家族

池田蕉陽

しりとり


 ヤクザの俺と5歳の息子、翔太だけが事務所にいることに、かなりの違和感を覚えていた。


 息子とは言っても、俺は父親を名乗るほど育児には関わっていなかった。全て翔太の母親の留美子るみこに任せている。俺からそうしたいと言ったのではなく、これは留美子の願望だった。ヤクザで背中に龍を背負っている男なんかに、翔太を任せたくはなかったらしい。


 そもそも俺達は夫婦ではない。確かに翔太の両親ではあるが、結婚はしていなかった。それは俺達の間に愛はなかったからである。


 留美子と初めて出会ったのも、風俗嬢と客としてだった。俺は本番禁止にも関わらず、裏金を出し、無理言って中出しさせてもらったのだ。そこで産まれたのが翔太だった。


 留美子から妊娠したと聞かされた時、腹をえぐられる感覚に陥ったのを覚えている。俺は留美子が風俗嬢をしているもんだから、去勢手術を受けていると勝手に思い込んでいたのだ。


 俺は中絶を推したが、留美子は「産む」の一点張りだった。愛の無い間柄で宿された赤ん坊を本当に産むのかときいた時、留美子は言った。


「あなたとの間に愛はなくとも、私がこの子のお母さんというのに変わりはないから」


 俺はこの瞬間、本気で留美子を好きになってしまった。同時に俺は父親になることを決意して、「今ので惚れた。俺も親父になる」と真剣に伝えた。


 しかし、まさか振られるとは思ってなかった。流れ的にYESを貰えると思っていた俺は、漫画のようにずっこけそうになったのを今でも記憶に残っている。



 こうして俺の恋心は実らないまま、翔太は誕生したのだ。


 留美子に振られはしたものの、俺は翔太に会ってもいいことを許された。それは留美子が俺に、「翔太のお父さんも、あなたしかいないから」と言ったからだ。胸に響く言葉を頂いたが、実際に俺が翔太と会うことはあまりなかった。会っても顔を合わせる程度のことで、まともに喋ったことはまだ一度しかない。


 理由は俺の立場上の問題である。俺は翔太と会いたかったのだが、ヤクザである以上翔太を危険に晒してしまうと思ったからだ。


 それでなぜ、今こうして翔太と二年ぶりに二人だけでいるのかは勿論理由がある。


 留美子は翔太が産まれたのにも関わらず、金銭的な問題のせいでまだ風俗業界にいて、今は仕事に行っている。普段翔太は幼稚園か母型の祖父母に預けられるのだが、生憎幼稚園は休み、祖父母は旅行に出かけているらしい。やむを得なく、事務所にいる俺に頼んだのだ。



 さてと、どうしたものか。



 俺だけがやけにそわそわとしていた。それに比べ翔太は、机の上でトミカを口でエンジン音を奏でながら走らせていた。



 今まで留美子に任せていたもんだからこういう時俺は、どうすればいいのか全く分からないのだ。


 俺は子供の時、親となにをして遊んでいたか懸命に思い出してみる。



 しりとりしか思い浮かばなかった。



 外でならキャッチボールはできるが、さすがに躊躇ためらわれた。室内でできる子供との遊びと言えば、しりとりくらいなもんだろうと俺は勝手に思い込む。


「な、なあ翔太」


 我ながら息子にかける口調が、情けなさすぎて恥ずかしい。


 翔太はトミカを遊ばせる腕を止め、こちらを見た。


「ん?」と翔太は首を傾げる。


 翔太の服に描かれる仮面ライダーからの視線も暑かった。


「そのーなんだ......し、し、しりとりでもするか?」


 翔太から目線を逸らし、こめかみをかく。


 数秒経っても、翔太から返事がこない。


 おいおいおい......なんで何も言ってくれないんだ?このおっさん息子の気を引こうと必死だなとでも思ってるのか?


 沈黙に胸が締め付けられ羞恥心が限界に達するところで、ようやく翔太が口を開いた。


「うん!いいよ!」


 う、うおおおおおおおお! なんだこの気持ちが舞い上がる感じは! 引いていたのではなかったのか!


 その満面な笑と可愛らしい声。これが愛おしいという感情なのだろうか。無性に抱きしめたくなるが、欲望を沈める。


「よ、よし。じゃあまずはしりとりの『り』か......」


「あ!ちょっと待って!」


 俺がそこまで言いかけたところで、翔太が言葉を遮った。


「ど、どうした?」


「ただのしりとりじゃつまんないじゃん!罰ゲーム加えようよ!」


 翔太が体をぴょんぴょんと弾ませている。


「罰ゲーム? なんだ翔太、お前欲しいおもちゃでもあるのか?」


 そんなもの、いつでも買ってやる。


 それにしても勝負に罰ゲームを付け加えるのは、最近幼稚園で流行っているのか? 俺の幼稚園時代はもっと純粋に勝負を楽しんでいた覚えがある。


「ううん、おもちゃには興味ないよ!」


 ブーンブーン言いながら車のおもちゃを走らせていたのによく言うぜ。


 っと心の中で和む。


「じゃあなんだ?」


 翔太が目を輝かせながら言った言葉は、俺の想像をはるかに超えたものだった。


「負けたら死! ね?」


 多分今俺がお茶を口に含んでいたら、吐き出していただろう。


「死だと?ふっ、お前も面白い冗談を言うようになったか」


 内心は、留美子は一体どのような教育を施しているのだとかなりの疑問を抱いた。


 幼稚園が「死」という言葉を普通使うか?俺がまだケツの青い頃は人の生死なんか全く考えずに、ただボールを追いかけていたんだが......


 これも時代の流れなのだろうか。


「ね? いいよね? 僕、最近人の死に興味を持ち始めたんだ! 人がどのように生まれてどのように死ぬのか。僕知りたいんだ!」


「お、おお......そうか......感心だな......」


 留美子、お前はとんでもない教育方針の道を歩んでいるのではないか? 5歳の餓鬼が人の命に興味を持つか?俺が18歳の時もあまり実感なかったぞ。


「でもね? 明道先生に死を罰ゲームにしたしりとり誘っても怒られるんだ......」


 翔太が俯き、あからさまに落ち込む。


 明道先生というのは幼稚園の先生のことだろう。どうか明道先生から留美子に教育の仕方を教えてはあげれないだろうか。


「そ、そうか......ま、まあいい。じゃあその罰ゲームにしてしりとりするか」


「え!? いいの!? さすがパパ! 約束だよ!」


 パパと呼ばれ、気持ちが舞い上がる。


 まあ子供の戯言ざれごとだ。本気じゃないだろうし、遊んでいるうちにすっかり忘れるだろう。


「ああ、約束だ」


「言ったね? パパ、前に僕に言ってくれたもんね? 男なら約束を絶対に守れって」


「え? あ、ああ......」


 確かに、二年前に1度だけ話した時にそれを言った。俺が一番大事にしていることで、翔太に教えたかったことだ。それは俺自身も、常日頃から頭に染み付けて生きている。


 でも、まさかここでそれを掘り起こされるとは思ってもいなかった。罰ゲームは本気ではないだろうが、それを言われると後ろめたい気持ちになる。


 心を少し落ち着かせるため、机にあるお茶が入ったコップを口に含む。


「パパ、ハジキ持ってるよね?」


 お茶が噴射した。今度は漫画ではない。


「は、ハジキ!? しょ、翔太、お前そんな言葉どこで覚えた?」


 俺にとって、死の罰ゲームを持ちかけたことより驚愕させられたことだった。「銃」「鉄砲」と言うのならまだ分かる。「ハジキ」て......言い方が悪すぎる。


「ミナミの帝王だよ!」


 度肝を抜かれた。


 漫画か映画どっちで見たかは知らないが恐らく、いやきっと世界中どこを探してもミナミの帝王を知っている幼稚園児は、翔太しかいないだろう。


「そうか......でも残念ながらハジキはないんだ」


 嘘だった。実は先日、ヤクザと絡みのある警察からリボルバーを入手していた。流石にあると言えば、それをおもちゃのように扱いそうなので、翔太には悪いが真実を隠した。


「え? でもあの机の上にある新聞紙に包まれたのそうでしょ?多分形からしてリボルバーだと思うんだけど」


 翔太が組長机の上に置かれたブツに指をさす。


 翔太......俺は将来お前がどうなっているか猛烈に不安だ......。


 幼稚園が何故ハジキが新聞紙に包まれていることを知っている。何故形でリボルバーと分かる。これもミナミの帝王の影響なのだろうか。なら何故服のデザインは仮面ライダーで、竹内力ではないんだ。


 いや、子供サイズでイラストが竹内力はどこにもないか。


「よく分かったな......それであれをどうするんだ?」


「そんなの勿論決まってるじゃん!勝った人が負けた人をアレで撃つ!」


 無邪気で爛々らんらんとそれを口にする。


 俺は段々、取り返しのつかないことをしているのではないかと思えてきた。


「わ、わかった。じゃあしりとりやるか」


 もう俺は悟った。翔太が冗談ではないこと。ミナミの帝王と口にした当たりからそうだと思い始めていた。


 それでも焦ることはない。大の大人が本気を出して、5歳の幼稚園児にしりとりで負けるはずがない。俺は勝っても翔太を殺さないことにしよう。


「うん! じゃあしりとりの『り』でパパからね!」


 翔太がソファにトランポリンに飛ぶ込むように、お尻からダイブした。


 まさか、命を懸けたしりとりを息子の翔太とする羽目になるとは、神すら思っていなかったことだろう。


「じゃあ、りす」


 多分しりとりの『り』から始まった場合、たいていの人が『りんご』『りす』からスタートを切るはずだ。俺もそれに乗っ取って始める。


 恐らく次に帰ってくる語は、無難に『スイカ』当たりだろう。


「ストラスブール」


「は?」


 ストラスブール? なんだよそれ。初めて聞いたぞ。


「だからストラスブールだよ!知ってるでしょ?」


 翔太が知ってて当たり前のような顔で覗いてくる。


「え......あーうんまあな、あれだろ?」


 俺は言葉を濁したが、さっきも言った通り全く知らない単語だ。


「そうそう、内陸の港だよ」


「おお、それだそれだ。よく知ってるな」


 飄々ひょうひょうと翔太が語るのに対し、俺はぎこちない口調になる。


 内陸の港の名前だと? なんで翔太がそんな言葉を知っているんだ? 5歳ってこんな頭良かったっけ......? いや絶対これはまぐれだ。たまたま『す』から始まる難しい言葉をテレビかなんかで知ったんだ。そうじゃなかったら......


 唾を飲み込む音が自分でも聞こえた。


「あ、言い忘れてたけど考える時間10秒にしようよ! 無限だとつまんないし」


「あ、ああ。そうだな」


「じゃあ次パパ、『ル』からね!」


「る、る、る......ルービックキューブ」


「ブラジル」


 10、9


「類義語」


「ゴール」


 10、9、8


「瑠璃色」


「ロイヤル・ダッチ・シェル」


 10、9、8、7


「......留守番電話」


「ワッフル」


「る......」


 10、9、8、7、6


「ループ」


「プール」


 10、9、8、7、6、5


 っ!?


「ルール」


「ルクオイル」


 10


「おい、適当に言ってないか?」


「言ってないよ!」


 9


「じゃあ意味を言ってみろ」


 8、7、6


「ロシア最大の石油会社だよ。ちなみにさっきのロイヤル・ダッチ・シェルはオランダとイギリスの共同出資による大手石油会社だよ」


 5


「そうか」


「うん」


 4


「る......」


 3、2、1


「留守」


「スカル」


 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1


「るるるるるるる、ルンバ」


「バール」


 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0


「僕の勝ちね!」


「......」


 頭の中でオフコースの曲『言葉にできない』が流れた。


 負けた......


 28歳の中卒の俺が、5歳の幼稚園児の息子に負けてしまった。


 10秒という制限時間が物凄い圧力をかけてきて、ろくに脳内国語辞典から『る』の言葉を引き出せなかった。


 今冷静になって考えてみると、ルビー、ルアー、ルックス......などなど結構でてきた。


 しかし、例えそれが勝負中出てきたとしても俺は負けていただろう。翔太の単語知識は尋常ではなかった。知識もそうだが、もっとすごいのは1秒もかからず『る』で終わる単語を攻めてくるのだ。多分5歳のしりとり界は翔太が握っているに違いない。いや、世界をも通じるかもしれない。


「翔太、お前すごいな。お前がこんなに言葉を知ってるなんて俺驚いたよ」


 俺は素直に感心した。今から死ぬという恐怖はあまりなく、むしろ何故だか清々しかった。今まで翔太と全然接してこなく翔太について何一つ知らなかったが、まさか息子がこんなにも賢かったなんて。


 翔太のことを1つ知れただけで、俺はとても嬉しかった。


 翔太がソファから弾むように立ち上がり、そのまま組長机に置いてある新聞紙に包まれたリボルバーを手にした。


 翔太は手際よく新聞紙を剥がしていくと、「おおっ!」と興奮していた。普段からモデルガンなんかに興味があるのかもしれない。


 リボルバーを持つ翔太が、ソファに座る俺の目の前で立ち止まった。


 銃口を俺の額に狙いを定めると、顔をしかめながら両手の親指でなんとかハンマースパーを下ろした。


「パパ、全然まだ喋ったことないけど、これでお別れだね」


 再び銃口が俺の額に向く。翔太が引き金をひく前に、俺はリボルバーの筒の部分を掴んだ。


「どうしたの?やっぱりヤクザのパパでも死ぬのは怖い?」


 翔太が嘲笑うようにして蔑む。


「まあ、確かに死ぬのが怖くないと言えば嘘になるかも知れんな。でもな......」


 俺はリボルバーを取るように少し引っ張ると、翔太は何故か抵抗もせずに力が抜けるよう手を離した。


 俺はリボルバーを自分のこめかみに当てる。


 その行動に少し驚いたようで、翔太の目が少し見開いた。


「俺が死ぬより、お前の手を汚させる方がもっと嫌なんだよ。父親としてな」


 そう言い残した瞬間、俺は引き金を引こうとした。


 その時だった。


「ダメ!!!!!!!」


 叫んだのは翔太ではない。無論俺でもない。


 事務所のドアから見計らっていたように飛び

 出してきて、留美子がそう叫んだのだ。


「る、留美子!? なんでお前がここに!?」


 まさかの登場で声が裏返ってしまった。思わずそのままトリガーを押し込んでしまいそうになったが、ギリギリのところで指を制止する。


「ママ!」


 翔太はママと呼んだが、どうやら留美子がこのタイミングで来ることを知っていたかのようだった。


「お前風俗に行ったんじゃなかったのか?」


 銃を一旦机に置き、留美子に事情をきく。


「風俗嬢なんて、翔太をお腹に宿した時から辞めてるわよ」


「は、は!?」


 初耳だった。妊娠したと告げられた時はお金が無いから風俗を続けると、留美子は言っていた。


「お母さんが風俗嬢なんて格好がつかないでしょ?」


「じゃあ今どうやって金稼いでるんだ?」


「スーパーのパートよ」


 それで生計を立ててるというのか?風俗嬢なんかと比べれば5倍以上労力はかかり、給料が減る。しかも1人暮しならまだしも、翔太もいる。風俗嬢時代に貯めた貯金もあったはずだが、もう底を尽きてるはずだ。机にあるトミカもなけなしで買ってあげたんだろう。


 つくづく留美子には感心させられた。


「ね?ママ、パパがいい人ってわかったでしょ?」


 俺は思わず翔太の台詞に首を傾げた。


 話を投げられた留美子は少し俯き黙っている。


「そうね......翔ちゃんの言う通りだったね」


 顔を上げると、留美子の顔は笑顔になっていた。しかし、その笑顔を俺は初めてみた。今まで何度も留美子の笑顔は見てきたが、今回のはそんなものと全然違う。なんと言ったらいいのか、語彙力のない俺には例えられないが...これはそう、留美子の笑顔ではなく



 母親の笑顔なんだ。



「ちょっと待て、何がどーなってんだ?」


 さすがに状況を説明してもらわないと、頭がどうにかなりそうだった。今わかるのは、この2人は俺に何かを仕掛けていたということだ。


「翔ちゃんがね、私とあなたをくっつけようとしたのよ」


「くっつける?」


 俺と留美子の会話に、翔太が傍で腕を組みながら「うんうん」と首を縦に振っている。


「ほら、私あなたを振ったでしょ? その事を翔ちゃんに話したら、なんであんなにいいパパを振ったの? って聞いてきたの。でも私はヤクザがいい人なわけないって言ったわ。じゃあ翔太が、パパがいい人ってことを証明するからって」


 留美子が翔太に目を向ける。翔太は茶化すようにニヤニヤしている。


 そこまで説明されると、なんとなく今までの経緯が分かった。


 つまり翔太は、俺との命を懸けたしりとりで俺が善人か悪人かを留美子に見せようとしたのだ。

 翔太は多分他に証明方法を考えていたはずだが、俺がしりとりを誘ったので翔太はそれに乗っかって上手く利用してきたのだ。


 留美子が仕事に行くといって事務所の出入口に隠れていたのは、翔太と事前に打ち合わせをしていたのだろう。


「全く......俺は翔太に手の内で踊らされてたってわけか」


 溜息が零れるが、悪い気はしていない。


「パパ、今なら告白してもOKされるんじゃない?」


「え? あ......」


 翔太から留美子に目線を変える。留美子は心無しか頬が少し紅潮していた。


 俺は心に喝を入れ、ソファから立ち上がった。


「留美子、俺はお前が好きだ!お前が翔太を産むと言った時からずっとずっと愛してる!」


 これで告白するのは実は3回目だ。

 一回目は留美子が翔太を産むと言った時。2回目は翔太が産まれてすぐの時だ。もちろん2回とも瞬殺だった。


 二度あることは三度ある、三度目の正直。どちらに傾くか。


 俺は息を呑んだ。


「私も......好きになった......さっき2人の会話見てたらなんだか心が温まってきて......ああ、2人は親子なんだなって。それで私もこの人のことが好きなんだなって」


 留美子は目線を横に逸らしながらそう言った。瞳が微かに潤んでいる。こんな姿も俺は初めてみる。


「それで極めつけは最後の言動だったってわけだよね!」


 翔太の言葉に留美子はコクリと頷く。


 一瞬、最後の言動? と首を傾げたが、すぐに銃を自分のこめかみに当てた時のことだとわかった。


「じゃあママとパパは今は恋人同士だね!僕はもう早く結婚してほしいんだけど、そこは大人の事情とか色々あるんでしょ?」


「ほんとに翔ちゃんには敵わないな」


「全くだ。留美子、お前よくこんな頭のいい子に育てたな。どんな教育したんだ?」


 幼稚園児にしてあの知識量、頭の回転力。そして今回俺達を引き合わせてくれた誘導力と言うべきだろうか。


 何にしろ、翔太はただの5歳児じゃない。天才だ。


「私は最低限のことしかしてないわよ。私が仕事に行ってる間、おばあちゃんの家や幼稚園で本を読み尽くしてるみたい」


「なるほどな、それであの知識量」


 納得はするが、ただの5歳児はそんな本を読んでもこれだけ出来上がることはないだろう。きっと元々の素材が良かっなたのだ。


「ねぇ、パパママ!」


「「ん?」」


 俺と留美子が同時に翔太の方をむく。


 しかし、何故だか頬を赤らめ言いにくそうにしている。


「どうしたの翔ちゃん? 何か言い難いことなの?」


「いや、言い難いというわけじゃないんだけど......こんな事言うの初めてだからちょっと恥ずかしくて」


 俺は今初めて翔太の純粋の子供らしさを見た気がした。いや、2回目か。


「言ってみろよ」


 翔太が訥々とつとつとして口を開けた。


「さ、3人でお散歩したい!僕が真ん中で左右にママとパパ!手を繋いで歩きたい!」


 俺と留美子は顔を合わせ、微笑みあった。


「そうね、3人でお散歩しよっか」


「ああ、そうだな」


 家族の事情は少し複雑かもしれない。父親である俺の仕事柄はいいようには思えないだろうし、母親の留美子も元風俗嬢だ。



 しかし、これだけは言える。



 俺たちは紛れもなく幸せな家族だということを。


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