ラプラス・ダイバー
相生 碧
たそがれの放課後
これは夢だと、知覚する。
私はまただ、とぼんやり思う。
最近……一週間程前から、同じ夢を見続けている。
ー……り……ー
日本家屋のような木製の天井が見える。それでいてふわふわとした霧の広がる場所で、知らない男性の声で私を呼んでいる。
「だれ?」
夢の中の私は、必ずそう問いかける。
私の夢の中なのに、決まって同じ行動しか出来ない。そのあとに部屋の外から、人の影が入ってくる。
はじめは、顔も姿も暗くて見えなかった。けれど夢が進むうちに姿も顔も分かるようになっていった。
それは、金色の長い髪に金色の瞳をした、綺麗な身なりの美しい男性。
彼の黄金色の双眸が、真っ直ぐに私を捕らえる。
『…ひめさま』
初対面に近しい相手から、熱意を向けられていて、たとえ夢の中だと分かっているのにとても恐ろしいと感じてしまう。
はじめは、部屋の中に入ってくるだけだった。それが、段々と距離が近くなってきている。昨日は手を伸ばせば触れそうな距離にまで。
(いや、来ないで下さい)
夢の中の男性は微笑み、私の手を掴む。ぶるりと肩が震える。
綺麗だと思うのに、とても怖くて青ざめているのに、相手は私の様子を気にしていないのか、ひどく優しい声で囁いた。
『迎えにいきます、あなたを』
(……助けて)
夢なら早く覚めて。
……これが、夢ならば。
魔法や錬金術、神や精霊、幽霊など、人を越えた力ーーー超常現象と呼ばれるものが信じられていた時代。
人々の中には不可思議な力を使う人がいました。彼らの一部は神の使いだと囃し立てられ或いは祀り上げられ、尊敬と畏怖を人々に振り撒きました。彼らは人々を脅かすとされる『魔物』と戦う力をもっていましたが、その力を恐れた他の人々からは爪弾きにされることが少なくありませんでした。
ある時、神の使いと呼ばれた女性が、同じような力を持つ人々を集めて、互いに協力し助けるための互助会を作りました。
それは、何年、何十年、何百年と時代が変わろうと綿々と続き、いつしか国が彼らの力を認めるほどには。平安時代に有名となった陰陽師もその一部であると一説には言われている。
…現代において、彼らの存在は表舞台から姿を消したが、今でも存在するのではないか言われている。超常現象の一端が科学的に証明されている現代においても。
そんな東の片隅にある島国、日本の関東の近郊のとある片田舎の田園都市に、とある学園がある。
私立、
それに加え、学力レベルが高く、様々な学科に分かれている総合学科な点も魅力の一つ
私立大学の附属校である事も手伝ってか、生徒の数はかなり多い。
学園は広大な敷地に建てられており、建物内は所々に欧米の様式が取り入れられている。
モダン様式、とか言うらしいが、詳しいことはわからない。
そんな学園の、とある時、とある教室。
「ここはXを代入して……」
部活棟の一室、『
「え?んーと…」
「代入!……お前ちゃんと授業聞いてんのかよ」
少年は、少女の小さな頭を、数学の教科書で軽く叩く。
彼は
「いったい!頭叩かないでよ、今教わった事忘れちゃうじゃん」
「はっ、知るか」
「あ、今までの事わかんないや。頭叩いた代わりに教えて刹那くん」
「……知るかってんだよ」
すると彼女は、持っていたルーズリーフと下敷きで刹那と呼んでいた彼を叩き始めた。
「ひどい!暴力反対するよ!」
「うるせ……いてぇよ!
ばしばしと下敷きを振っている少女のほうは、まるで勝ち誇ったかのような表情だ。
「ふふーん正当防衛だよっ」
「意味違うし!」
このとおり、少しばかり…いやけっこう天然なためか、刹那はいつもつっこまなければならない。ボケ倒されると大変なのである。
少女は
そのくせ、ロリ言うと本人はものすごく怒る……すごく理不尽だと、刹那は思っている。
……もっと問題は、その中身なのだが。
「はあー、刹那は女の子の扱い方お馬鹿さんだしねぇ」
「喧嘩うってんだろ?」
「もー、
刹那は勉強道具のシャーペンをノックして芯をしまいながら、呆れたような視線を鈴歌に寄越した。
千草先輩と言えば剣道部のエースで人当たりがよく、仲間内でも悪い噂がないし、人柄に関して文句なしという、学園内で王子だとか呼ばれてる三年生だ。
「あのね、この前は倒れた女子を見つけて、保健室まで運んであげたんだって。そのほかにもね……」
鈴歌は、千草先輩の今までの武勇伝……台風バリの雨風の中、花壇の鉢植えを中に入れようと外に出て、雨にうたれてびしょびしょになってしまった事や、友達の喧嘩を仲裁するつもりで、二人の拳を喰らった話、等を刹那に話し出した。
それらは刹那もクラスメートから聞いた事のある噂だった。千草先輩の噂は、学園内では結構有名なのだ。
勢いの止まらない彼女の話に対して、適当に頷きながら、どこのアニメみたいな状況だよ、と刹那はひっそりと思っていた。
とはいえ、千草先輩の武勇伝は作り話のようで、全て本当の事なのだから、驚きである。
刹那も何回か見かけたことがあるが、なんというか空気が違って見えた。
あんな人間ならば、
「穢れも引きそうだもんなあ、あの先輩…」
「だよね!輝いてるもんねー」
うんうん、と頷いている鈴歌。
こいつに判るのか、あの先輩の性質みたいなものが。
「…なに?」
「何でもないって」
「あんたら、早いね。もう集まってたの?」
ガラリとドアを開けて、こちらは気の強そうな女子が入ってくる。
先生にばれないような、ナチュラルメイクをし、かっこよく見えるよう校則ギリギリに制服をアレンジして着こなしていた。アクセントにベルトを巻いてる。
口に棒付きキャンディーをくわえながら、彼女は口の端を上げた。
「はよっす、部長」
「
彼女、こと
「部室で勉強?うわっしかも数学、あたし駄目だわ。テスト以外で見たくもないし」
と呟きながら、部屋の窓側の片隅に置かれた、上等な椅子に腰を下ろした。そこは部長たる彼女の特等席だ。
「意外、部長いつもテストはいいじゃないですか」
「やるからにはやるわよ。でもさ、好きで勉強してないし」
「俺だって好きでやってないですよ」
鈴歌に教えていたと言うと部長は成る程ねぇ、と呟いた。キャンディーを動かしながら彼女はそれから少し黙っていたが、表情はどこか面白そうにしていた。
「二人とも。アメいる?」
「欲しい!」
夏実は鈴歌にコンビニで買った飴のパッケージの袋を開けて、いくつか取り出した。
「何味がいい?」
「迷うよー、……じゃあ、桃にする」
「高原もいる?」
「じゃあ、もらいます」
刹那は種類の中から、グレープフルーツを選んだ。好みの分かれる味だよね、と夏実は呟いた。
もらったそばから鈴歌は飴のパッケージを開けて、飴を口に入れた。
「そうだ、さっきの話の続きなんだけどね」
「千草先輩の?」
まだ続くらしい。
刹那はめんどくさそうな表情を浮かべたが、夏実は鈴歌のそれを知らないので、何も言わなかった。
「
「……え、
二人の同級生で鈴歌のクラスメート、
鈴歌はよく話す友達で、仲良くしている。
「たまたまお弁当忘れちゃってね、お昼食べに食堂行ったんだけど、先輩達が多くて食堂に入れなかったんだって」
その気持ちは、大人しい性格の彼女なら尚更だったらしい。ちなみに鈴歌は臆することなく食堂でラーメンを頼んだりしているが。
「ついてかなかったのか?」
それは、茉莉が鈴歌に来てもらうのも悪いからと断られたらしい。益々奥ゆかしいなあと思う、と同時に目の前の奴に見習ってほしい。
「そうしたら、千草先輩が通りかかって、お昼のパンを分けてくれたの!」
あの千草先輩なら有り得る。夏実も何も言わずに聞いていた。
「そ、良かったな」
「それでね!今度茉莉ちゃん、お礼しなくちゃって」
「千草に?ほー、そりゃ大変だわ」
暇だったのか、夏実が話に入ってきた。刹那は思わず彼女の方を向いて尋ねた。
「大変?どういうことですか」
「あいつ、ファンクラブがあるんだけどさあ、最近過激なファンの子がいるみたい」
「ほう、……かげき?」
ほんとにわかってんの、こいつ?
ポカンとしてる鈴歌の顔が正直まぬけで、刹那は思わず息をついた。
「そ。ファンクラブ以外の子が近付くの、ちょっと難しいかもねぇ」
「意地悪されちゃうの?」
「怖いお姉さん達だと、そうかもね」
「あ、それ知ってる。『おーっほっほ!あなたのような庶民が、あの方に近づかないで下さる?!』っていう悪役令嬢でしょ?」
「……高原、あんたの家は鈴歌にどういう教育してんの」
「オレに言わないでください。あいつ、最近その手の漫画にハマってるんですよ」
所謂、乙女ゲームと呼ばれるゲームのシナリオを漫画にしたものを友達から借りて読んでいるみたいだ。詳しくは鈴歌が隠すので、刹那にもよくわからない。
「あ、そっか。茉莉ちゃんにも言わなくちゃ」
「…おい」
彼女は、そういったことにとても鈍いのだ。本当に自分がそんなことになったらどうするつもりなんだか、と、刹那は兄の様な気持ちで考えてしまった。
「つーわけであんたら、今日の活動はどうしようか」
「会長からは何もないんですか?」
「残念ながら、依頼も警戒もなかったってさ」
「わーい、今日はサボりたい!」
「堂々とサボり言わない。相楽が帰ってきてから考えますか」
「あーあ。今日もハズレか…」
「ほえー」
つまんなそうに腕を組んだ夏実と刹那は思った。鈴歌はわかってなさそうだなと。
実際動くのは刹那と夏実の二人で、鈴歌は何もしないのだが。
彼らの部活は、地域郷土研究部という。
一応顧問もついているし、部室もある。
ではあるのだが……
「失礼。部長に高原、いるか?」
「遅いぞ
「相楽先輩」
ガラガラとドアを開けてやってきた生徒、
「校舎の二階、2-3の教室に出現している」
「はいはい、部活の時間だな」
「話が早いな、高原」
「そりゃあ先輩。今日は戦いたくてうずうずしてたんだよ」
攻撃的ににんやりと口角をあげると、相楽はフッと笑った
「教室の前でハイネ先輩が押さえてる。早く行ってあげてくれ」
「OK、任されました!」
いくぞ鈴歌!と部室を出ていこうとする刹那に、鈴歌は無論、夏実も椅子から立ち上がる。相楽も付いていくつもりでいた。
「さてと、あたし達の時間といこうじゃない」
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