第9話 決戦

辺り一面。真っ白な世界。

雪……ではない。

地は白、空も白。境がない。

自分が立っているのか?浮いているのかも、曖昧。

何もない。無。

無の世界。


歩を進める。進んでいるのかどうかも曖昧だがとにかく足を動かす。


どれくらい歩いただろうか?そういえば時間の流れもよくわからない。

ずっと歩いているような。ほとんど経っていないような。


と、前方に薄いモニターのような。額縁のようなものがゆっくりと回転しているのが見える。

それはだんだんと数を増やしながら、大きくなっている。

いや、近づいて来ているようだ。


モニターには中年の女、中年の男、子供、食べ物、オモチャなどが写っていた。

モニターは回転しながらゆっくりと通り過ぎていった。

何枚も何枚も沢山のモニターが通り過ぎていった。

やがて見覚えのある顔が写っている面が現れた。

夫と息子だった。


モニター群が通り過ぎると

と、前方に黒い塊が現れた。

近づくに連れてどんどん巨大になっていく。

正方形のような黒い箱、大きさはよくわからない。すごく高いようにも見えるし、手を伸ばせばあと少しで端に届くようにも見える。


そっと黒い物体に手を添える。

すると縦に光が入り割れるように開いていった。

辺りは黒い光に包まれる。


今度は辺りは黒に塗りつぶされていた。

少し先に灯りのようなものが見える。


ベッドが一つとライトが一つ。

ライトは弱々しく今にも消えてしまいそうな光だった。

ベットには女が寝ている。

ライトの電球にそっと手を触れるとライトの光の強さが増した。


「……う。うーん……。」


寝ていた女が目を覚まし、目の前の女に気付く。


「あ、あなたは!?」


二人は全く同じ顔をしていた。




公園。

12時。

何回昨日のことを思い出しただろう。

結局。ユーは敵なのだろうか?

あの時のユーの声と視線、今思い出しても、ゾッとする。

もう自分ではどうすることもできない。

無力だ。

やはりもっと早くミーを説得するして病院に行くべきだったのだ。

バカだ。目先の欲に負けて。

自業自得だ。

もう手遅れだ。

今日、ミーに全てを話そう。

そしてミーの判断を仰ごう。

ユーの顔は見れない。

15時なったら帰ろう。


15時。

家の中にはいる。

妻が息子を抱いて椅子に座っている。


「ただいま。」


「……ああ。」


ユーだ。


「ちょっと待て!どういうことだ?もう3時まわっているだろ!?」


自分でも驚くほど語気が強い。


「今日はミーに頼んで延長してもらっている。これから出掛けるからな。」


「か、勝手に決めるな!!!」


腹から声がでる。


息子が驚いたのか泣いてしまう。


「騒ぐな。それについて話がある。」


「黙れ!」


ユーから息子を取り上げる。


ふにゃあふにゃあ泣く息子を抱きしめる。


「勝手にすればいい!」


ピンポーン


家のチャイムが鳴る。


「誰だ!?こんな時に!」


ドアを開ける。


凍りつく。


そこにはスーツ姿の恐ろしく美しい男が立っていた。


「……おまえは……。」


こいつがそうなんだ。例の若い男。なぜここに?なめやがって!ぶち殺してやる!


「迎えにきたよ。」


青年は目の前の赤子を抱いた男など全く意に返さないように言い放った。


右腕を息子から離し、拳を握った。

その瞬間、青年はこちらを向いた。

体が固まる。

同じだ。あの時のユーと同じ視線。


「消されるぞ。」


ユーの言葉を思い出す。

右手はまた息子に戻った。


と、後ろから肩をつかまれた。


ユーは邪魔者をどかすように払うと靴を履いた。


「いこう。」


そういうと一瞥もせず家を出た。

青年はそれを見送るとまたこちらを向いてニヤリと笑い


「さようなら。」


そういうとドアを閉めた。


なにもできなかった。

ただただ恐ろしかった。

心臓はこわれるんじゃないかというくらい激しく打ち付け、膝から下は痙攣のように震えていた。

息子は泣き続けていた。




レストラン。

青年はワインの香りを楽しみながら呑んでいた。

と、青年の目が止まる。

ドレスに着飾ったユーが席に着く。


「美しい。」


「なんのまねだ?こんなもの着せて。こんなところに連れてきて。なんの意味がある?」


「美しい衣装、美しい装飾品、豪華な食べ物。どれもきみにふさわしい。」


「興味ないな。」


「じゃあこれはどうだい?」


グラスにワインを入れてユーに渡す。


「私は呑まない。」


「覗いてみて。」


グラスを覗くと水面はまるで液晶画面のように一つの画面があらわれた。


そこには夫と息子が映っていた。




どれくらい時間が経ったのか?

どれだけ惚けていたのか?

息子の鳴き声で我に返った。


おしめを替えなきゃ

泣き止まない。

お腹が空いてるのかな?

食べない。口に入れても吐き出す。子供用ジュースも麦茶も呑まない吐き出す。

おかしいな。

そういえば……顔が少し赤いかな。

額に手を当てる。

熱い。

なんかどんどん顔が赤くなっているような気がする。

体温計を脇に挿す。

みるみる数字が上がっている。

38、39、40

受話器を取る。




青年はワイングラスを口に運びながら、ユーを観察していた。


「これはおまえの仕業か?」


「ただの余興さ。」


青年は残酷に笑った。


ユーはため息を一つついてから


「私はこれからすることで頭が一杯だ。」


「そうか。ふふふ、ははは……。」


青年は高らかに笑った。


「まあいい、ではそろそろ本題に入ろうか。」


青年は握った手を前に出した。

溜めた。

手を開く。

透明な膜のようなものが広がり、青年とユーを包んだ。

再び手を握る。

膜は小さく縮み消えた。

青年とユーと共に。


荒野。

辺りは人どころか人工物もない。


「ここなら絶対に邪魔は入らない。始めようか。」


「ああ。」


二人は向かい合い、両手を合わせて眼を閉じた。

そして、少しずつ手と目を開いていった。

それぞれの手の中には白い玉が発生している。

少しずつ少しずつ手と目を開いていく。

次第に白い玉が大きくなっていく。


青年はゆっくりと手の平をユーの方に向けた。

ユーもゆっくりと手の平を青年の方に向けた。


二つの白い玉は一つに合体し黒い玉になった。


「……おおお……いよいよだ。」


4つの手で黒い玉を少しずつ大きくしていく……。


次の瞬間。ユーはその黒い玉を掴み青年の胸に押し込んだ。


「!!!」


黒い玉が青年を包み込む。


「ぐあああ……ぎざまあああぁぁぁ……。」


黒の玉の中で青年が小さく細切れになっていく。


ユーの手の平や顔や服も黒い玉から漏れ出る光で切れていく。


ユーは手を握ろうとするが中々閉じれない。

それどころか手は開かれていく。

黒い玉も大きくなっていく。

青年が抵抗してるようだった。

ユーの爪が吹き飛ぶ。

青年は半分骨になりながらも黒い玉の中で蠢いている。


「ぎざまのがらだをよごぜーーー。」


「……消えろ!!!」


ユーは手を閉じた。


バチーン

という轟音と共に黒い玉は消えた。

青年と共に。


ユーも満身創痍だった。

手、目、耳から出血している。

髪も服もボロボロ。

呼吸も荒く乱れている。

白目を剥き、膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。

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