OKちゃんとNG君

狼狽 騒

第1話 私だって彼氏が欲しい

 あれほど暴力的までに暑さを主張する太陽は今は沈みかけて、程よい淡さを演出していた。セミの鳴き声も先から一向に鳴りやまず、それと同じくらいの大きさで運動部の人達の掛け声がグラウンドから聞こえてくる。


 そんな音も暑さも一番効いてくる窓際。

 そこに私の席はあった。


 教室は放課後だったこともあり冷房はさほど効いてはいなかったが、日が暮れていたことでそんなに暑くはなく、

 読書するには良い環境であった。

 冷房が効いているとしたら図書室だが、そこは先ほど行ってみたら、夏休み前に旅行をする人達であろう、そんな人達で席は埋め尽くされていた。

 少々騒がしくしていることもあり、それならばと、私は放課後の教室を読書する場所に選んだのだ。

 案の定、誰も教室には残っていなかった。

 狙い通りだ――とほくそ笑みながら、私は本を鞄から取り出して目を落とす。

 ライトノベルではあるのだが、かなりの厚みがある為、ブックカバーを掛けている現状では傍から見てもそういう中身とは思えないだろう。

 もっとも、私はライトノベルを読んでいることを恥とは思わないのだが。

 しかしながら見せびらかしているわけではない。

 単純に、続きが気になるのだ。

 家に帰る間も惜しいくらい。

 それに、もう少ししたらこんな風に教室で読むこともしばらく出来なくなる。

 何故ならば――明後日から夏休みなのだ。

 明日の終業式を終えて、通知表という一喜一憂するイベントを終えれば、長期連休に入る。

 勉強から解放されるのだ。

 しかし同時に、普段学校で会っている友人ともその間、疎遠になってしまう。

 さすがに放課後に読書しているからといって友人が少ないように思われるのははなはだ心外であるので言っておくが、私にも友人はそこそこいる。

 但し、、という接頭語は付くが。

 彼女達と夏休みの間何度か遊ぶ約束もしてあるし、たまにはふと遊ばないかと誘いを突然かけることもあるだろう。

 だが、私だって乙女だ。

 学生の夏を、同性とばかり過ごしたい、と思ってはいない。


 もっと具体的に言うと――彼氏が欲しい。


 そう思うのは青春ゆえに仕方がない。

 実際、周囲は付き合う、付き合わないでわいのわいの言っており、それが羨ましくなっているのが本心だ。

 じゃあ誰でもよいのか? というと、そうではない。

 私だって想い人はいる。

 ただ、そんな彼とは少し疎遠になっており、どうもうまく話せていないのだ。

 当然、夏の間の約束などしていない。


「……はぁ」


 私は本から目を離し、頬杖をついて窓際を見る。

 このままでは夏、彼と過ごすことはないだろう。

 友人達と過ごす夏もそれはそれで良い思い出だろうが、私だって男女での夏物語を自分で体験してみたい。


「青春……したいなあ……」


 思わずそうぽつりと言葉を落とした、その時だった。


「――お、おい!」


 背後から声が聞こえた。

 男の声だ。

 振り向くとそこには、背の高い男の子が一人、眉毛をしかめて立っていた。

 あまりのタイミングの良さに私の心臓が少し跳ねる。

 だって彼は私の――


「……何よ」


 しかしながら私は、不貞腐れたように返事をしてしまう。

 彼の名は美樹みき

 女の子のような名前だが、れっきとした男性だ。

 私と彼は近所で、幼稚園、小学校、中学校とずっと同じ――所謂いわゆる幼馴染おさななじみといったやつだ。

 昔は彼は女の子顔負けの可愛さで身長も低く、私はいつも「美樹ちゃん」と呼んでいたものだ。

 だけどいつしか彼は男らしく成長し、可愛かった顔立ちは精悍になり、いつしか身長も私を抜いてしまった。

 だからだろう、いつしか彼とは会話をしなくなってしまい、あまり話さなくなってしまったのだ。

 少なくとも、私からは。


「あのさ、話したいことがあるんだよ――OK


「だからその呼び方はやめてって言っているでしょう?」

「だってお前は『OK』じゃん」


 OK。

 彼は私のことをいつしかそう呼ぶようになった。

 どんな意味なのかを聞いてみたら「誰にでもいい顔してOKOK言っているから」と理由を言われた。

 それじゃあ私が尻の軽い女みたいじゃない、と抗議したが、一向に彼は止めてくれなかった。

 ある種、少ない会話ながらも定型文みたいなやり取りだったので、私はわざと溜息をついた後に問う。


「で、何の用? 私、見ての通り読書中なんだけど?」

「あのさ、ちょっとな……」

「……?」


 一向に切り出さずに煮え切らない態度の彼。夕日が反射して赤くなっているように見える。

 まさか告白――なんて幻想は抱かない。

 美樹は顔がいいからモテるのだ。クラスの女子の何人かも彼を狙っていることを知っている。

 そんな彼が幼馴染だからといって私に対して恋心を抱いているとは思えない。

 ましてや夏、一緒に過ごしたいから勇気を出して告白――なんてシチュエーションになっているわけがない。

 そんな希望は持たない。

 きっと、肩透かしを食らうのだから。

 大きく息と共に期待を吐き捨てたその時、彼は意を決したように一つ頷いて、真正面から私を見つめてきた。


「あのさ! これ!」


 そう言って渡してきたのは――紙だった。

 小さく折りたたまれた紙。

 真っ先に思ったのは、ラブレター。


「……なにこれ?」


 ドキドキする内心を抑えながら、出来るだけ感情を隠した低い声で彼に尋ねる。

 すると彼は「い、いいから開けろよ!」とはにかみながら言う。

 私は仕方なさそうに装いながら、今にも口から飛び出そうな心臓の鼓動を抑えて、その紙を開いた。

 そこに書かれていたのは――




『お前に

 この問題が解け

 るか? 精々頭を使って

 頑張れよ』




 スッと体の熱が下がった。


「……なにこれ?」


 先と同じ言葉を、今度は本心から疑問に思って問いかけると、彼は汗を掻きながら私を指さしてきた。


「そ、その通りだからな! もし分からなかったら――PC室に行って調べろよ!」

「PC室? なんで?」

「いいな! それだけだ!」


 と言って、彼は教室から逃げ去るように立ち去ってしまった。


「……」


 残された私は、ただポカンとするしかなかった。

 状況を整理しよう。

 美樹ちゃんが来た。

 私のことをOKと言ってきた。

 そして紙を渡してきた。

 そこには意味の分からないことが書いてあった。

 そもそも、問題とは何だ?

 問いしかなくて肝心な中身がないじゃないか。


「あああああああああ! もう! 何なのよ!!」


 人目もはばからず、私は苛立ちの声を上げるのだった。

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