最悪の事態?

 俺は大便の真っ最中だった。急に腹痛に襲われて近くの公衆トイレに入ったのはいいが、この個室には紙がなかった。ちゃんと確認しなかった俺が悪いが、これでは出るに出られない。

 紙の代わりになるものは何も持っていないし、どうするべきだろうか? 悩んでいると足に何かが触れた。足元を見ると、髪の長い女性がじっと俺を見つめていた。

「ひぃっ!」

 俺は思わず悲鳴をあげた。恐怖と恥ずかしさが俺の心を支配している。下半身丸出しなのだ。いくら相手が幽霊とはいえ、途轍もなく恥ずかしい。紙の恐怖と幽霊の恐怖を同時に味わう日が来るとは思わなかった。

 とりあえず服でおいなりさんを隠した。これで恥ずかしさはなくなる。残るのは恐怖の感情だけだ。

 幽霊は立ち上がり、手を伸ばしてきた。俺は身構えたが、幽霊はなぜか手に紙を持っていた。

「あの、よければ使ってください」

「ホワイ?」

「え? 外人さん? どうしよう……英語が分からない」

 幽霊は困ったような顔をしていた。いったい何が起きているのだろうか? この幽霊は俺を襲うために現れたのではなく、紙を渡すために出てきたというのか? なんて優しい幽霊なんだ。

「えっと……ありがたく使わせてもらうよ」

 俺は戸惑いながらもそう言った。

「あ、日本語だ。外人さんじゃなかったんだ」

 幽霊はホッとしたように息を吐き、紙を渡してくれた。俺は紙を受け取ったが、幽霊は個室から出ていこうとしなかった。じっと俺を見つめている。恥ずかしくて拭けない。

「ジロジロと見るのやめてくれないかな? 恥ずかしくて拭きづらいんだけど」

「そ、そうですよね。すぐに出ますから」

 幽霊は慌てたように個室から出ていく。俺は一息つくと紙で尻を拭いた。何度も拭いていると、視線を感じた。尻を拭く手を止めて上を見た。幽霊が心配げな表情で覗いていた。尻を拭くだけなのだから、心配しなくてもいいのに。

 結局は幽霊に見られながらも拭き終え、水を流した。

「助かったよ。本当にありがとう」

 俺は手を洗いながら、幽霊にお礼を述べた。

「いえいえ、お礼なんていいですよ。あ、ハンカチをどうぞ」

 俺は幽霊からハンカチを受け取り、手を拭いた。

「幽霊は怖いものだと思っていたけど、まさか優しい幽霊がいるとはね」

「まあ、元は人間ですからね」

 俺たちはどちらからともなく吹き出した。


 その後、幽霊は俺に憑りつき、家政婦となった。

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