黄昏時に異界の扉が開く


さあああ、と静かに雨が降っている。

今日も今日とて、天気は朝から雨。

天気予報のお姉さんが言うには、前線の影響だとか。

あの異界化の雨が降った日から、暫く晴れが続いたと思ったらこれである。

そろそろ、梅雨入りも間近だと言っていたし、また暫く傘の出番だなと思うと少し憂鬱だ。


「ずーっと雨ばっかりだね」


駅から学校まで約10分。小高い丘の上に建てられている雀宮学園。

色とりどりのお菓子の絵が描かれたパステルカラーの傘をさしながら、鈴歌は頬っぺたを膨らませてぼやいている。

その隣を歩く少年、刹那はビニール傘をさして、黙々と学校まで歩いていた。

なんだかんだで同じ家から同じ学校に行くので、二人は一緒に登下校をしている。彼らが並んでいると、鈴歌の話の仕方もあってか、どう見ても同学年には見えない。


「たまには晴れがいいよね」

「そうだな」


少年が何となく返すと、鈴歌は返事が返ってきたと目を丸くさせた。


「刹那くんが返した!……ふおお」

「何が言いたいんだよ」

「……だから雨ばっかり?」

「勝手にオレのせいにするな。行くぞ」

「はーい…」


鈴歌は通学中もお喋りだった。なんやかんやとどうでもいい事を話し始めるのだ。

そういえばね、と先に行く刹那の背中に向かって、彼女は後ろから話しだした。


「茉莉ちゃん、今日は来るかなあ」

「さあな。この前お見舞いに行ったばかりだろ」

「来ないと寂しいじゃん」

「知るかよ」

「つめたい!刹那くん冷たい!だから女の子の友達出来ないんだよ!」


別に女子の友達作るつもりないし、鈴歌みたいなのが増えたら面倒だし。

と半ば呆れながら、刹那は朝から煩いなと思った。


二人で他愛もない話をしながら歩きつづけて暫くすると、学校に着いた。

傘を閉じて軽く振るって雨粒を落としていると、下駄箱に向かった鈴歌があわあわと叫んでいた。


「なんだよ、静かに……」

「あの、あれ、茉莉ちゃんが…」

「え?」


刹那が何があったのか?と思い

少女の視線の先を追うと、そこには久しぶりに制服を着た茉莉が立っていた。

その前方には、千草先輩が立っている。


「おはよう、二人とも」


刹那達は反射的におはようと返す。


「あの、先輩はどうしてここへ?」

「ん?いや、一緒に登下校しようって事になって」

「そ、そう。お隣だし、偶々一緒に…」


刹那と鈴歌は、二人の間の微妙な空気を感じ取って二人で顔を見合わせた。


「あれ、どう見てもさ」「うん仲良しだよね」


刹那がやっぱりそうだよな、と思っていると、鈴歌も何度も頷いていた。


「このまま、付き合ったりするかな」

「だったらスゴいね」


…まあ、端から見てもいい雰囲気だし、ほぼ秒読みだと思うけど、と刹那は思っていた。



******



その日の放課後。

例によって、地域郷土研究部の部室で勉強会をしていた鈴歌とオレ。今日は、鈴歌の友達の三角も一緒だった。

特に何もなく進めていると、彼女は不自然な咳払いを一つ。


「……こほん。二人とも。先輩とはそんなんじゃないから」

「み、三角さん?」


思わず、名字にさんを付けてしまった。

急に何を言い出すのかと思えば、…きっと朝の事だろうか。


「茉莉ちゃん、先輩と仲良しならいいと思うけどな」

「な、仲良し…。そうだけど…」

「…先輩とは付き合ってないって言いたいんだろ?」

「そ、そう。朝の…変な勘違いされたら困るな、なんて」


三角は少し恥ずかしそうにしている。オレは鈴歌と顔を見合わせて、ひそひそと話始めた。


「ミキちゃんが言ってた。あれが恋する乙女なんだって」

「本人に言うなよ、爆発するから」

「御意」


すると、三角に何の話をしてるの?と二人を怪訝そうな顔で見てきたので、刹那は慌てて話を逸らす為に「それより」と彼女に問い掛けた。


「……改めてだけど、本当にうちの部に入るのか?」

「部長さんが兼部でもいいって言っていたし。二人とも活動してるって聞いて」


三角は、ゆっくり頷いていた。

はにかむ様な深窓のお嬢様、といった感じなので、こんな部活の活動はやりたがらなそうだと刹那は思っていたが、意外と芯は強いのだろうか。


「それに、ほら」


彼女は指先から炎を出して見せた。

あの異界化から、機関で調べた結果。

三角は正式に異能力があることを認められた。それは、狐火を出す能力。

但し、ちょっとした拍子で出てしまうのでコントロール出来るように学んでいる最中だが。


「わたしは嬉しいよ!やったー!」

「へへ。それとね、読み聞かせ会するんでしょう。この前の『いばら姫』見たよ、よかったよ!」

「ああ…あれか」


読み聞かせ会は、王子以外がくじ引きで配役を決めたのだが…配役が凄かった。

お姫様が相楽先輩、王子が千草先輩。

悪い魔女が部長で、良い魔女が鈴歌。

ナレーション兼王様がハイネ先輩で、刹那は王妃様兼王子の護衛の兵士、他色々。

この配役のくじ引きを作ったのは、尾方先生だった。いくらジェンダーレスの世の中といっても、男女混合の配役くじ引きするのは少し無理があるのではと…地研の面々で満場一致したので、次回からは別の人にくじ引きを頼む予定だ。


「凄かったよ、思ったよりもお姫様が可愛い声だった」

「悪い魔女は真に迫ってたし、ナレーションは迫力あったし」

「わたしは失敗しちゃったから、もっと練習したかったな…」

「音読から始めないとな」


しゅん、としょげている鈴歌の姿を見て、刹那はこの前の検診で彼女の主治医の内海先生から言われた事を思い返した。



………

………………。



キリッとした顔を崩さない内海先生は、この時も微動だにしないまま淡々と結果を伝えてきた。


「……数値は最悪。このまま活動させるのは危険だよ」


それは、鈴歌の検診の結果の内容だった。

具体的に言うなら、体内の影の濃度が極端に濃くなってる。

内海先生は、淡々と話を続けた。


「それは、あいつは…」

「日常生活を送るだけなら、問題ないよ」


日常の生活ならね、と先生は念を押す。


「けれど、このまま数値が下がらないまままた暴れたり、食事をするなら…」


先生は、けして内容をぼかさないで伝えてくれる。ただ、今回は流石にショックだった。


「あのこは、ただの怪物に成り果てる」


…彼女は、いつか鬼のようになってしまうのかも知れない。


「……オレに何をしろと…」

「君は、護衛を兼ねているのよね。あのこに日常生活を送らせる為の、保護役さん」

「それは、そうだけど」

「なら、すべこべ言わずに自分の仕事を全うしなさいな」


隙のない女医は、ふいっと顔を背けると、話はおしまいと最後にこう言った。


「なるべく危険から遠ざけて、数値が下がるまで大人しくさせてあげな」


影の濃度は、所謂負の感情そのもの。

自分から食べたり取り込まなければ、そのうち下がっていくでしょうと内海先生の見立てだった。

確かに今回は立て続けに色んな事に巻き込まれた。友達の事だからと張り切っていたし、続けて影を食べていた。

数値が跳ね上がったのは、そのツケなのだと思う。

……とにかく、鈴歌には突っ走らないように言い聞かせないと。あとは…



「……高原くん、何か考え事?」


さっきから眉間にしわ寄せて、疲れたんじゃない?と三角が問い掛けてきた。

ハッとして、頭を切り替える。


「別に大したことじゃない」

「大丈夫だよ、茉莉ちゃん。オウマガトキが来たら元気になるから」


……誰のせいだと思ってるんだ、コイツ。

何かムカついたので、思わず強めに返した。


「…頼むからオウマガトキになったら、鈴歌は大人しくしとけよ」

「ハイ。ワカッテマス」


…分かってなさそうな返事なんだが。

そんなオレの圧に、びっくりしたらしい三角は、慌てて鈴歌をフォローし始めた。


「わ、私が見とくよ!任せて、ね!」

「三角は自分の心配をした方が…」


出来れば危ないから、二人ともじっとしていてほしい。

オレ達が話していると、ガラッと音がしてドアが開いた。

そこに立っていたのは、相楽先輩だった。


「あ、航星センパイ。こんにちは」

「新人とじゃれている所悪いが、学園内で影が出るぞ。場所は2ー6、深度は…」


……やっぱり今日も出てくるか。

人の負の感情、影が失くなることはきっとない。異能力者が魔物を倒し続けるしか無いんだと思う。


「了解です」


この先はまだ分からない。

けれども、今はオウマガトキで魔物を倒して、この何気ない日常を守るために。




黄昏時に異界の扉が開く。

オレンジ色と影の二極化した異様な光景に、異形の魔物は姿を現す。

昼と夜、夢と現実、人と影が交わる刻。


その時間の名を、オウマガトキという。

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