第一章 エピローグ Ⅵ スカイズ ザ リミット(後編)

EX6 スカイズ ザ リミット(後編)



「ありがとうな、馬。」

「ありがとー、また乗せてね。お馬さん!」

「ご苦労様。いい乗り心地だった。」


 三人でつぶらな瞳をしたお馬さんにお礼を言いながら、その頬を撫でる。


(ふ、フンっ!べっ、別にアンタ達にお礼を言われたくて乗せたワケじゃないんだからねっ!あくまでも、コレがワタシの仕事だから仕方なくアンタ達を乗せてあげただけなんだからっ!勘違いしないで!)


 海外ドキュメンタリーのボイスオーバーのように嘶きと一緒に脳に響くお馬さんかのじょのツンデレボイスを後ろに王城の入口まで歩みを進める。


「おお、リート殿!!それにメイ殿も!久しいな!元気そうで何よりだ!」


 俺達の姿を確かめた衛兵の一人が甲冑をガチャガチャ言わせながらこちらに近づいてくる。アレ......このおっさんは確かあの夜にまだん君の身柄を預けた警護統括の偉い人。名前は......


「どーも。お久しぶりです。ゴルディさんもお元気そうで。」

「やぁ、ゴルディ。この前はボクの弟子が世話になったね。」


「いや、世話になったのはこちらの方だ。こちらの被害も最小限であったしな。流石はメイ殿の秘蔵っ子だ。して......そちらのご婦人は?」


 ゴルディさんの視線が俺の手をとってニコニコしているシェリアに向けられる。


「俺の未来のお嫁さんっす。」

「シェリアだよ!よろしくね、ゴルディさん!」


「そうかそうか。奥方であったか。年若い身でありながら、なかなかどうして。良い男に嫁いだな、シェリア殿!」


「えへへー。リートはね、世界一かっこいいもん!自慢のお婿さんなんだー。」


 本人の前で堂々とのろけ始めるお嫁シェリアさん。正直、とても恥ずかしいのだが。


「うむ、善き哉善き哉!」


 ガハハと大きな体を揺らしながら豪快に笑うゴルディさんの陰からすっと一人のメイドがこちらに小柄な姿を見せる。


「お父さん、お客様の前であんまり大きな声出さないで。」

「おお!スマンスマン!」


「ようこそいらっしゃいました。リート・ウラシマ様。アビィーノ・セイ・メイ様。そして......」


「やっほー!ルキナちゃん!昨日ぶりだね!」


 シェリアが目の前のメイドさんに親しげに声を掛ける。


「はい。昨日は大変お世話になりました。シェリアさん。姫様もとてもお喜びになって、私としましてもとても貴重な体験をさせて頂きました。」


 そうか、昨日シェリアが楽しげに話していたメイドさんとは彼女のことか。......にしても似ていない。豪放磊落を絵に描いたような、いかにも武人然としたゴルディさん。そして目の前でしずしずと佇んでいるどこか小動物を連想させるルキナちゃん。そんな彼女は、はっとした様子でくりくりとした大きな瞳をこちらに向けて、


「名乗るのが遅れて申し訳ありません。わたくしはクレスティナ皇女殿下付きのメイドをしております、ルキナ・バッカニアと申します。以後お見知りおきを。」


「私の自慢の娘だ!!もうホント天使!」


「......既に先に到着したお三方には控え室にてお待ち頂いております。僭越ながら私が皆さんをご案内させて頂きます。それではこちらに......」


 キャラクターをかなぐり捨てたパパ渾身の親バカを氷の眼差しで一蹴したルキナちゃんはそのまま俺達を王城の正面玄関まで誘導する。


「それでは改めまして、ようこそいらっしゃいました。グリグランの英雄のお歴々。式典までの暫しの時間、どうかおくつろぎなさいますよう......」


 そのルキナちゃんの言葉と同時に内側から開け放たれる優に5メートル以上はある豪奢な扉。その先に......


「「「「「ようこそいらっしゃいました。お客様。」」」」」


 赤い絨毯張りの回廊に限界ギリギリまで敷き詰められた従者や衛兵達が一糸乱れぬ完璧に統率された動きで俺たち三人を出迎えた。


「ふわーー。すごーい。」


 ホントにすごーい。なんだこりゃ。呆然とその様子を口をあんぐり開けて眺める俺達。


「気持ちはわからなくもないけど先に行ってしまうよ、二人とも。」


 顔色一つ変えずに絨毯の中央を進んでいくメイの背中を慌てて追いかける。そしてそのだだっ広い回廊を暫く進んで、ようやく控え室に到着。案内してくれたルキナちゃんにお礼を言って、扉の中へ......


「あら、遅かったたわね。三人とも。」


 優雅にティーカップを傾けるアンジェ姐さんがこちらに視線を向けて微笑む。


 その身体を包む藤色のドレスはあの打ち上げの夜とは異なるデザインで露出も控え目ではあるものの、それでも隠しきれない大人の色香は筆舌に尽くし難い。見ているだけで色々と元気に......


「ちょっとリートさん!わたくしのアンジェリカ様にねっとりとした視線を向けないで下さいまし!その目玉、潰して差し上げてもよろしくてよ?」


「イヤ、ホント目だけは勘弁して下さい。既に一度潰れかかってるんで......」


 物騒極まりないセリフを口にしながら縦巻きにした緑がかったロングヘアーを掻き上げるルネッサさん。アンジェ姐さん程では無いもののしっかりと主張をするその胸元を惜しげも無く晒すデザインの金色のドレス。


「しぇしぇしぇ...シェリアちゃん!!とってもとってもとっても可愛いよ!!もう世界一可愛い!!!......というかとんでもなく綺麗!!リートさんはホントに爆発して下さい!!」


 こちらも変わらず平常運行中のセレナちゃん。なんかあの夜以降、どんどん俺に対しての遠慮がグッバイし始めたセレナちゃんのドレス姿。シェリアのドレスが深紅の薔薇を彷彿とさせるのとは対称的に、セレナちゃんのそれは白百合そのもののようなデザインだ。身体つきこそ前の二人には譲るものの、その清廉なビジュアルは正統派美少女の王道を行っている。


 紫光の尖翼アメジスト フェザー入団を契機として、彼女の魅力にノされてしまった団員達の間で密かにファンクラブが設立されたとか......


「えへへ。くすぐったいよぅ、セレナちゃん。あとあと、涎が出ちゃってるよ。拭いてあげるね!」


 メイに持たされた小振りなポーチからハンカチを取り出して、セレナちゃんの口元を拭っていくシェリア。......大食い選手権の時の俺を見ているようだ。


「どうしたんだい、リート。ぼーっとしちゃって?」


 にわかに騒がしくなった控え室を俺と一緒に眺めていたメイが口を開く。


「いや、シェリアは本当に変わったなって思ってさ。多分、俺だけじゃシェリアはこうはならなかっただろうなーって。最近のアイツは無邪気なだけじゃなくて、母性というか......周りに向ける優しさみたいなものを見せるようになったような気がする。」


「......最近はそういうプレイをしてるのかい?」


「茶化すなよ。真面目な話だっつーの。お前と出逢えたから俺とシェリアはグリグランここでみんなに囲まれて楽しく生活出来てる。だから......ありがとな、メイ。俺を弟子にしてくれて。......シェリアに世界を教えてくれて。」


 視線の先に広がる優しい世界を眺めながら、今まで言いそびれていた感謝の言葉を横にいる師匠メイに贈る。


 .........ぽこっ、ぽこっ


 腕に感じるメイの軽い拳。


「いきなりそういうことを言うのは卑怯じゃないか、リート......やめてよね、ボクだっていつでも冷血人間なわけじゃないんだ。弟子からそう言われて嬉しくないなんてことは無いんだから。........................バカ弟子。」


 頬を赤らめ、切り揃えられた前髪の奥に瞳を隠して照れ隠しをするメイ。


「ハハハハ、いつもいいように遊ばれてるからな。たまには師弟逆転プレイだって許されるだろ?」


「まぁ、たまにならね......」


 

 控え室でギルドのみんなと談笑しながら茶を啜り始めて数十分。


「お待たせ致しました。式典の準備が整いましたのでご案内させて頂きます。」


 ノックの音と共に現れたルキナちゃんの姿を確かめ、


「さて、全員トイレは済ませたかい?流石に式典の最中にお花を摘みにはいけないからね。」


 いつもの調子に戻ったメイが口を開いた。


「リートさん、わかっていますわね......」


 あの時のことをまだ覚えているのか、ルネッサ副団長......


「だいじょーぶですって。全力で最後の一滴まで出して来ましたから。」


「そそそ...そういうことは言わなくてよろしいのではなくて!?」


「こーら、リート君。あんまりルネッサをからかわないの。めっ、よ。」


「あわわわわ、緊張してきました。」


「だいじょーぶだよ、セレナちゃん。ワタシもいるもん!ほら、ぎゅーっ!」


 俺の目の前で細い腕を絡ませあう、紅薔薇と白百合。尊い。


「あのぅ、ご案内させて頂いてもよろしいでしょうか......」


 俺達の様子にやや困惑気味のルキナちゃんがおずおずと手を上げる。


「あぁ、ごめんごめん。みんな、それじゃあ謁見の間まで向かうとしよう。私語は程々にね。」


 この数時間で自分のキャラものにしつつある引率先生ネタを口にしながら、ルキナちゃんについていくメイ。さらにその背中についていく俺達 紫光の尖翼アメジスト フェザー。俯瞰した上でドット処理でも行われていそうな構図である。


 頭の中で昔懐かしい電子音を奏でつつ先を行くルネッサさんの尻を眺めていると、果たして眼前に現れる巨大な扉。


「ふわー、おっきいねーリート。」


「ああ。どうしてここまでの大きさにする必要があったのか...小一時間デザイナーに問い詰めたくなるな。」


「リートさん。シェリア。もうアルザガード王の御前になのですから、少しの間口をつぐみなさい。」


 二人揃って委員長ルネッサさんに怒られてしまった。二人で目を合わせて子供のように笑い合う。......すると巨大に過ぎる扉をものともしない大声がこちらにまで漏れ聞こえる。


「おー!!来たのか、紫光の尖翼アメジスト フェザーの連中!!いいぞー入ってきて!!くるしゅうない!!ちこうよれ!!!」


 なんか、凄いバカっぽい声が聞こえる!


 声の主とおぼしき人物の一声で軋みを上げながら扉が開いていき、謁見の間に鎮座する玉座が視界に入る。


「よく来てくれたな、野郎共!......ってウソ?!殆んど女じゃねーか!まぁ、いいや!リートってのはどいつだ!!」


「父上!!余りに、余りに酷すぎる!!せめて身なりだけでも整えて欲しいとお願いしたであろう!!」


「なんだよぅ。クレスちん。冷たいじゃんさー。だって今日の客の中にはアビィーノがいるんだぜ。俺の素の顔を知ってる人間の前でバリトンボイス効かせた芝居したって恥ずかしいだけじゃんさー。」


「ぐぬぬぬぬ!客の中にはリートとシェリアもおるのだぞ!!妾の父上がこんなアレな人間だと思われたら、恥ずかしゅうて妾はあやつらに顔向け出来んではないか!!」


 ......謁見の間では微笑ましい親子喧嘩が始まろうとしていた。


「やぁ、アル。久しぶりだね。外面はともかく中身は相変わらずのようで安心したよ。」


 ため息混じりにツカツカと玉座に向かうメイ。おいおい、突っ込みどころが多過ぎて何が何やら......


「なんも変わってねーのはお前だよ、アビィーノ。俺がガキの頃からずっとそのナリじゃねーか。」


「年の話はやめるんだ。昔から言ってるだろう?」


「あーあー、悪かったっての。」


 乱雑に束ねられた銀の長髪をボリボリ掻きながら視線を俺の方に注ぐアルザガード?王。


「おい、そこの黒髪のお前!お前がリート・ウラシマか?!」


 鷹のような視線でこちらを値踏みするようにねめつける王様。


「あっ、はい。どーも初めまして。リート・ウラシマです。」


「娘はやらんぞ!!!ぜったいに!!絶対にだ!!!」


 なんだ、この人。マジでグリグランで一番偉い人なのか?冗談だろ?!言動が余りにもぶっ飛んでいる。


「ちちちちっ父上!!だから、何度も言っているであろう!!妾とリートは......その...恋仲などではないと!!」


 あーあ、もう滅茶苦茶だよ。ここにシェリアまで絡んできたらいよいよ収拾がつかなくなる。


「ハイハイ、仲がいいのはわかったからとっとと式典を始めてくれないかな?ボクだって忙しい仕事の合間を縫ってここに来ているんだよ?」


 なんたるウソ八百。大体の仕事を後鬼に押し付けているのを俺達は知っている。


「おー、わりーわりー。それじゃ、こっから先は王様モードだ。」


「最初からそれでやれと言うのだ、まったく!!」


 アルザガード王の目が声がその威容がその玉座に収まる者としての圧を強めていく。


「此度の我が娘、クレスティナの護衛任務の遂行。まこと大義であった!!そなたら[紫光の尖翼アメジスト フェザー]の働きを余は高く評価する!!特に賊の身柄を捕らえ、尚且つこちらの警護兵の損害をも必要最小限に抑えたリート・ウラシマ並びにルネッサ・フェルマート!!そなたら二人にはグリグラン王家が一代につき一回のみ叙勲することを許された[黎明の金獅子]を与えることとする!!!」


 その最後の一言によって、列席していたお偉いさん方がにわかにざわつき始める。......なんか凄いっぽいものらしいがよくわからんな。


「また此度の騒動に際してクレスティナの身柄を保護した他の団員に対してもそれに準じた褒賞を与えるつもりだ!皆、よくぞグリグランの未来の象徴である我が娘 クレスティナの笑顔を護ってくれた!国王としてではなく何処にでもいる一人の父親としてお前ら紫光の尖翼アメジスト フェザーに礼を言いたい!!ありがとう!!!」


 そう言葉を締め括ったアルザガード王は隣に控えたクレスの顔をニヤリと見つめてその先を促す。


「リート・ウラシマ並びにルネッサ・フェルマート!両名、妾の前に!これより妾の手で[黎明の金獅子]をそなたらグリグランの英雄に賜る!」


「「はっ!」」


 ルネッサさんに倣いそれっぽく返事をして二人でクレスの前に並び立つ。


「ルネッサ・フェルマート。そなたの行く先に金獅子の加護のあらんことを......感謝しておるぞ。」


「勿体ないお言葉。ありがたく頂戴致しますわ。クレスティナ様......」


 ルネッサさんの胸にグリグラン王家の象徴である金獅子が燦然と輝く。その様子を横目でチラ見していると、


「おい、次はそなたの番だぞ!リートよ!」


 あのメイド服を着ていた頃と何ら変わらないお姫様クレスの声が耳に届く。あぁ、悪い悪い。


「......そなた、ちゃんと下着はつけておるのだろうな?」


 ......何言ってんだ、コイツ?


「コホン、今のは忘れよ!よくぞ妾の身を不逞の輩から護り抜いてくれた。」


 咳払いを一つ入れて跪いた俺の首に勲章を掛けるクレス。


 ......ありがとね、リート。私の......王子様


 誰にも聞かれぬように耳元で囁かれた一人の少女からの感謝の言葉が俺の胸にストンと落ちて脈動を早くする。


 胸に輝く金獅子の価値はよくわからないけれど、目の前の女の子を護れたのならそれは十二分に価値のあることだろう。そうだ、誰かを護るためになら俺はいくらでもこの拳を振るってやるさ。......あの夜にそう誓ったんだ。



 ......斯くして幕間の物語はその幕を閉じ、新たな決意と共に次なる物語の歯車は廻り出す。次なる舞台は颶風吹き荒れる風神の都。更なる出逢いは比翼連理の双子神。


 様々な出逢いが少年の行く先を明るく照らす。この物語はそんな少年の英雄譚である。


 

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