O2
でぃすさん
第1話 幼馴染と
夢見がちな少年だと、よく言われる。
その度によく言うのだ、夢見がちで何が悪いのかと。
子供っぽいと、よく言われる。
その度によく言うのだ、子供っぽくで何が悪いのかと。
特に話すこともないから、昔にあった出来事を雑談の種として、休み時間に本来学生が立ち入るべきではない別棟の教室にいた彼に対して話を振ったわけだけれど、その返答としては、君ほど大人に近い人間もいない、とそういう反応だった。
途端、すべてを見透かされたような気がして、その教室から出ていく。使われない教室から出て行く時に強めに引き戸を閉めたせいか、少しばかりの埃がそこに漂う。
目ざといやつだ、とその教室を後にした。
「っていう話なんだけど」
「だからなんなのよ」
「……いや、まあ、話すこともないからさ」
「なんか、ループしてるけど」
結局、何が言いたいの、と彼女はその綺麗な長髪をひけらかすように撫で下ろす。彼女のそのさまは少しばかり芸術品のように動作が完成されていて、少し言葉を飲み込んでしまう。
まあ、飲み込む言葉なんてそもそもないのだけれど。
アスファルトに蔓延る熱気を夏という季節は肌に身にしみて感じさせてくる。夏という暑い季節が苦手である僕にとって、この道は地獄のようなものでしかなくて、たたでさえ歩く気がないというのに、さらに力を消耗していく。
「なんでこんな日に登校しなきゃいけないかなぁ」
となりで一緒に歩いていた幼馴染は、僕よりもより一層やる気がなさそうに、気だるさを孕んでそういった。
まあ、同感ではあるのだけれど。
「単純に夏休みの登校日だからだろうに」
当たり前のようにそう答える。そう、当たり前なのだ。
「……わかってはいるんだけどねぇ」
これまた大きくため息をつく。ため息をつきたいのはこちらのほうだ。
ただでさえ暑いというのに、ジャンケンに負けた罰ゲームとして荷物を持たされている僕の身にもなってほしい。
歩けば歩くほどに荷物がかさんで重く感じる。重く感じるたびに何度も荷物を持ち直したりしていたけれど、次第にそのことに体力を使うことにも面倒くさくなって、結局持ち直すこともやめた。
「夏といえば!」
「……お題かなんか?」
「夏といえば!!」
ただ歩くということだけにも退屈してきたのだろう。強調するかのように夏という言葉を口に出す。やめてほしい。
「えーと、暑い」
「それはわかってる、次」
「エアコン……」
「あんたがいつも使ってるだけじゃん」
「使わないお前がおかしいだけだよ」
「私は環境をいたわる乙女なのだ」
「冗談がうまいことで」
あからさまにムッとした表情をするけれどスルーしておく。
「エアコンは置いといて、次!」
「お前はなんかないのかよ」
そういうと彼女は、何か考え込むような様子をとって、苦笑しながら「私が言うと答えになっちゃうから、ほら」とそう言った。
逃げたな、と直感的に思った。
実際、夏という季節をお題にした時に、さまざまなものが思い浮かぶだろう。祭りだとか、花火だとか、海とか、そして……水着とか。
おそらくそういう答えを幼馴染は求めているんだろうとは思うんだけれど、そのような模範解答を僕の口から出ることはない。というか口に出したくない。
こいつには、彼氏がいるんだから。
学校に着いて、別クラスである幼馴染とは下駄箱のある昇降口で別れた。特にあのあとに何かあったわけでもなくて、夏という話題にもあまり触れることもなくて、幼馴染が気づいているのかわからないけれど、もやついた雰囲気を僕は感じ取っていた。
きっと、僕が原因なんだろうけど。
昔は、というよりも6月に入るまではよく幼馴染が僕に対して告白を仕掛けてくることが多かった。それが気を引くためだったのか、それとも本当に付き合いたかったのかは定かではない。よく、使われていた言葉としては、「○○君のことが好きになった」。そういう文言を用いて僕の気持ちを拐かしていたものだけれど、7月の上旬にどうやら、隣のクラスの、イケメンということで定評のある沢口くんのことが本当に好きになったらしく、それをある意味告白された僕は、どうしようもなくて、仕方なくとも言うべきか、本心を隠したというべきか、とりあえず幼なじみである彼女のことを祝福した。
その時に、やっと幼馴染に対する感情についてを理解した訳だけれど、時既に遅し。沢口くんと幼馴染は彼氏と彼女という関係性を形作っていて、僕が間に入るということは一切ないままに、僕の初恋は、おそらく幕を閉じた。
おそらく、というのは、単純に幼馴染が気を引くためだけに沢口くんと結託をして恋人のフリをしているという可能性だけれど、その可能性も多分ゼロに近い。
その告白の時の幼馴染の目は、その時こそ乙女だったから。
靴を履き変えて教室に赴く。その際に知り合いに出くわすことはなかった。寂しい人生である。
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