君の世界で歌う

月島

第1話 文化祭メインホールのタイムテーブル

 高川琴音は、変わっていると言われていた。

 どう変わっているかというと、まぁ、外見は特別変わっちゃいない。

 ちゃんと学校指定の制服を、スカート丈を流行りに合わせて若干長さを変えて履いているし、特に指定の無い白ソックスだって、左右違うのを…なんて事はなく、ちゃんとくるぶし丈の白を履いている。制服の中は確認する手段も無いけど、おそらく特別変わっちゃいない。女子たちから変な噂も聞かないし。

 ゆるくカールした髪は、後ろで結んでいる事もあるけど、大抵は下ろしている。細くて、茶色かかった黒髪で、柔らかそう。

 化粧は多分していない。肌は白くてキメが細かくて、陽に当たると赤くなってイヤなんだって、友達と話している声が聞こえて来たことがある。

 せいぜい日焼け止めとリップクリーム位。柔らかそうなぷくっとしたピンクの唇は、しっとりと濡れている感じ。

 そして、黒い縁のメガネの向こうから、じっと見つめてくる。こいつは誰だっけ?と思われている気がする。

 だけど、怯む訳にはいかない。俺は、彼女たちに用があるのだ。


「軽音は同好会でしょ。文化祭のホールは部活メインだから…」

 生徒会役員文化祭実行委員長の東山修生は、ファイルを見ながら顔をしかめる。

「午後の閉会前15分なら取れるけど」

 申し訳なさそうに顔を上げてそう言った。

「15分⁉︎15分て、何?その中途半端。楽器セッティングして音合わせして終わるわ!」

 思わずまくし立てる。男子相手なら大きく出られる。

「部室とか、何処かの教室とか…あ。校庭で路上ライブ的なのは…?」

「良いんか?やって?俺らやるのロックだぞ?ヘビメタだぞ?近隣から苦情くんぞ?」

 ヘビメタ…と聞いて善良な東山くんの顔がちょっと揺らいだ。慌ててもう一度ファイルに目をやり、困ったように高川さんに顔を向けた。

 高川さんが柔らかそうな髪を揺らし、ファイルを覗き込むと、

「演劇部」

 そう呟いた。

「そこだよね…」

 東山が答えたのですかさず喰いつく。

「何?演劇部が何?時間取れんの?」

「いや…前が演劇部なんだけど、時間4時間とっているから…」

「4時間⁉︎何?占領してんの?何様?」

「全国大会出場してるからね」

 本気で幅きかせてるんか。

「直談判してもらうしか無いなぁ」

 そう言うと、話は終わり…という感じで背中を向けて歩き出した。

「演劇部」

 呟いてみる。さっき高川さんが呟いた。って言うか、それしか話していない。

 ちょっと低くて色っぽい声で。声を聞くこと自体がレアだから。


 高川琴音は静かだ。人見知りとか、引っ込み思案とかじゃ無い。

 生徒会の書記をしているくらいだから。文芸部の部長もしている。

 毎朝、学校に着くとまっすぐ図書館に向かう。授業ギリギリまでそこで本を読んでいる…らしい。図書館なんて縁のない俺が確かめた訳じゃ無い。そんな事したらストーカーみたいじゃないか。

 教室でも、かしましい女子グループに混じって雑談する事もなく、自分の席で本を読んでいる。もしくは、バルコニーに面した窓辺で肘をついた手に顎を預け小首を傾げて。

 それが恐ろしく絵になるので、誰もからかったり邪魔したりできない。

 俺の席が窓側だった時なんか、読みもしない教科書の陰からチラ見するのに忙しくて、トイレに行きそびれた。

 高川さんはすこぶる美人というわけではないが、兎に角、大人っぽくて色っぽかった。

 それはさておき、

「演劇部…」

 俺には縁のない部活。

 都大会常連で、全国大会出場回数も少なくはない。我が校の花形部活。決して部員数は多くないが、練習熱心なのは知っている。

 だからって高校の文化祭でホールのステージを4時間は独占し過ぎだ。折角高川さんが情報をくれたんだ。

 俺の脳内で、ファイルから視線を上げた高川さんは、上目遣いで、俺に流し目を送り、「君の歌、聴きたいな」あの声で、そう言っている。全身が熱を帯びてゾクっとする。特に股間からカッと熱を帯びて行く。

 演劇部、行きますとも。勝ち取りますとも!タイムテーブル。

 聴いてください!俺のヘビメタLive!


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