心は奈良に(平和の詩[うた])

@TGW_yk

第1話 奈良へ

 博多は今年の夏一番の暑さで、気温が35度に上り人々は涼しさを求めていた。

 二人も太陽から逃れ、涼しさを求めて博多の地下街で久し振りに会った。

 喫茶店の入口近くのテーブルで、飲み物を前に話し込んでいる二人に、クーラーの心地好い風が、そっと二人の話を聞いては通り過ぎて行く。

「和世、大変だったわね。もう落ち着いた」

「ごめんね由美、心配かけて。忙しい中お葬式にも来てくれて有難う。でも、まだ父が居なくなったなんて信じられないの」

と和世は小さな声で由美に言った。

「おじさまは、和世を本当に可愛いがっておられたからね」

と由美は、和世の父の子煩悩ぶりを思い出しながら言った。

 和世も、父の事を思い出し静かにうなずいた。

 和世の父が亡くなってから、ちょうど1年になる。由美は、言葉を選びながら和世を慰めていた。1999年8月8日の夏で、二人は23才になった。

 博多駅前二丁目に、生まれた二人。幼馴染みで何をするのも何時も一緒で、大の仲良しだ。

「和世、少し落ち着いたら旅行でもしない。今は、暑いから秋に何処かに行きましょう。そうしましょう。決定」

と由美は、一人で話しをすすめた。

 頬に微笑を浮かべた和世を見て

「和世、笑ったのね。よかった、本当によかった。和世に笑顔が戻って」

と、目をうるませて心から喜んだ。

「由美、ありがとう。行くわ、一緒に行ってね」

と笑顔で答えた。

「ねえ~、何処にする。そうだ、和世の好きな所にしよう」

と、出来るだけ明るく和世に話しかけた。

「私、奈良に行ってみたい。中学3年の時の修学旅行は、南九州だったし……」

それに父から、奈良はとても良い所だと聞いていた和世は、奈良を希望し、ふと父の事を思い浮かべていた。

 父は、私を奈良に連れて行ってくれた事がなかった。私が中学校に入学した時、広島に連れて行ってくれたのが最初で最後であった。その時に訪ねた原爆資料館で戦争の知らない私は、身の凍る恐怖を感じた事を今もはっきりと覚えている。

 父は何故、私を広島の原爆資料館に連れて行ってくれたのか分からなかった。そして、好きだと言っていた奈良にはどうして連れて行ってくれなかったのかそれも分からなかった。だから和世は、父が好きだと言っていた奈良にどうしても行きたいと強く思っていた。

「和世、奈良に行きましょう。おじさまの好きだった奈良に私も行きたい」

と由美も、和世に賛成し奈良行きに決まった。

 二人の気持ちは、すでに秋の奈良に飛んで行ってる感じだった。しかし外はまだまだ暑い、あつい夏本番の博多であった。

 新幹線が走る、時代の先端をいく乗り物(700系のぞみ)だった。博多を出て、2時間45分で京都に着いた。

 やっぱり大都会らしく、多くの人が忙しそうに動き流れている。

 さわやかなクリーム色の近鉄特急に乗りかえて奈良に向かった。

 近鉄京都駅を出ると、窓から軍艦のようなJR京都駅が見えた。

 京都の町には似合っていない、これも時代かなぁと思って見ていると、電車は左に大きく曲り京都の家並の上を走って行く。

 近代的な建物の中に聳え建つ五重塔が見えて来た。

 京都東寺の五重塔で、わが国では一番高い塔である。

 サスペンスドラマや映画、そしてポスターでよく見る景色であり、親しみをもって二人は見つめていたがあっという間に隠れてしまった。

 30分で最初の停車駅西大寺に着いた。

「西大寺、まだ京都なの?」

と由美が尋ねた。

「奈良のようだわ、案外早く着くのね」

と和世は、窓からホームを見た。

 西大寺は平城京の右京の北部で、鎌倉再建の堂塔はほとんど姿を消しているが、この寺を代表する行事の大茶盛は有名である。

 寺と民衆をつないで来た施茶を、お化け茶碗(高さ21センチ・口径36センチ・周囲1メートル余)で回し飲みすることで、現代未来の一切の罪障を消滅して安楽を得るとされている。

 電車は西大寺駅を出て終点の奈良駅へと走りだした。

 (平城宮跡)と書いたカンバンが見えたかと思うと、大きな門が目に飛び込んで来た。

「すごい」

と二人は窓に顔を引っ付けて見入った。朱色の柱と白い壁、屋根の両端には鴟尾(しび)が金色に輝いている。電車がだんだん近づいて行く。

 なんて豪華な門なんだろうと、思うが早いか隣の女性に尋ねた。

「すみません、あの門は何ですか?」

「あれは朱雀門ですよ」

と優しく教えてくれた。

「あれが朱雀門、ありがとうございます」

とお札を言った。由美と和世は、あらためて

「朱雀門なんだ」

と遠くなって行く朱雀門を眼で追っていた。

 草原のように広い平城宮跡、長く土塀が建ち大きく朱雀門が構えていて昔の姿を見せつけている。その勇壮な朱雀門の姿を、すぐ側を走る電車の中から見られるなんてとても幸せに感じるが、通勤通学で毎日見ている人には、きっと普通の事なんだろう。

 わたし達のように初めてこの光景を見た人は、どうして由緒ある平城宮跡の内を電車が走っているのだろうかと不思議に思うだろう。そして、昔テレビで見た銀河鉄道999が頭の中を過った。

 現在の地球から未来の宇宙に向かって大きな夢を抱いた人々を乗せた列車が、レールのない銀河を走って行く物語であり、大人から子供達まで大変な人気だった。

 それとは逆で、1300年前に栄えた奈良の都、平城宮跡を走る電車の姿は、現在から未来ではなく現在からタイムスリップして、1300年前の過去を走っているように思えたのである。その時、二人を乗せた電車はいきなり薄暗い地下道に入った。

 一瞬

「あれ~」

と思った瞬間、電車は明るくて近代的なホームに滑りこんだ。そこが和世と由美が夏から待ち望んでいた、目的地の終点奈良駅だった。

 西大寺駅からわずか5分で奈良駅には着くが、その5分の間には1300年前の平城宮跡があり、奈良は歴史という時を紐とく街である。

「父は、奈良が好きだったから、きっとわたし達を天国から案内してくれるでしょう」

と由美に言った和世は、ふと父がなぜ奈良が好きだったんだろうかと思った時、奈良の町を一刻も早く見たいと胸をトキメかせていた。

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