風になったフリークス

 午後十二時、とある町の一角で十歳前後と思われる少年と少女が何者かから逃げていた。

 左右に薄汚い一軒家が横にずらりと並んでいる。通路は横に広く数十体もの死体が乱雑に放置されていた。子供や老人の死体が多く、理由として衰弱死や老衰があげられる。目玉が抜け落ち、暗くて丸い空間が覗いていた。身体の至るところが腐り、ところどころ骨や肉が見えていた。この町ではこの光景が日常茶飯事となっている。

「いつまで逃げればいいのかな?」

 少年が少女に問いかける。

「安全な場所にたどり着くまでよ。そこまで体力が持ってくれればいいんだけど」

 少女はため息をついた。

 その後、二人は無言で走り続ける。ふらふらになりながら。

「うがあぁぁぁあ!」

 突然、奇妙な叫び声が聞こえた。

『っ!』

 二人はビクッとし、身体が震える。二人は恐る恐る振り返った。

 そこには身体中に無数の縫合がある男か女かも判別しづらい生き物がいた。腐臭が漂っており、生気が感じられないことから、死体の各パーツを無理やり縫合したのだろうと思われる。

「逃げて! 僕があいつを足止めするから」

 そう言って、少年は懐から小さなナイフを取り出した。

「え? あ、危ないよ。やめて、お願いだから」

 少女は泣きそうな顔で少年を止めようとする。

 少年は顔を寄せて、少女の唇に自らの唇を重ね合わせた。

「大丈夫、僕は死ぬつもりはないよ。必ず生きて帰るから」

 少年は少女を押して、生き物に立ち向かっていく。

「死なないで」

 少女は少年に背中を向け、不敵に微笑んでその場から離脱する。


 ☆☆

 

 少年は背後で少女が、この場から離脱する足音を聞いていた。

「はぁ!」

 少年は叫び、小さなナイフを生き物に突き刺す。だが、皮膚が硬く小さなナイフは突き刺さらずに跳ね返されてしまった。少年は絶句した。生き物はその隙を突いて、腕を真横に振って少年を家の壁面へと飛ばす。

「がはっ!」

 少年は壁面に激突して、吐血した。血が通路に飛び散った。

 ――――痛い。このままじゃあいつが僕の大好きなあの子を追いかけて行ってしまう。

 少年は心底焦った。

 その生き物はそこに佇んだまま動かない。

 ――――でも身体が言うことをきかない。あれ? 動いてない? 

 少年は不思議そうに生き物を見つめていた。

「……貴様はあの子を守りたいのだろう?」

 生き物は少年に視線を向けて呟く。

「え? 喋れるの?」

 少年は目を見開いて生き物を見つめる。

「まあな。兄弟たちの中で私だけが心というものを持ってしまった失敗作というわけさ。まぁ、それは置いておくとしてだ。貴様はあの子を守りたいから、ここに残ったんだろう? なのに貴様はそこで壁面に持たれかけたまま動こうともしない。この程度のことで怖気づいたのか? 貴様は」

 生き物は少年を睨みつける。

「えっと、身体が言うことをきかないんだよ。仕方ないじゃないか」

 少年は視線を下に向け、呟いた。

 生き物は少年に近寄り、胸倉を掴んだ。

「仕方ないだと? 言い訳をするな! 貴様のあの子を守りたい意志はその程度のものなのか! 違うだろ! 命を懸けてもいいと思える相手なんだろ! だったら身体が壊れようとも無理にでも動かせよ!」

 生き物は少年に対して怒っていた。

 ――――この生き物は身体は冷たいけど心は熱いな。眩しいぐらいに。

「うん、そうだね。ありがとう。あんたいい人だよ」

 少年は微笑んで言った。

「……ふん。私は人ではない。怪物さ」

 生き物はどこか照れくさそうだった。

「んっと」

 少年は身体を無理に動かして起き上がる。

「さて、これからどうしようか。僕はあんたと戦いたくないし」

 少年は生き物を信頼しているかのような瞳で見つめた。

「あの子と合流しようか。私が本気を出せばすぐに追いつくさ。私の背中に乗りな」

 少年は生き物の背中に乗った。

 生き物は地面を蹴って猛スピードで走り出した。


 ☆☆


 少女は足に擦り傷を作りながらも懸命に走る。

「ぜぇぜぇ」

 少女は息を整えようとして、死体につまづき転んでしまった。

「わっ」

 少女の腕を何者かが掴んだ。少女は振り返る。

「大丈夫?」

 そこにいたのは、さっきの生き物だった。

「…………」

 少女は無言で腕を振り解くと、即座に数歩後退する。懐に手を伸ばし、そこに忍ばせていた短剣を取り出す。

「実験体一号『フレアハート』がここにいるということは、あいつはやられたのか。ち、役立たずめが。わたしが逃げる時間ぐらい稼ぎやがれっての。あ~むしゃくしゃする!」

 少女は先ほどとは打って変わって荒い口調で告げる。

「ん? 待てよ。大丈夫って言ったな。『フレアハート』に誰かを心配する心があるとはな。わたしはそういった感情を徹底的に排除したつもりだったが失敗したみたいだな。まあ、いいさ。次は成功させる」

 少女は研究者の目で言った。

「君が私を作ったのか?」

 生き物は不審な目で少女を見つめる。

「ああ、そうだ。てめえが暴れまくって研究所を破壊したからな。別の研究所を探さねえと。面倒だがな」

 少女は生き物を睨んだ。

 すると生き物の背中から少年が顔を出した。

「怪物に追いかけられてるから、わたしと一緒に逃げてと言ったのはどうして?」

 少年は不思議そうな表情を浮かべ、少女に問い質した。

「何だ、生きていたのか。まあ、それは置いておくとして、お前を次の実験体にするために決まってんだろ」

 少女は面倒くさそうに言った。

「それはそうと『フレアハート』。てめえが暴れた理由は何だ?」

「自由になりたかったから」

「じゃあよ。わたしを追いかけてきたのは何でだ?」

「話し相手が欲しかったから。研究所を壊した後に、君を見かけて追いかけた」

 生き物と少女は見つめあう。

「ふ~ん、そうか。それじゃ、終わらせるか」

 少女は短剣を生き物の足元に向かって投擲する。短剣は真っ直ぐに飛び、地面に突き刺さる。

『ん?』

 少女の行動の意味が分からず、生き物と少年は首を傾げる。

 少女はポケットに手を入れ、何かを取り出した。それはスイッチだった。

「ゲームオーバー」

 少女はスイッチを押した。突如、短剣が神々しく輝き爆破した。

「これ短剣型爆弾なんだ」

 後に残るは、ばらばらになった生き物と少年の姿だった。

「さてと、回収しますかね」

 少女は生き物と少年の死体を回収した。

 ――――喜べ。てめえらを縫合してやる。

 少女は楽しそうな表情を浮かべた。


 ☆☆


 少女はその後も研究を続け、最期は少女自身が作り出した実験体たちによって殺された。

 

 

 その後その町では、時々どこからともなく少年の泣くような声が、風に乗ってやってきたという。

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