平凡の異世界召喚
紅月
冒険者の日常
1森の熊さん
1−1 冒険者
世の中には属性魔法という魔法系統がある。
単に属性魔法と言う場合、最も有名な四大属性魔法を示す事が多い。火・水・風・土を四大属性とし、これによって世界のあらゆる神秘を紐解こうという魔法分野だ。類似する魔法として四原色魔法、四大精霊魔法などがあり、発展系としては六属性魔法、八属性魔法、錬金術など多くの魔法系統を持つ。
魔法という学問の源流とも言われる程の歴史的観点だけでなく、その単純さから魔法学の初歩として初心者に勧められる事が多い。
そんな属性魔法だが、実は俺は苦手意識がある。
というのも、何の属性の力を使うかとか、魔力の色だとか波長だとか、そんな説明が俺の感性に合わなかったからだ。そんな俺に今回わざわざ教えてくれた女性冒険者には申し訳ないのだが、火をつけたり、少しばかりの飲み水を出したり、熱さを凌ぐ程度のそよ風を生んだり、砂地を固めて足場を安定させる位の基礎の基礎を覚えた段階で、俺は根を上げる事になった。
「……センスあるのに」
と残念そうに言ってくれるのは嬉しくも申し訳ないのだが、「ちょと便利」程度の魔法の為に汗を流す程集中しなければならないのは割にあわない気がしてならない。何年も修行すれば一撃でモンスターを屠る事の出来る切り札にもなるというが、そういうのは幼少から魔法を学んでる貴族出身者の特権に近いと思う。
「というかだな? 水生成ってこれどうなってんだ?」
どこかにある水を、時間・空間の制約を無視して呼び出す……という水召喚の魔法にしてもたいがい頭のおかしい魔法だと思うのだが、生成となると更にぶっ飛んでいる。
説明によれば水の魔力を圧縮して水を生み出しているのだと言うが、魔力も力というならエネルギーだろう。つまり、水生成の魔法はエネルギーから質量体を生み出す技術だ。コップ一杯の水を作るのにいったい如何程のエネルギーを消費していると言うのか。
しかも、人が魔法を使う際の魔力の出所はその人物の体内ということだから、洪水並みの水を作り出して攻撃に転用できる熟練魔法使いなどは、よくもそれだけのエネルギーを体内に納めておけるものだ。いや、コップ一杯の時点で俺の想像には余あるエネルギー量の筈だから、そもそもの物理法則が違うのか、魔力とかいうエネルギーはまた別の法則に基づくのか。
きっと、諦めて「そういうものだ」と受け入れてしまうのが早いのだろう。他の全てと同じように。
そう、そういうものだと諦めた。
例えばそれは、レベルという概念だ。
神から与えられた加護、資質。
自らの手で掴む才能、経験。
それらの総合評価をレベルと呼ぶ。
存在の格と同義であり、特に戦いに身を置く者にとっては無視できない要因だ。
俺自身、その内約を忘れた事は無い。
幸運の女神の加護。
凡庸で影の薄い資質。
隠密と危機感知の才能。
レベルにして3。
村人と正面から殴り合えば5分で負け、2分で引き分けるといった所の評価だ。
冒険者ギルドで登録申請をした際など、とてもではないが戦いに向いていないから止めないかと受付嬢に心配された程である。
しかし、適性はあった。
モンスターの生態調査なり、臨時パーティの斥候役なり、また郊外での採取活動も得意な部類であるといえる。冒険者として必要そうな最低限の技能は、そうやって地味な活動をする中で身に付け、臨時パーティではそれなりに重宝されていると思う。そう思っていないと、やっていられない。
とはいえ、俺自身に戦闘の才能が無い事もあって、俺は冒険者ギルド内でのランクを上げるつもりは無かった。そもそもが冒険者ギルドに登録した目的は最低限の身分証を手に入れる事であって、生きる為の手段を確立する事である。
とりあえず、その日暮らしに毛が生えた程度の生活が出来るようになった今、次のステップとして安定収入を視野に入れて何らかの技術を身に付けたい所であった。
魔法を学ぼうとした動機はそこにある。
いや、今回習得を断念したとしても将来的には身に付けたいとは思うが。
魔法がダメとなれば、他にはポーション作成、料理、その他小物作りといった所か。木工技術くらいなら何とかなるかも知れないが、長時間炉の側で温度管理に神経をすり減らさなければならない鍛冶などは出来る気がしない。
信用が得られれば事務方の仕事などもあるのだろうが、肉体労働ばかりの冒険者の仕事でそのベクトルの信頼を得るのは難しいだろう。
何はともあれ。
こんな時間まで付き合ってもらった俺の出した結論は、「今は諦めておこう」というものだ。
「ありがとう。今日は良い勉強になったよ」
「いえいえ。これぐらい、安いものよ」
臨時師匠の女性冒険者と握手を交わした。
「魔法の指導が安いとは……景気がいいな」
「基礎の基礎だもの。貴方の吸収力には驚かされたけど……お金をとってまで教える様な技術ではないわ。剣の道で言えば、鞘からの抜き方をわざわざ教えた様なものよ?」
肩を竦め、事も無げに言う女性冒険者の言葉には、多少の謙遜は混じっているのだろう。事実が分からない以上判断はつかない。
「このくらいの労で優秀な斥候と顔を繋げるならお易い御用よ。……だから精々、頑張りなさい」
そう言い残して、彼女は席を立つ。
今日の仕事は、これで御仕舞いだ。
今日はわざわざ
どこで何が採取できるか、どこに行けばどんなモンスターの縄張りなのか、その殆どを把握しきっている俺にとっては庭の様な狩場だ。前衛が居なくても、彼女を危険に晒す事無く、先制の一撃だけで決着できるモンスターだけを相手して散策する位は出来る。
その評価が優秀な斥候という事であれば、これはなかなか有り難い話である。もし彼女が勇猛果敢な戦士であれば、俺は臆病者と
いずれにせよ、今日の労働の対価は十分で、明日明後日は街の外に出る必要がない位には懐が潤った。その暇を生かして、何をしようか。
去って行く女冒険者の背中を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。
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2018/10/01 開幕6行目の誤字修正。恥ずかしい……。ついでにルビ追加。
2018/10/07 若干描写を追加。ストーリーに変化なし。
2018/10/13 開幕の時間軸に違和感があったので微修正。ストーリーに変化なし。
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