たんぺん!!

カゲショウ

第1話 よくある恋物語、その序章

「好きな人ができました」

 空高く、窓から吹いてくる風が少し肌寒く感じ始めるようになった秋の昼。合計四時間の各教師たちによる拘束から解き放たれたクラスメイト達は、呪詛のように文句を吐きながら昼ご飯の準備を始めていた。

 そんな中いち早く準備を済ませた僕は、母が作ってくれた手製の日の丸弁当を机に、同様にいち早く準備を済ませて僕の対面に座って購買のパンを頬張る親友に唐突に告白してみた。

 親友はもさもさと無感動に咀嚼するのをやめて、明後日の方向に向けていた視線を僕に向ける。親友はイケメンでどうも感情の起伏が小さくてイケメンで無表情クールで同学年の間では結構有名なんだけど、流石に親友の突然の告白に驚きを隠せないのかな?

 そう思って優越感を感じている僕に、親友は眉毛の一本も動かさない変わらぬ表情でパンのなくなった口を開いた。

「そうか」

 それだけ言って、視線をまた明後日の方向に向けてもっさもっさとパンを食べ始めた。何か寝起きのおっさんみたいな食い方だなぁと、激しくどうでもいいことを思たのは、親友がソフトフランスパンを半分ほど食べ終わった時だった。

 そして、それ以上のコメントをする気がないことに気づいたのもほぼ同時だった。

「って、え? それだけ?」

「そうだが、何か問題でも?」

「問題大ありだよ!! なんでそんなドライなのさ!!」

「興味がないから」

「クールすぎだよ! でもそんなところもカッコいい!!」

 なんて親友だ。コイツがびっくりすると思って昼ご飯時に唐突に暴露したのに……驚くどころか凄くドライな反応されるなんて予想外だよ! もっとこう、「マジで?」とか「びっくりぽんや」とか「それって……俺の事?」とか反応が欲しかったのに! このドライ星からやってきたドライアイスマンめ!

 そんな不満を白米と一緒に噛み締めつつ親友を睨んでいると、箸休めの牛乳を飲むのをやめた親友が、呆れたような眼で僕を見た。

「……あのさ、元々他人の恋愛に関してそこまで興味ないのに、突然そんなこと言われてもドライな反応しかできないのはわかっていただろ?」

「他人じゃなくて僕達親友じゃないか!」

「気のせいだろう」

「そんな……っ! 僕が信じていたことは嘘だったというの!?」

「何でいちいちそんな大げさなんだよ……」

「知らないよ!!」

「知らないのかよ」

 自分の事さえ笑からなくなる時ってあるよね。そう、例えば恋をしてしまった時のように……ね。

 キメ顔でそんな事を想っていると親友に少し引かれた。具体的には椅子ごと十センチくらい後退された。心の溝を感じるよ、親友。

 えぐえぐと現役高校二年生が涙を流しながら日の丸弁当を食べる。あぁ、しょっぱい。ご飯がしょっぱ……酸っぱい! 梅超酸っぱい! これが青春!!

「…………で、何だ?」

「? ??」

「お前は数十秒前の自分の発言すら忘れるのか、鳥人間」

「コンテストに出たことはないよ?」

「そういう意味じゃ……いや、まぁいいか」

 何かを言いかけたけど、すぐにやめて、最後の一口のソフトフランスパンを口に入れた。頬が少しだけ膨らんでるその姿は木の実を頬張る小動物みたいで可愛かった。寝起きのおっさんみたいな親友はいなかったんだね!

「で、だ。さっさと要件言ってくれるか? 俺はこの後寝るって用事が入ってるんだが?」

「えっと、なんの事でしたっけ?」

「お前に好きな人ができたとかなんとか。そんな感じの話」

「ああ、そうだったそうだった」

 すっかり忘れてたよ。何でそんな大事な話を忘れたりしたんだろ? あれ、そもそもなんでこんな話をしようとしたんだっけ?

 話の経緯を思い出せないけど、まぁいっか。そんな事より話の続きだ。

「そうそう、僕好きな人が出来たんだ」

「おめでとう。で、だから?」

「相談に乗ってくださいイケメンの親友」

 机の上に三つ指ついて頭を下げる。前髪が日の丸に触れたような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。

「……なんか若干皮肉に聞こえなくもないが」

「まさか! 僕が君に皮肉なんて言うわけないだろう!?」

「それは分かってるつもりなんだが……まぁいい。話す前に前髪についてる米粒とれよ」

「あ、はい」

 気のせいじゃなかったとは……ちょっと恥ずかしいな。

 取り合えず前髪についた米粒をとってパクっと食べる。親友がさらにうわぁとさらに三センチほど後退した。泣けるね。

 でも流石にここで泣いて日の丸弁当を食べてたらさっきのループになるかもしれないので、何とか涙をこらえて僕は話す。

「僕好きな人がいるんだけど、その子にどうアプローチしていいのかわからないんだ。何かいい方法ない?」

「まずそいつが何者なのか説明するところから始めてくれないか? じゃないとアドバイスも何もできないだろ」

「あ、それもそうだね」

 大事なところを省いたまま話そうとしてしまった。僕反省。

 一つ咳払いをした後、いたって真剣な顔をして僕は親友と向き合う。

「えっと、その子は毎朝学校に向かうバスの中で見かける子なんだけどね、すっごく可愛いんだ」

「ウチの学校の奴じゃないのか」

「多分。あの制服はどこだったっけな……。えっと、ここ近辺の私立の海と時を翔ける高校みたいな所。制服姿もすっごく可愛いんだ」

「このあたりの海と時をかける高校? ………………………もしかして、北海青翔高校の事か?」

「あぁ、そうそう。其処だよ。あの子はそこの中間服姿もすっごく可愛いんだ」

「『海』しか合ってないじゃねーか。というか、さっきからうざいから可愛いっていうのやめろや」

「解せぬ」

 本当は彼女の可愛さは言葉にすると長いから、簡潔に万人にもわかる表現にしたというのに……。あ、もしかして語尾に可愛いってつけるのが気に食わないとかかな?

「バスで談笑してる姿も可愛い。で、その子はね──」

「じゃあな。昼休み終わるまで外で寝てくるわ」

「え、ちょ、待って!?」

 席を立って僕に背を向けて歩き出す親友。僕はその裾を掴み必死に引き留めた。親友のデレのないツンデレはちょっと分かりにくいから困るね、まったく。

 机に額を擦り付けて必死に懇願して親友を席に座らせ、話を再開する。

「で、その子が好き過ぎてたまらなくて毎日心が輝いて仕方ないからどうしたら結婚できるか教えてください!」

「お前、恋愛が下手なのか思考回路がぶっ飛んでるのかはっきりしてくれないか?」

「強いて言うなら奥手……かな」

「…………あ、そ」

 はぁああああとこれ見よがしに大きなため息をついて額を押さえる親友。お疲れかな? まだ午後の授業があるのに大変だなぁ。

 そんな同情の念を抱きつつ白米を食べていると、いつもは無表情な親友がジロリと僕を半ば睨むように見て、拳で机を軽く叩いた。

「いいか。ここからは冗談もネタも天然もいらねぇ。さっさと話せ」

「い、イエッサー!」

 あまりの気迫につい背筋を伸ばして姿勢を正してしまった。

 親友はその気迫を引っ込める気配を見せないまま、若干ドスの利いた声で僕に問いかける。

「まずそいつに惚れたのはいつなんだよ」

「えっと、春頃です!」

「春……というと、半年くらい片想いしてるのか」

「え? いや、一年の春ね」

「片想い拗らせすぎだろお前!」

 流石に自分でもそう思います。奥手だからと言い訳してきたけど、流石に拗らせすぎかなと思い、つい最近できました風を装って今日相談した次第です。はい。

 睨んだ怖カッコいい顔から、完全に呆れた表情で僕を僕を見る親友を見るのが辛く、窓の外に視線を逃がす。あぁ、秋の空があんなに高く澄み渡っている……。

「……はぁ。まぁそんだけ期間があったなら、学校が違うにせよ何かしら情報は持ってるだろ。そいつの名前は?」

「知らないよ?」

「…………お前との間柄は?」

「バスで見かける赤の他人」

「………………会話を交わした回数は?」

「ゼロだよ!」

「……………………そいつの容姿は?」

「明るい茶髪のショートで、左耳の上あたりから結ってる短い三つ編みがキュートなんだ。ぴょんって伸びてるアホ毛も悶えるほど可愛い。そして幼さを残した顔に浮かべる屈託のない笑みが凄く素敵なんだ。くりっとした丸くて大きいガラス玉みたいな純粋な瞳とかもうあの子の性格を表してると言えるよね。身長は160位で服の上からは良く分からないけどスタイルも悪くないはず。いや、どんなスタイルでも可愛いんだけどね? それで聞いてるだけで元気のもらえる声が最近の僕の生きる源にさえなり始めたね。こう、某アイドルアニメの主人公を彷彿とさせるけどカリスマ性とかまったく感じなくて、でも誰よりも全力でやるよ! みたいな性格がこれまた魅力的で――」

「おうもう黙れストーカー」

「ストーカー!?」

 ストーカー。それはある個人に対して付きまとい行為を働く者を指す。最近ストーカー規制法などの法律が整備され始めたが、未だに被害報告は絶えない。ストーカーの中には凶悪行為を働く者もいる。

 要約すれば、とんだはた迷惑野郎である。

「僕が、そんなストーカーと一緒……?」

「拗らせすぎだお前は。もはや一歩手前みたいな所があるぞ……」

「犯罪には走らないよ。あの子が困るような事はしたくないからね」

「……お前が他人に誇れる親友で俺は安心だよ」

 中々嬉しい事を言ってくれるじゃないか、親友! 僕も君が大好きだよ! バスで見かけるあの子の次位に!

 愛情表現のために抱き着こうとしたけど頭蓋が砕けそうなほど強烈なデコピンを位、あえなく断念。若干痛む額を押さえつつ、僕は親友に助言を乞うた。

「それで、こんな奥手な僕が彼女と結婚するためにはどうすればいいの?」

「まず最終目標があれだが、無難に挨拶から始めるしかないんじゃないか?」

「という事は彼女にこれから毎日「おはよう」を言えば良いわけだね!」

「最初はそれだけでいいが、ある程度回数をこなしたら、少しずつ会話を広げるように気をつけろよ」

「成程! 流石親友、頼りになる!」

「そいつはどーも。じゃ、俺は寝るからな」

 照れているのか、少しだけ鉄皮面を赤くさせてそっぽを向き、机に突っ伏してしまった。そんな親友を可愛いと少し思いつつ、ありがとうと小声で呟いた。

 高く澄み渡る空。無限に広がってゴールの見えない空は、これからの僕の人生のようでなんだか少しだけ怖くなる。

 だけど、僕はそれ以上にこれから先の誰も知らない未来に期待せざるを得なかった。

「小さな事から一歩ずつ。頑張るか」

 教室の喧騒の中に、その言葉は呑み込まれていった。





「フられました」

 翌日の昼。昨日に引き続き澄み渡る秋空から涼風が吹き込む教室で、母特製ののり弁(海苔と白米のみ)を食べながら親友にそう告げた。

 親友は購買で買ったチョコチップメロンパンを咀嚼している口を止め、数回瞼を開閉した後に表情を変えずメロンパンを机の上に置いた。

「お前さ、取り敢えず一から説明する癖をつけようぜ」

「オッケー。取りえず回想入るね」

「漫画じゃないんだから一から十まで口で説明しろよっ!」

「いひゃいいひゃい! わひゃった! わひゃったはら!」

 軍艦のサルベージよろしく、右親指と人差し指で僕の左頬を釣り上げてくる。冗談抜きでかなり痛い! 指先で最少面積をつまんでくるからかなり痛い! 青春は甘いだけではない、苦いだけでもないんだね!! 痛いよ!!

 必死に懇願してようやく指を放してもらえたので、ひりひりする頬を押さえながら、今朝の経緯を親友に語る事にする。


 そろそろ朝も肌寒くなり始めた朝、僕はいつもの時間に起きて身支度をし、朝食の磯辺上げと昆布の佃煮を食べて家を出た。

 バス停でバスを待つ間、今日もあの子に会えるだろうかと踊るほどの胸は無いけれど胸が躍った。そしてそれと同時に、今までにない緊張感も襲ってくる。

「と、取り敢えず今日は挨拶だけ……いや、何か一言でも会話をした方が……っ」

 そう、昨日親友に言われた事を実践するからだ。

 今まで奥手で話しかける事すら困難だった僕だけど、やっぱり好きな人だから一生傍にいたい。いきなりは無理だけど、一歩ずつ歩みを進めよう。今日はその記念すべき第一歩なんだ!

 ドキドキと心臓が僕の寿命をどんどん縮めていく中、バスが来たので大きく深呼吸を一つして乗車口から乗り込んだ。

 まだ人がそんなに多くない時間帯、バスの中はがらんとしていて空席が酷く目立っていた。もっとも、ここら辺は若者の人口がそんなに多くないから多くてもそんなに変わらないんだけど……。

 苦笑しつつがらんとした車内を見回し、ある一点で僕は視線を動かすのをやめさせられた。

「ぁ…………」

 その子はバスの最後尾席の窓際に座って窓の外を眺めていた。

 秋の優しい朝日が当たって淡く反射する明るい茶髪、そして左耳上辺りで結った三つ編みがバスの振動で上下左右に尻尾のように揺れている。

 まだ少しだけ幼い顔にはいつものような花丸笑顔ではなく、何処か物憂げな大人びた様子でガラスの瞳で遠くを見ていた。

 いつもとは少し違って、どこかアンニュイ様子の彼女。どうしたのだろうと心配な気持ちはある。

 でもそれ以上に物憂げな彼女の普段とのギャップが愛おしすぎて、僕はその場から中々動けなかった。

 ……………………ミカエルあたりの方ですか?

「はっ! トリップしてる場合じゃない。挨拶をしなきゃ……」

 パンパンと両頬を思いっきり叩いて気合を入れる。大切なのは第一印象なんだ。とちらないように、だけど自然に笑顔に……。

 その事を頭の中で反芻しながら揺れる車内をバランスを取りながら進む。

 ドクンドクンとなっていた心臓が彼女に近づくにつれて強く聞こえる。血流が良くなりすぎて顔が熱い。

 おはようございますって言って前の席に座ればいいんだ。取り敢えず今日はそれだけでいいんだ……っ!

 一歩、また一歩と彼女が座る席が近くなる。

 そして遂に僕は彼女の目の前まで来た。

 僕の気配に気づいたのか、彼女が少しだけ顔を此方に向けたため視線と視線が交錯した。

 今を逃すわけにはいかない!

「あの――」

 僕は逸る胸の鼓動を抑えながら、それを表に出さず、あくまで自然な笑顔で彼女に声を掛けた。

「おはようございます。僕と結婚してくれませんか?」

「………………ぇ?」

 拝啓親友殿。今年……いえ、きっと人生最大のやらかしをしてしまいました。ごめんなさい。敬具。

 ……いや、ホント凄いやらかしだよね。レベル的に言えばテニスの試合でラケットからユニフォームの試合セット忘れて、パジャマで会場来るくらいのレベルだよ。

 わっはー、やーらかしたぜー!! あの子もすっごい目見開いて固まってるし、ほかの乗客もこっちをばっちり見てるし……恥ずかしっ。でもそんな表情も可愛いっ!

「あー、えっと……」

 おっといけない。取り敢えず弁明して『いきなりプロポーズしてきた謎の高校生不審者』から、『何かの手違いでうっかりプロポーズした謎の高校生不審者』にイメージを改めないと!!

「あ、あの、弁明してもいいですか!?」

「ひゃ!? え、あ、はい!」

 困惑と注目されてる事の恥ずかしさからか、彼女はいつの間にか熟れたリンゴのように顔を真っ赤にして口をパクパクとしている。うーん、正直この顔もずっと眺めていたいけど、これからの未来の為に弁明の方が優先かな。

「その、操作ミスというかなんというか……さっきのはちょっとした手違いで……。あ、でも結婚したいというのは違わなくてですね!?」

「ぇ、ぁぅ……」

「可愛い! じゃなくて! えっとですね、まとめると去年の春から僕は貴女と結婚したい程愛してるんですが、取り敢えずまず挨拶から始めようって思ったんですけど今日の貴女が凄く綺麗でそれで、その、えっと……大好きです!!」

「ぁぅぁ~……」

 片膝をついて彼女に手を差し出した状態での告白。僕と彼女だけを切り出せばドラマのワンシーンのような光景なのだろうが、場所は揺れる電鉄バスの中で互いがほぼ初対面だということを含めればただの変な奴だよね。僕は気にしないけど!

 完全に茹で上がったタコみたいに……いや蟹みたいに顔が真っ赤だね。太陽ですか? いいえ天使です。

 しかしこのまま反応がないというのも心配だな。別に返事が欲しいわけじゃないけど、ちゃんと弁明できたのかだけは知っておきたいし……。

 僕は片膝付いたポーズのまま少し遠慮気味に彼女に声を掛けた。

「えっと……大丈夫ですか?」

「――――――っ!!!!」

 真っ赤な顔で急にガタッと席を立ち、ちょうど止まったバスの降車口からお金を投げ捨てるように払って全力疾走で走って行ってしまった。

 完全に取り残された僕と乗客たちは、ただ呆然と走り去っていく彼女の背を眺め続ける事しかできなかった。



「――とまあ、こんな感じの朝でした」

「オーケー、お前もう黙ってろ。二度と喋るな」

「酷いよ親友!!」

「せっかくアドバイスした先から全てを駄目にしてるお前に言われたかねぇよ!!」

「本当にすんませんでしたぁ!!」

「ちょっとキレ気味に謝るなよ!」

 だって僕だって殆ど希望がついえて悲しいんだもん!! 八つ当たり位したくなるでしょ!! なんだかんだ少しは気にかけてくれてた親友大好き!!

 こうして僕はありふれているかは分からないけど、そんな悲しみを感じつつ、親友と言い合いながらのり弁を食べるのだった。

 その日ののり弁は、何故か少ししょっぱかった。





「…………ねぇ、親友」

「…………なんだ?」

「告白して二週間しても何の返事もない時ってフラれたって考えていいのかな?」

「まぁ、脈なしと考えるのが妥当だろうな」

「oh…………」

 あれから二週間。僕は彼女に会う事は出来たし、挨拶もできた。だけど、その数秒後には全力疾走で離脱されてしまうので進展も何もない状況が続いていた。

 メンタル面にかなりの自信がある僕でも流石に泣くよ? 母謹製のお湯で作ったカップラーメンをすすりながら僕はそう思った。

「……ま、元気出せよ。女は月の数だけいるんだからさ」

「それオンリーワンじゃん! 世界に一つだけの花じゃん!!」

「まぁいきなりプロポーズするお前が悪いわな」

「ぐうの音も出ない!! でも励ましてくれてありがとう!!」

 欲を言えばもっとちゃんと励まして欲しかったけどね! でも多くを望まない、それが親友との正しい付き合い方さっ。

 とまあ少し強がって見たけど、やっぱり心にくるものがあるよね。一年半ほど片想いし続けてきたのにフラれたんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど……。

 意図せずはぁ、と大きなため息が出てしまう。それを見た親友が流石に気の毒に思ったのか、珍しく心配げな気色を顔に浮かべて声を掛ける。

「……それにしても珍しいな。お前が一つの事にこんなに悩み続けるなんてさ」

「そう、かな?」

「ああ。いつものお前だったら、どんなに悩んでても三歩歩けばまぁいっかって笑らい飛ばしてたし、珍しいよ」

「ははぁん? さては僕を馬鹿にしてるな?」

 流石にそんな鳥みたいな事はなかったはずだよ。……あれ? なかったよね?

 必死に過去を振り返って反論しようとするも、どうもうまく思い出せない。というか、悩んだという記憶が中々見つからないんだけど……あれ、まさか本当に三歩歩いたらどうでも良くなってたのかな?

 衝撃の事実につい僕の箸が止まってしまった。親友が少し申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「悪い、馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ、件のバスの子が本当に好きなんだなって思ってさ」

「……そうだね」

 正直自分でも少し引くくらい彼女の事が好きなんだなって思う。それは一年半片想いし続けた事もそうだし、つい勢いで告白しちゃった事もそうだ。だけど、それ以上に、フラれた(仮)今でもその気持ちに一ミリの揺らぎがないのだから。

 きっとこんなんだから、親友にストーカー気質って言われたりするんだろうね。

 冗談めかしてそういうと、親友は「違いないな」って言ってくつくつ笑った。

「なぁ」

 親友が少しだけ僕の方に身を乗り出して聞いてくる。

「前聞き忘れたんだが、お前はその子のどんなところに惚れたんだ?」

「え? 全部だけど?」

「いやまぁ今はそうなんだろうけど。好きになったきっかけというか、そういうのだよ」

「きっかけ、かぁ……」

 頭をフル回転させて一年半前の記憶を掘り起こす。一年半前……そういえば入学式に、間違えて中学校の制服で来たことが──あ、違う違う。これは思い出さなくていい記憶だ。

 開けてはいけないパンドラの箱にしっかりと鍵をかけて、彼女を始めてみた日の事を思い出す。

 期待と不安を胸に秘めて待った停留所。止まったバスに乗って空いてる席を探す僕。一番奥の左端の席。そこに座っている彼女を見た瞬間、僕の心臓が大きく跳ねたんだ。

「……物凄くぶっちゃけた話すると、一目惚れかな」

「成程。いかにも脊髄で生きてるお前らしい理由だな」

「へへっ」

「褒めてねぇよ」

 なんと。いや、でも馬鹿にされた気はしないから別にいっか。

 コホンと一つ咳払いをして話を続けた。

「確かに好きになったのは見た目が好きだったってのもあるんだけど、あくまでそれはきっかけだね」

 そう言って僕は言葉を続ける。友達と話している時に屈託のない笑顔を見せる彼女が好きだ。雨の日に人が多くなったら率先して席を譲る優しさを持つ彼女が好きだ。泣いてる人の話をちゃんと聞いて分かち合おうとしてくれる彼女が好きだ。勉強が苦手なのか、テストシーズンになるとバスの中で単語帳と睨めっこして勉強してる一生懸命な彼女が好きだ。

 この一年半で色んな所を見てきた。そして、その数だけ彼女が好きになっていった。だから──

「今は、あの子がダンゴムシだったとしても好きになれる自信があるよ!」

「どうしてこの流れからそんな結論が出てくるんだお前は……」

 あれ? いいことを言ったつもりなのに親友に呆れられてしまったや。ああ、でも確かに表現がちょっと適切じゃなかったかな。

「今は、あの子がゴキブ──」

「お前間違っても絶対それ本人の前で言うなよ」

 かぶせ気味で怒られてしまった。どうやら虫の外見的愛くるしさの違いが原因で呆れてたわけじゃないらしい。

 親友は軽くため息を吐いた後に牛乳を一口飲んで一息ついた。僕もカップ麺の残り汁を一口すすって一息つく。やっぱり塩ラーメンはあっさりしていておいしいな。

「いやしかし、その子も随分厄介なやつに好かれたもんだな。純粋に想われてる分、ストーカーより厄介だな」

「もしかして親友は僕の事が嫌いだったりする?」

「まさか。面倒くさくはあっても、毎日退屈しなくて済むんだ。嫌いになるはずがないだろ」

「う、うん? ありがとう……でいいのかな?」

 純粋に喜べないもどかしさ。これもまた青春ってやつなのかな。

 そんなもどかしさに居心地を悪くしている僕に、親友はにやりと笑いかける。親友はイケメンでクールでかっこいいけど、笑顔だけは下手くそでなんか不気味なんだよね。

「それで、これからお前はどうするんだ?」

「どうするって……」

 あの子との関係修復とかの話かな? なら、もう決まってるさ。

「もう一回、一から話してみるよ。そして、今度はちゃんと好きだって伝えるんだ」

 たとえ脈なしだったとしても、フラれるとしてもやっぱりちゃんとした言葉で気持ちは伝えたいからね。流石にあんなフラれ方は納得いかないし。ただ、これは結局僕の身勝手な我儘だから、あの子にとっては迷惑かもしれないんだけどね……。

 僕の言葉を聞いた親友は、不気味な笑みを浮かべたままうんうんと頷いた。

「流石親友。そういうと思ったよ」

「へへっ」

「よし、じゃあ作戦でも練るとするか」

 恋愛事に興味がないとは言いつつも手助けしてくれる優しい親友。親友が親友でよかったよ。

 窓から見える秋の空はやっぱり高く澄み切っていた。

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