憧れを手に入れるには

鴨田とり

第一話(完結)

大人になってから気付くことがある。

それは子供の頃、大好きだったよくあるお伽話。

自分もいつかは美しいドレスを着たお姫様になれるのだと、白馬に乗ったすてきな王子様があらわれるのだと、悪い魔法使いから王子様が助けに来てくれるのだと、無条件に信じていた。

――むかしむかし、あるところに美しい娘がおりました。

よくあるプロローグから始まる、童話に憧れた。

夜寝る前に母親にせびって何度も読んでもらった。

文字が読めるようになってからは一人で何度も読み返した。

公園へ遊びに行くのに絵本を持って行くと駄々をこねて泣いたこともあった。

絵本のページは手垢にまみれ製本している糸もちぎれかけ、厚手の表紙もいろいろな所にぶつけてボロボロに痛んでいた。絵本は自分の中で一番の宝物だった。

自分もいつか絵本のようなお姫様になれる、そう夢見ていたのだ。

しかしその夢は叶うことなど無いと気付いた。

絵本の世界は現実には起きえないと思い至ったのは一体いつのことだったのか。

お姫様になれないのならば、自分は…。



「ねぇ、君かわいいね。今ヒマ?」

休日の駅前はいつも人だかりで溢れ返している。

ビルの上に取り付けられた大きな液晶ビジョンからはコマーシャルが大音量で流される。

何かのイベントの集まりなのか同じイラストデザインのTシャツを着た集団。

ブランド物の紙袋を何個も肩にかけ、有名なロゴの入った高そうな鞄を持つ女の子達。

今から何処かで演奏ライブでもするのか、楽器を背負って談笑する奇抜な髪の色をしたグループ。

そんな中を休日出勤であろうスーツ姿の男性は通信端末で連絡を取りながら足早に歩く。

五叉路のスクランブル交差点は、皆それぞれの目的を持って銘々の目的で歩いている。

「ヒマじゃ、ないです。」

そんな行き交う人の中、四世代前のナンパで使う定型文のような声かけをする男性二人組がいた。四世代も変わればもう化石だ。ネアンデルタール人の方がマシな誘い方をすると思うぞ。少しぐらいは新人類に近付いてほしいものだ。

彼らに声をかけられて行き先を阻まれ、立ちすくんでいる人は狼狽えながら困ったように眉を寄せていた。

白い肌にクリームホワイトのフリルレースの付いたブラウス、ボタンの付いた淡いライムグリーンのスカートは裾に向かってふんわりと広がっている。パステルカラーで纏めた洋服が着ている人物のかわいらしさを際立てている。

リップグロスで彩られた唇を震えさせながら、両手を胸の前でぎゅっと握る姿はか弱い女の子の雰囲気が出ている。

ナチュラルブラウンの髪の毛をサイドに流して緩くカールさせている様はまるでお伽話のお姫様みたいだな、と思った。

「ちょっとでいいからさーおしゃべりしない?」

嫌がっている様子が理解できないのか片方の男がずい、と半歩詰め寄って壁際に追い詰めている。

下心しかないような下品な顔に、呆れてしまう。好意のない人間からの壁ドンなんてマイナス評価にしかならないんだが、わかっていないようだ。

「二人がかりでしか女に声をかけれないのならナンパするなよな。」

「あぁ?誰だよ、てめぇ。」

おっと、うっかり独り言が聞こえてしまったようだ。…なーんてわざと聞こえるように言ったんだけど。

挑発に乗って振り返った男どもを一瞥して鼻先で笑っておく。器の小さい男だな。

「その子の恋人だよ。待たせたね。行こうか。」

「あ、はいっ。」

囲まれていた子にとびきり優しい笑顔を向けて手を差し出す。

最初はびっくりしていたようだが、意図することを理解してくれたのか差し伸べた手を握り返してくれた。指を絡めて恋人つなぎをすると、俯いて顔を真っ赤にしてくれる。

髪を一房持ち上げ、口づけをしながら「今日もかわいいね。」と囁く。

男どもが「ちっ。彼氏待ちかよ。」と愚痴るのを尻目に、信号が青に変わった横断歩道へと足を進める。

「勝手なことしてごめんね?」

ちらりと後方に目線をやって彼らが付いてきていないことを確認すると、そっと繋いでいた手を離す。

謝罪を込めて笑いかけると、ぶんぶんと首を振ってくれる。そんなに強く振ったらせっかくセットしてある髪が崩れてしまうよ。

「いえ!困っていたので助かりました。まさかホントにナンパしてくるなんて。」

「ああ言うのは返事すると調子乗るから無視してどんどん歩くのが一番だよ。」

下手に優しさを見せると付け上がるからね。一瞬でも足を止めると相手の思うつぼだ。

脳裏によぎった優しすぎる親友は何度もあの手の声かけに苦労していったけか。

ちらりと彼女が腕時計を確認する。

「もしかして待ち合わせだった?大丈夫?」

「特に予定はなかったので、そんなに気にしないでください。…その、もしお時間があればお礼にお茶でもどうかなーって思って。」

もじもじと上目遣いでこちらの様子を窺ってくる姿は本当に可憐で可愛らしい。

そんな子からのお誘いを断る予定もなかったし、なによりこの様子だと少し歩けば同じような輩に声をかけられてしまうだろう。この子、庇護欲をそそるのが巧いね。

「ナンパから助けてナンパされると思わなかったな。喜んでお受けいたします。」

よかったぁ、と花がほころぶように笑う彼女につられて笑みがこぼれる。



「まずは名前を教えてもらっても良いかな?」

交差点から少し離れた場所にあるカフェテリアで一息つくことにした。

店員にオーダーを伝え、離れていったタイミングで友好をはかるために質問する。

「えっと。ユキっていいます。」

えへへ、と微笑むユキちゃんについつられて頬が緩む。

本当に、お姫様として完璧だな。そう、理想の女の子として完璧すぎる。

「自分はショウジ。ユキちゃんにちょっと確認したいんだけど。」

ユキちゃんは長いまつげをしばたたかせながら、小首をかしげる。

そんな姿もかわいいなと微笑んでしまう。何が何でも手に入れたくなっちゃうな。

「ユキちゃんって、心は女の人?心も男の人?」

くるくると変わっていた表情が氷のように固まる。

からん、という音を立ててグラスの氷が溶け崩れた。

「や、やだなぁ。ショウジさん何を言って」

あわてて視線を彷徨わせながら、ユキちゃんは水を飲もうとグラスに手を伸ばす。

その手をそっと重ねると、驚いたのか肩が跳ねる。

「巧く隠していると思うよ。でもこの少し筋張った手の腱、これが決定的。」

ユキちゃんの手首から中指の付け根にかけての腱を指先で撫でると、ふいと顔を背けられる。小さく「いつからバレてた?」と呟く声が聞こえる。

ふふふ、そんな余裕のない姿も素敵だね。気付いたのはナンパをされているときに握っていた両手を見たときだ。

横を向いたユキちゃんの耳元からあご骨のラインへ視線を動かし、首筋を観察する。喉の中央部に僅かに見える突起部分に目を細める。地声自体あまり低くないようだ。

重ねたままにしていた手をずらし手首を掴み、ゆっくりと引き寄せる。ユキちゃんがぎょっとして振り向いてくる。

「爪先まで綺麗にネイルしてるね。」

ラインストーンをあしらったジェルネイルに口づけをしようと顔を近づけると、勢いよく手を振り払われる。残念、あと数センチだったのに。

「お、俺。女の人が好きなんで。そのっ。」

あまりの慌てぶりに喉の奥から笑い声が出てしまう。

口元を手で覆い正面を見ると何を笑っているんだと怪訝そうな顔をしている。

自分の感情に素直な表情だ。完全に口調が男性に戻ってるんだけど本人はそこまで思い至ってないようだね。

「女の人が好きなんだ、ふぅーん。」

にやにやしながら視線を絡ませると、威嚇する子猫のように必死に睨んでくる。

最初に会ったときの作られていたユキちゃんより、今の飾らないそのままのユキちゃんの方が断トツにかわいいな。

「心配しなくて良いよ。」

自分の鞄の中を漁り、運転免許証を探す。身元の証明はちゃんとしないと、ねぇ?

ユキちゃんが見やすいように、テーブルの上へと免許証を差し出す。









『  庄司 桃子   女性  』



「私は君の好きな『女の人』だ。何も気にすることはないだろう?」

ユキちゃんは免許証の性別の欄と目の前に居る私と見比べた後、あんぐりと口を開いた。

「どうみたって、男じゃん。」





大人になってから気付くことがある。

それは子供の頃、大好きだったよくあるお伽話。

自分もいつかは美しいドレスを着たお姫様になれるのだと、白馬に乗ったすてきな王子様があらわれるのだと、無条件に信じていた。

自分もいつか絵本のようなお姫様になれる、そう夢見ていたのだ。

しかしその夢は叶うことなど無いと気付いた。

おままごとでは問答無用で『おとうさん役』になり『おかあさん役』の争奪戦が起こる。

周りの子達より伸びていく身長。女の子からもらう数多のバレンタインチョコレートやラブレター。スカートを着ているにもかかわらず女子トイレに入ると驚かれるのはいつものこと。鏡を見るたびに、見つめ返す美丈夫と一緒に憂鬱なため息を吐く。

そんな自分がお姫様になれるわけがなかった。お姫様になれないのならば。


そうだ、自分が王子様になれば良いのだ。





「と、いう訳でユキちゃんは私が憧れていたお姫様そのものなんだ。」

「はぁ…。」

ざっくりと過去の出来事を説明している間も、ユキちゃんの口は開いたままだった。

そんなに開けっ放しにしていたら喉渇くよ。

配膳されたアイスティーを勧めてあげるとぎこちないながらも口に含む。

「私の性嗜好は男性だから問題は無いし。お付き合いしようよ。」

にこやかに言い放つとアイスティーが気管に入ったのか、むせて咳き込んでいる。

おやおや、大丈夫?おめかしした洋服が汚れてないかい?

「いや、何言ってんの?俺に付き合うメリットなんて無いじゃん!」

口元から溢れかけていたアイスティーを紙ナプキンで押さえながら睨んでくる。

もう女の子の口調を取り繕うことはしないようだ。ううむ、それはそれで少し残念だ。

「ユキちゃんは変な奴にナンパされずに可愛い服を着て出掛けることが出来て、さらにお姫様扱いしてもらえる。私は自分の理想のお姫様と一緒に居られる。これってWin-winの関係だと思うんだけど、違うかな?」

『お姫様扱いをして貰える』と言うフレーズにユキちゃんがぴくりと反応する。

もう少し押せば揺らいでる心を落とせそうだ。

「ユキちゃん元々可愛いから、どんな服着たって可愛いと思うんだ。でもどんなに可愛い服着ても誰にも褒めて貰えないなんてユキちゃんかわいそう。」

ユキちゃんの服装が可愛いのは事実だが、着て満足するだけならわざわざ休日に特に予定も無いのに人混みの中へ出掛けることはないだろう。

人間はなにかを成したとき承認欲求が生まれる。

おそらくユキちゃんは『可愛い』と褒められることで承認欲求を満たしていたんだろう。

でもナンパをしてきた男共はその後の『お楽しみ』を期待する。

ユキちゃん本人は『女性が好き』だからナンパの後の『お楽しみ』は必要ないのだ。ただ、褒めて欲しいだけ。

私なら、いつだってどんなところだって褒め尽くしてあげれる。

「今日の格好だって、シュシュやネイル、鞄やパンプスもパステルカラーで統一してるのに、甘すぎなくて可愛いよ。」

ダメ押しとばかりに今日のコーディネートを褒めちぎる。小物にピンクを混ぜているにも関わらず、フリルを少なめにして色の濃くないパステルカラーで揃えて甘くなりすぎないようしている努力がよく分かる。

もちろん甘めのゴシックロリータ服だってユキちゃんは着こなしてみせるだろう。

「そうなんだよ!このパンプスとスカート見た瞬間にさ、パステルコーディネート思いついちゃって居ても居られなくなって!」

自分のこだわりを見抜かれ褒められたのがよっぽど嬉しいのか、きらきらと目を輝かせながら喋るユキちゃん。

ほら、ユキちゃんのメリットはちゃんとあるだろう? 

そして楽しそうにコーディネートに合う鞄を探すのに苦労した話を喋るユキちゃんを見て私は幸せな気持ちでいっぱいになる。

頷きながらこだわりを突いた質問を投げてあげるとユキちゃんがヒートアップして喋り続けて、早三十分。

「って、なんかうまいこと乗せられてた気がするんだけど?!」

ようやく気付いたユキちゃんが頭を抱えている。

自分のこだわりや思いの丈を存分に話したのか顔つきはすっきりとしているようだ。

「ね、男女関係はひとまず置いておいて、こうやっておしゃべりするようなお友達からでいいのだけれど考えられないかな。」

交渉の常套手段、難易度の高い要求をしてから本来の要求を出すべし、だ。

ずるい大人でごめんね。でもそれほどまでに君との関係を手放したくないんだ。

「お友達なら、まぁいいけど。」

しゃべり通しで喉が渇いたのだろう、アイスティーを啜りながら、渋々と言った体ではあるが満更でもない様子だ。

「ありがとう。買い物とか、スイーツショップとか、どこにだって付き添ってあげられるからいつでも連絡してね。」

こうして、私は自分の理想のお姫様を手に入れるきっかけを得たのであった。





お姫様と王子様が幸せな日々を過ごすのは、また別のお話。

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