「アサヤ塾」の窓から
麻屋与志夫
第1話 教室の引き戸が。
1 教室の引き戸が。
「アサヤ塾」の教室。授業が終わって生徒が帰っていったばかりだ。
ふいに引き戸がひらいた。そっと、音を立てないように……。気配りしたやさしいあけ方だった。いやちがう。戸はひらかれなかった。戸を透過して教室に入って来たのだ。入ってきた若者には見覚えはある。名前がおもいだせない。
「やだなぁ。黒田ですよ」
小山高専に進学し、卒業した年に――。脳脊髄膜炎で死んでいるはずだ。
また引き戸がひらいた。ガラッと引きあけた。現れかたが荒々しかった。だが戸は、やはりひっそりとしている。戸口のシルエット。がっちりとした体育系の体型。
「佐々元です」
暴走族サンタマリアのキャップ。止まっていたトラックに激突して自爆。
「まあ、すわったら」
ふたりとも、塾生だったときにいつも座っていた席につく。ジッと恨めしそうにわたしを見上げている。
「センセイ。もういちど勉強させてください」
と黒田君がおずおずと言う。
「ほかの選択肢に進みたいのです」
と佐々元君。
「人生はな、選択することの連続なのだよ。そして一過性なのだ。あともどりはできない」
二人は、恨めしそうにわたしを見つめている。ふたりともあそこに着席して受験勉強をしていたころから。死神にとりつかれていた。というか、体から淡いピンク色の霧がたちのぼっていた。
いまは、わたしもすっかりGGとなった。ああしたオーメンを生徒たちの不吉な背光として見ることはない。感覚が鈍くなっているのだ。予知能力はどこかに消えてしまっていた。霊体だけは見ることが出来る。二人の背後では夜が深まった。見れば引き戸のむこうは闇。わたしの姿が映っている。影が薄い。
ピンクの霧が後光のようにわたしの影の周りにただよっていた。ピンクのクラゲが闇の中を群れをなして遊泳している。あのクラゲがわたしにはりついたら、お迎えがくる。
わたしをとりこむようなピンクの濃霧が渦をまいている。
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