女は隣に飛び込んできた女性を見上げた。その人物の出で立ちは、ピッタリとしたパンツに上の服は前を紐で絞ったコルセットのような服装で、おへその辺りから胸のところまでは隠れず露わになっていた。

 その女性は剣の背に手を添えると、力を込めて相手の右腕を押し返した。「弟」は距離をとるように後ろに飛び退くと触手をもとの手の形状に戻した。

「邪魔ガ入ッタ……モウ少シダッタノニ」


 いつ現れたのか、気がつくと彼女の右側には顎髭を生やした細身の男も立っていた。この男も彼女の仲間だ。

 「ヴァイスさん」と声をかけると、その男は「前を見ろ」と目線は前に向けたまま彼女に促した。

 「兄者」は一瞬嫌悪感ともとれる目をした後、「弟」に指示を出した。

「弟ヨ。分ガ悪イ、一旦引クゾ。ソレニ、無理ニココデ戦ワズトモ、我々ノ本陣ガ来ルコトダロウ。ソノ時、マタ相見エヨウ」

 「兄者」はそう言い残すと、スーッと後ろの闇に溶けていくように姿を消した。「弟」も悔しそうな表情を浮かべながら後を追うように消えていった。

「おい! 待てっ」

 ヴァイスはすかさず駆けたが、“奴ら”がいた辺りには何の痕跡も気配もなく、ただ空しい空気感だけがそこにあった。

「くそっ、逃げられたか……」


「ルーン、立てるかい」

 ヒヴァナは、跪いたままでいた彼女に「ルーン」と呼びかけ、手を差し伸べた。ルーンは差し伸べられた手をとり、ゆっくりと立ち上がった。その時彼女は、空が白み始めていたことにようやく気がついた。

「情報は、確かなようでしたね」

「そうだねぇ。しかも、この世界が最接近した時にただ迷子でこっちに来た、ってわけではなさそうだったねぇ」

 ヒヴァナが「厄介だねぇ」とぼやくと、ヴァイスは二人のところへ歩きながら「仕方ない」と返した。

「とにかく、別世界への悪意を持った侵入行為、公務妨害に傷害の疑いが認められた以上放置はできない。ここにベースを置く。忙しくなるぞ」

 二人は返事の代わりに頷いて見せると、それを視認した男は左下の中空に向かって「頼む」と一言いった。すると彼らの足元の地面にピンク色に発光する魔法陣が現れて、同心円状に広がり一度大きく展開すると、間もなく収束するように中心に向かって小さくなっていった。魔法陣の縁が彼らを過ぎると、それに合わせて彼女たちの姿も消えていった。

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