[鈴唱2]夢と現の境界線




おぼろげに映る、今ではないどこかの光景。煌々と燃える炎が辺りを照らしている。

煙と砂が辺りを舞う。


ーあの化物はどこだ!ー

ー逃がしてなるものか!ー


松明を持った和服の人々が、口々に叫ぶ。 和服を着た『私』は、彼らを見据えると


「奴はこの手で封印します。二度と悪さが出来ないように」


ーおお!巫女さま!ー

ー流石は我らの祭姫さま!ー


彼らは『私』の言葉に、士気を上げて盛り上がる。

まただ、と私は思った。

これは…昔からよく見る奇妙な夢だ。

……あの男性の夢よりもずっと前から。

夢の中の私…『祭姫』は、ある時とある怪物を封印するために、兵士達と共に燃え盛る集落へやってくる。

話はいつも同じ。集落の奥で隠れていた怪物を追い詰めた祭姫は、見事その怪物を封じることに成功する。

けれど、その怪物は…


ー何故だ!……姫様!我は、あなたの…ー


「……ゆっくり眠りなさい」


ー…また……ー


「ごめんなさい…シロ」


視界がぼやける。

『祭姫』が、涙を堪えながら石の中に封じられていく怪物を見つめている。きっと彼女は、この怪物の事が大切だったのだと思う。

けれど、何か訳があってこんなことになった。それだけはわかった。

姫は自分の体を抱えるようにして、その場に崩れ落ちた。


「私はもうすぐ居なくなるけれど……どうか見守っていて」


いつも、彼女はその怪物の事を案じていた。憎んでいないのなら、どうしてこんな事をしたのだろう?

私は、いつも何故だろうと思ったところで目が覚める。


今回も、その筈だった。


「……ん?」

「やあ、起きたね。三角さん」


ずり落ちそうな眼鏡を掛けた優しそうな担任が、遠くから声をかけてきたのだから。




******



「えーと、こっち…」


受付に茉莉の部屋の場所を聞いた鈴歌は、臆することなく目当ての部屋のドアを開けた。


「茉莉ちゃ……」

「やっときたね、柏木さん」


茉莉の入院する部屋につくと、既に尾方先生がやって来ていた。だが先生の距離は何だか遠い。


「尾方先生、そんな遠くでどうしたの?」

「三角さんが寝ていたからさ。流石に見ていたら悪いと思ってね」

「お、起こしてくれれば…」


茉莉は、何とも言い難い表情で呟いた。

別にお見舞いに来たよって言って起こせば良かったのにな、と鈴歌は不思議に思う。


「ええと、二人とも今日は…」

「お見舞いだよ。やっと許可下りたって聞いたから」

「僕も同じようなものだよ。…担任だからね」


茉莉は、そうなんですねと納得したように呟いた。


「これ、少ないけどお菓子。それから先生達から預かってきた…授業で進んだ所までのプリントだよ」

「……先生、それは具合悪くなるよ」

「それはねえ、僕も仕事だからね」


鈴歌が思わず言ってしまった言葉に、尾方も苦笑しながら返している。

茉莉は、くすくすと笑っていた。


「おかしなところ、あったかい?」

「いえ、ごめんなさい。なんだか可笑しくて」

「そっかな?」


あれ?と首を傾げている鈴歌に、先生は曖昧に笑っていた。


「それより、天気は大丈夫だった?最近雲行きが怪しい日が続いているから」

「うん、へーき。あーあ、なんで晴れないんだろうね」

「そうだね」


柏木さんは、晴れてる方が好きなのかい?

と先生が訊ねる。


「んー。何となく、お日様がそろそろ見たいというか……先生は、どっちが好きですか?」

「先生はね、どっちも好きだけど…今は雨の方がいいな」

「…雨、降りだしてますね」


窓の方を見ると、雨粒がいくつもついていた。既に雨が降りだしていたのだった。


「折り畳み傘、あったっけ」

「ママが忘れてったビニール傘を使う?」


鈴歌と茉莉が外を見ながら雨について話していると、ふと鈴歌がぽつりと呟いた。


「……オウマガトキだ」

「え?」


茉莉がなんの事かと思っていると、彼女は空の色を目にして目眩がした。

空の遠くの方は普通なのに、病院の中の色がオレンジと影の二極化していたのだ。


「…エリカちゃ……!」

「その必要はないよ、柏木さん」

「へ?……。」


振り向いた鈴歌と、先生の視線がかち合う。

一瞬黙り込んだ後、鈴歌がベットの縁に寄りかかるように倒れ込んだ。慌てた茉莉が声をかける。


「…す、鈴歌!?」

「心配ないよ、この子は眠っているだけさ」


言われた通り、鈴歌は規則正しい寝息を立てて寝ているだけのように見える。

だが、それよりも。

先生は何故、このような事を話しているのか。異様な景色の中で、茉莉は枕の下に置いていた御守りを握りしめた。


「…あなた、本当に先生…?」


にぃ、と笑った先生は、大きめなメガネを取るとぶわり、と煙が彼の体を覆った。

突然の事に視界を奪われた茉莉は、顔の前に腕を構えて目を閉じる。

すると、少女の身体がふわりと宙に浮いた感覚がした。


「ひぇっ!」

『待ちわびた』


ぞっとするような、冷たい声音が上から降ってきた。恐る恐る、腕を解いて顔を上げると、夢に散々出てきたあの綺麗な青年の顔が…あった。

茉莉は血の気が引いた。


「……あ、あなたは…」

『貴女を迎えるのに、準備に手間取ってしまいました。……御覧下さい』


外を見て。

その言葉に、こわごわと窓の外を見ると。

もう夕方を過ぎる時間帯だというのに、空は赤や青、オレンジにピンクに緑……雲の隙間から様々な色が見え隠れしていた。

それだけではない。街の中に……人間の横を、黒い塊のような怪物が、歩き回っていた。それも沢山。


「…な、なに、こんなの……」

『なに、夢の中でしか干渉出来ないのなら……現実と異界を重ねてしまえばいいだけのこと』


茉莉には何を言っているのか、さっぱり分からない。とにかく、鈴歌を起こさないと。

誰かを呼ばなくちゃと思った彼女は、大きく息を吸って…

青年の手で口を覆われてしまった。


『静かにして下さい。ひめさま』

「……!……っ!」


病室の窓がひとりでに開く。

青年は病室の少女を片手で抱えたまま、その窓から外へと出て言った。


『………っ!』


眠りこける少女のカバンについていたうさぎのぬいぐるみが、その後を追いかけて少女の足に飛びついていたことも知らずに。





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