第一章 エピローグ

第一章 エピローグ Ⅰ ユア アフェクション

EX 01 ユア アフェクション



「後鬼ー!ごーきー!悪いけどいつものを用意してもらっていいかな?」


 扉の外で待機している後鬼を呼び出して今日の分のメイド服きがえを用意してもらう。よしよし、流石はボクの式神だ。完璧な仕上がり。しかも今日は趣向を変えたのか、ガーターベルトのオマケ付きだ。こういう細かい気配りが出来るところも、また優秀。


「じゃあ、後鬼。お願いね。」


 こくりと頷いた後鬼はボクの身につけた束帯を一つ一つ丁寧に脱がしていく。正直言って、この執務服は脱ぐのも着るのも非常に面倒くさい。それでも未だに着続けてているのは、きっとボクの感傷みたいなものなんだろう。......しゅるりと音を立てて、最後の一枚が肌から離れる。......と扉の向こうから駆けてくる、一人分の足音。


「メイちゃーん!?いるー?」


「あぁ、錠は開けてあるからね。入ってきていいよ。」


「はーい。おはよーございます、メイ先生!」


 それなりに重さのある扉をその細腕で顔色一つ変えずに開けるシェリア。


「わわわっ、メイちゃん裸だーっ。早く服着ないと、カゼひいちゃうよぅ!」


「大丈夫、脱いだばかりだからね。ほら、後鬼。続けてくれ。」


 後鬼のひんやりとした指がボクの爪先から太腿まで滑っていく。するすると何の抵抗も無くボクの脚を包んでいく上質なシルクの感触。


「ねぇねぇ、メイちゃん。?」


 不思議そうな顔をボクに向けてくるシェリアに笑いかける。


「あぁ、ボクは下着というものが苦手でね。基本的には何も着けないんだ。」


「へー。ワタシはね、アンジェおねーちゃんに選んで貰ったの履いてるよ。とっても可愛いやつ。ほら。」


 言いながら、ワンピースの裾をたくしあげて笑顔でこちらに可憐な布地を見せてくるシェリア。


「......いいかい、シェリア。ボクが言うのも何だけれど、そう簡単に女の子はパンツを他人に見せてはいけないよ。特に男性の前では駄目だ。いいかい?」


「うーん。リートにも見せちゃ駄目?」


「それは、時と場合によるかな。何事にも希少価値というものは存在する。毎日のようにパンツを見せてしまえば、リートはそのありがたみを忘れてしまって、君の下着に興奮しなくなってしまうかもしれないよ?」


「えっと......リートがえっちな気分になってくれなくなっちゃうってこと?......うーん、それはイヤかも。」


「そうか。なら、見せるべきタイミングは君が決めるといい。ここぞというところで見せれば、きっと破壊力は抜群だ。」


 言いながら後鬼が手に取ったブラウスに袖を通して、ボタンを閉めていく。......にしてもやはりこの身体は成長しないな。カルメンが言っていた、まな板という例えは非常に的を射ている。


「おーい、メイいるかー?お姫さんからの使者が書状を持ってきてんだけどよー。......って、シェリアも来てんのか?どうだー、リートとは気持ち良くヤってるかー?」


 狙ったようなタイミングでノックも無しにズカズカと執務室に押し入るカルメン。こういうところは祖父グローデックそっくりだ。


「あー、カルメンさんだー。おはよー。」

「朝っぱらから脂っこい話しないでくれるかな、カルメン。」


「おーおー、悪い悪い。シェリアとリートが完全にくっついたって話を聞いてたからな。つい、茶々いれたくなっちまった。って、忘れねぇ内に......ホレ。」


 仕上げのワンピースに袖を通したボクに豪奢な装丁の書状を手渡してくるカルメン。


「クレスティナ皇女殿下直々に王城で今回の功労者を労いたいんだそーな。人選はアンタに任せるとさ。」


「そうかい。なら、リートとルネッサ。あとはアンジェリカと......」


「はいはいはーい!!ワタシも行きたーい!!クレスちゃんに会いたいよぅ!」


「うん、そうだね。シェリアが来るとなれば皇女殿下も喜ぶだろう。いいよ、シェリア。君も来るといい。」


「はいはいはーい!!アタシも行きてー!!腹一杯、貴族どもが飲んでるワインをがぶ飲みしてー!!」


「何言ってるの、カルメン?君はここにステイだよ。グローデックのところでぬるいエールでもがぶ飲みしてるといい。」


「えー、なんでだよー。アタシだってアンタがいない間、ほんのちょっぴり気持ちほんのり事務仕事手伝ったんだぜー。」


「そうだね、最初の一枚目にワインをこぼして台無しにしてくれるだけの働きだったけどね。だから当然君はお留守番だ。」


 後鬼に髪を結わえさせながら、手に持った書状に目を通す。ふむふむ。よくあるパターンの叙勲式典か。その後に立食パーティー。シェリアの面倒は全部リートに押し付けてしまおう。


「ねぇねぇ、メイちゃん。王城っていっぱい偉い人がいるんでしょ?ワタシどんな服を着ていけばいいのかな?この格好でも大丈夫?」


「......そうだね。どうせだったら、リートのヤツをビックリさせてやろうか。」


 なるほど、これはナイスタイミングだ。アンジェリカとルネッサはそれ用のドレスには困っていないだろうし、新しく後鬼に仕立てさせるのは二着。ボクとシェリアのパーティードレス。......いや、シェリアが行くとなれば当然セレナも来たがるだろうから、一応三着必要になるか。


「後鬼、新しく仕立ててもらいたい服があるんだ。期限は明後日まで。それまでにボクとシェリアとセレナの三人分のパーティードレスを用意してもらいたい。デザインは君に任せるよ。」


 いつものように瞳を閉じてこくりと頷く後鬼。


「シェリア。君のドレスはこちらで用意しておくから、心配しないでいいよ。」


「えっ?!いいの、メイちゃん!ゴキちゃんもありがとー!」


 シェリアは直立不動の後鬼の首にぶら下がるように腕を絡める。後鬼は表情こそ変えることはないが、シェリアへ視線を向けてその体を抱き止める。......シェリアと出逢ってから、後鬼にもなにがしかの変化が起きたのかもしれない。


 これは、非常に好ましい傾向だ。お姉さんの前鬼もアンジェリカに預けてから数日経つ。二人仲良くリートと遊んでくれていればいいんだけど......


 そんな親心のような心待ちで修練場に視線をむける。あちこちで巻き上がる土煙。昼過ぎ辺りに差し入れでも持っていってあげようかと思案しながら、結い上げられた頭にヘッドドレスを乗せて、上り始めた太陽を視界に収めた。

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