第二章 Ⅱ セカンド  フライト

02 セカンド フライト



「リンネちゃんにネルカちゃんだー!!この匂いは絶対そう!間違いないよー!!」


 そうなの?リンネちゃんにネルカちゃんなの?


 手を取り合い大事なところを上手い具合に隠した鏡合わせの幼女達に駆けて行くシェリア。


「ねぇ、リート君......あの娘達......」


 そうか、流石はアンジェ姐さん。この一瞬で彼女達が何者なのかを感じとったのか......


「すっっっっごく可愛いわね!!あの可愛さで双子って、それだけでお姉ちゃんもう.........」


「いや、そういうことじゃないでしょう。」


 二人揃ってシェリアの手に抱きすくめられた双子ちゃん達はくりくりとした大きな碧眼を俺達の方へ向ける。


「シェリア......」

「......くるしい」

「それと......」

「......あの人間たちは」

「「だぁれ??」」


「リートとアンジェおねーちゃんだよ!そーだ、二人にも紹介しなくっちゃ!!」


 シェリアはそう言いながら、こちらに振り返り、


「紹介するね、リート アンジェおねーちゃん。この娘たちはね、リンネちゃんとネルカちゃん。私とおんなじ四幻神の血族で、風の幻素エーテルを司る疾風はやての鳥神さんの双子ちゃんなの!」


 弾んだ声で彼女達を紹介してくれる。


 ......まぁ、あの頭に響く声の感じは龍体のときのシェリアにそっくりだったからそんな気はしたけれど......


「りーと......」

「......あんじぇおねーちゃん。」

「「覚えた。。」」


「そう!リートはワタシのお婿さんになる人で、アンジェおねーちゃんはワタシのおねーちゃんなの!」


 双子ちゃんは全く同じタイミングでこちらを指差し、こくりと頷く。本当に何から何まで鏡合わせの彼女達。顔立ちはもちろんのこと、エメラルドの輝きをそのまま髪の形に変えた様なアシンメトリーのショートカット。右が長い方がリンネ、左が長い方がネルカかな?


「えーと、初めましてだな。リンネに...ネルカ。俺はリート。リート・ウラシマだ。よろしくな。」


 双子ちゃん達の目線に合わせるように片膝をついて二人でご挨拶。


「よろしくね。リンネちゃんにネルカちゃん。私はアンジェリカ。リート君とシェリアちゃんのお姉ちゃんで、先生もやってるの。アンジェお姉ちゃんって是非呼んで。」


「......アンジェ姐さん。鼻血出てます。」


「「私たちは」」

「リンネ......」

「......ネルカ」

「「よろしく。。」」


 見事なステレオ音声で俺と絶賛流血中のアンジェ姐さんを交互に見やるリンネとネルカ。


 そんな俺達のやり取りを見ていた他の団員ギャラリー達が俄にざわつき始める。うーん、呑気にメシ食ってる場合じゃなくなってきたな。


(うおっ、なんだなんだ?!またリートのヤツが女侍らせてんのかよ?!)

(かわいいー!リート君とシェリアちゃんの子供かな?)

(いや、早すぎるでしょ?!しかも裸じゃない?!)


 ......そう。目下一番の問題はだ!シェリアもそれを察したのか、俺と視線を合わせて彼女達二人の裸体を隠すように体を使ってブラインドにする。


「いーい、リンネちゃん ネルカちゃん。人界ここではワタシみたいに服を着ないと他の人間さん達も困っちゃうの。だからね、今のワタシみたいに服を創ることって出来るかな?」


「おやすいごよう......」

「......おまかせあれ」

「へん...」

「...しん」

「「とうっ。。」」

 

 いつか見たあの光景の再現。まさか、シェリアが諭す立場になろうとは......再び双子の身体を包む白い光。それぞれの背中から顕現する片翼が瞬く間に衣服の形をとって彼女達の身体を覆っていく.........


「えへん......」

「......出来た」

「「すごい??」」


 舞い散る風の幻素で構成された羽根の中、装いを新たにしたリンネとネルカの姿が像を結ぶ。


「スゴいスゴい!上手に出来たねー!これなら全然大丈夫だよ!」

「かわっ......可愛すぎっ......」

「アンジェ姐さん......鼻血。」


 あの雷翼の戦神に流血させる程の破壊力を持った双子ちゃんの完全体。白を基調としつつも要所要所に淡いグリーンのリボンをあしらった、これまたアシンメトリーのロリータ服......でいいんだよな、コレ。リンネは右側、ネルカは左側にそれぞれ同じデザインのグローブとニーハイをつけている。


「これで......」

「......ごはん」

「「食べていい??」」


「えへへー。それじゃ、一緒に食べよっか?」


(そうだね。なら、騒ぎが大きくならないうちに執務室で食べてもらった方がボクとしても助かるんだけど......)


 いつの間にかこちらに飛んできていたメイの紙片が唐突に声を発して、その台詞に合わせてコミカルに動き始める。また謎の技術を......


「わかった。確かにそっちの方が落ち着いてメシが食えそうだし。......シェリアもアンジェ姐さんもそれでいいか?」


「はーい!」

「ええ。」


 うし。後は......


「リンネ ネルカ。今から俺が案内するところまで着いてきてもらっていいか?そこで腹いっぱいご飯を食べよう。ちょっとの間、我慢できるか?」


「だいじょうぶ......」

「......がまんする」


「よし!偉いぞ、双子ちゃん!!」


 思わず両手を二人の頭に乗せようとするが、かなり手が埃っぽいことに気付いて慌てて手を引っ込める。


(......あとリートとアンジェリカはシャワーでも浴びてさっぱりしてからこっちに来ること。今日も結構派手だったからね。)


 ......お見通しですか。流石の千里眼っすね。


 俺とアンジェ姐さんはシェリアに双子を預けて、本部のシャワールームに向かうのだった。



「はむ...」

「...むぐ」

「じゅわー......」

「......ふわふわ」

「「おいしい。。」」


 執務室のソファーにちょこんと座り、二人にも食べやすい大きさにカットされたシェリアお手製のバゲットサンドを口に運ぶリンネとネルカ。


 いつかのシェリア同様に背中に現れた小振りの片翼がパタパタと執務室の空気をゆるりと撹拌する。


「うん!シェリアはホントに料理が上手くなったな!何個でも食えるぞ、コレ!」


「お姉ちゃんも嬉しいわ、シェリアちゃん!こんなに美味しいサンドイッチを作ってくれるなんて......ぐすり。」


 目尻にうっすら涙をためながらサンドを口に運ぶアンジェ姐さん。


「えへへー。おねーちゃんに教わった通りに美味しくなーれ、っておまじないもしたから!グロ爺も誉めてくれたんだー!」


「もういっこ......」

「......食べても」

「「いい??」」


「いっぱい食べていーよ!リンネちゃん ネルカちゃん。」


「いやー、ボクの執務室もこんなに賑やかになるなんてね。リートが来る前には想像もしてなかったよ。」


 いつもの回転椅子に腰を落ち着けたメイは両手でカップを傾けながら口を開いた。


「修練場の上空でそれらしい幻素の揺らぎがあったからもしやとは思ったけれど、まさかのビンゴだったね。......シェリアに続く四幻神の血族。それも双子神とは......。それに服の趣味も凄くいい。」


 あっ、食い付くところはそこですか。そうですか。


「リンネにネルカ。食べながらでいいからボクの質問に答えてもらってもいいかい?」


 テーブルに並べられたサンドイッチやお茶菓子を黙々と食べ続ける双子に穏やかな調子で話し掛けるメイ。


「しつもん......」

「......なんなりと」

「おかしも......」

「......おいしい」


「君たち二人はどうして人界ここに?」


「西のほうに......」

「......飛んでたら」

「下から......」

「......びゅーんって」

「「飛んできたの。。」」


 あっ、それってあの時打ち上げた槍ですかね。


「それでね......」

「......なにかなーって」

「見に来たら......」

「......シェリアの声が」

「「したから。。」」


 上空を飛んで様子を伺っていたというところか......


「......なるほど、ありがとう。ゆっくり食事を楽しんでくれ。」


 どうやらメイの言葉のニュアンスとは違う返答だったみたいだが、メイは微笑を浮かべたまま二人に礼を口にする。


「......これも何かの因果かな。」


「相も変わらず思わせ振りな発言ごちそうさま。そんで、何が因果だってんだよ?俺にも分かるように優しく教えてプリーズ。」


「午前中にリートに話した出張先の依頼内容さ。出張先のオルリディアは別名 風の都って呼ばれているんだけど、ここ最近大気......というか風の幻素の動きが妙に不安定になっているらしい。」


「それでモンスターだろうが幻獣だろうが意思疏通が可能なリート君を調査要員として現地に派遣。それで手当たり次第に情報を集めさせて原因の究明をさせるつもり、ってところかしら。メイちゃん?」


「そういうこと。ただ、ボクにその依頼を持ち掛けたオルリディアの支部長ゆうじんにリートのことを面白半分に話したら、是非にって頼まれちゃって。それが今回の調査任務クエストの概要。」


 なるほど。そういうことか。


「ところでさ......メイ。」

 

「お前にも友達がいたんだな。」

「前鬼!!」


 目の前にノータイムで現れた召喚陣から伸びた前鬼の腕が容赦なく俺の頭を鷲掴みにして圧迫を始める。


「あいだだだだ!目だけは勘弁して下さい!!」


 ギリギリと徐々に圧を強める前鬼の掌。コイツも完全に俺への遠慮が無くなってきてるな。


「うーん、今のはリートが悪いよぅ。ほら、リート!冗談でもしっかりメイちゃんにごめんなさいして!」


 シェリアの言うとおり無礼が過ぎたな。反省反省。


「すまん、メイ。冗談が過ぎた。反省しているから、この可愛いお手手を引っ込めさせてくれ。」


「フン!いいだろう。シェリアに免じてこの程度で赦してあげるよ。次は無いからね。」


 パチンとウチ打ち鳴らされた指の音と共に召喚陣の中に還っていく前鬼の腕。


「ねぇ...」

「...シェリア」

「いつも...」

「...こんなに」

「「にぎやかなの??」」


 苦しむ俺の一部始終を観察していた双子は揃ってシェリアに視線を向け首を傾げる。


「うん!人界ここでね、いっぱいお友達が出来たの!だから今までいっぱい楽しいことがあったの!」


「私たちも......」

「......なかまに」

「「入れてくれる??」」


 シェリアの瞳を真っ直ぐに見つめるリンネとネルカ。表情こそ変わらないものの、その言葉は僅かな感情の揺らぎに彩られていた。


「もちろん!ワタシもリートもメイちゃんもアンジェおねーちゃんもみんなみんな、リンネちゃんとネルカちゃんのお友達だよ!」


 シェリアの言葉を受けた双子はその大きな宝石ひとみをさらに見開いて、


「アンジェおねーちゃん......」

「......メイちゃん」

「「リート。。」」


 一糸乱れぬ動きで俺達一人一人に視線を移しながら確かめるように言葉を繋ぐ。


「みんな......」

「......私たちと」

「「おともだちになってくれる??」」


 返事は"はい"か"イエス"の二つに一つ。それをことわるなんてとんでもない。


「とーぜんだろ。」

「よろしく。何か困ったことがあったら遠慮なく頼ってくれ。」

「二人とも私の屋敷で暮らしましょう!まだ部屋には余裕があるから!」


 色々ハショり過ぎです、アンジェ姐さん......


「「ありがとう。。」」


 室内にも関わらずふわりと感じるそよ風に乗った感謝の言葉が耳をくすぐる。見れば、瞳はそのままに口元が僅かに綻んだリンネとネルカの表情。


 ......アンジェ姐さんが暴走気味になるのも無理からぬ話だ。これは色々と破壊力が高い。......ここで言わずにいつ言えばいいのか!


「......守護まもらねば。」


 とある筋では高名な柔術家の顔を浮かべながら、澄み渡った青空に万感の思いを込めて俺はひっそりと呟いた。


 

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