今宵の月は

@Amato-0109

第1話

「今晩1時。逢えない?」


彼女からの突然のメール。

驚いたが、特に用事もなかったから逢えるよと返信した。

僕らの交際は大学の頃からでかれこれ5年くらいだろうか。

この歳にもなると大学や会社の同期や知人が結婚していくのを見てそろそろプロポーズしなきゃなとは思う。だけど最近は互いの仕事が忙しくすれ違ってばかりだし、何より貯金も余り無い。今結婚しても大変になるのは目に見えてる……

僕は未だ踏ん切りがつかないまま彼女との待ち合わせ場所の公園に向かった。


公園に行ってみれば、彼女はブランコに1人俯いて座りゆらゆらと揺れていた。

月光に照らされた黒髪は仕事のストレスのせいか以前より傷んでるように見えた。


「や、お疲れ様」


僕が声を掛けると彼女はスっとこちらを見上げる。


「あぁ、お疲れ様。ごめんね、こんな時間に会いたいだなんて」


いつになく弱気な彼女。声もどこか弱々しかった。


「大丈夫。仕事も終わらせてるし、特に用事もなかったから」


そう言って彼女隣のブランコに腰掛ける。


しばらく、僕らは何も話さずゆらゆらと揺れていたが何も聞かない僕に痺れを切らしたのか彼女がポツリポツリと話し始めた。

仕事が上手くいかないこと。御局様からの小言が多いこと。上司からのセクハラが酷いこと。住んでるマンションの隣の部屋の人が毎晩うるさくて眠れないこと。

忙しい事に託けて会わない彼氏のことも。


ふと顔を上げる彼女。

月光を受けるその白い顔には涙が伝った跡があった。


「ご、ごめn「今日は、月が綺麗ね」……え?」


僕が謝るのに被せて彼女が何かを言う。


「今日は月が綺麗ね」


月が綺麗ね……夏目漱石が英語教師だった頃I love you を訳す際、日本人が愛を告げる時は月が綺麗ですねと言うもんだ。と言ったらしいがそれを用いたのか?

文学部の出の彼女にこういう意味の言葉があると聞いて自分でも少し調べたことがあった。調べた時に出た言葉を


「月はずっと前から綺麗だったよ」


僕は彼女の目を見てハッキリと告げる。

この言葉の意味は僕は君が好きになる前から君のことが好きだったよ……って意味だったと思う。


「そう……」


彼女は再び俯いた。

月の光を受け白かった顔にも影が落ちる。

彼女の顔をよく見てみれば唇は乾燥し、頬はどこか痩け、目の下にはクマが見て取れた。


「ごめんな……」


彼女をここまで追い詰めてしまったのも僕にも原因がある。これからは彼女のことを支えて行くことを覚悟した。


それから色々なことを話し、聞いた。


「今日はありがとうね。これで……」


彼女が帰り際にポツリと零すように呟いた。


「これで……?これで、どうした?」


「ううん、なんでもないの。ねぇ、今日の月のように明日の月は綺麗かな?」


彼女は何か請うように僕に聞く。


「明日の天気は晴れだから明日の月も今日と同じように綺麗だよ」


「……そうね。じゃあ、バイバイ」


彼女はスっと微笑むと僕に背を向けて自宅へと向かった。


「月は綺麗だけど、遠いよ」


彼女が何かを言ったようだが僕には何も聞こえることは無かった。




その日を境に彼女に会えなくなり、数日後彼女のご両親から彼女が自殺したことを聞いた。

遺書には職場でのことや生活してる上でのストレスによって自殺する旨が書かれていたそうだ。

自殺したのは僕と会った夜のすぐ後だったようだ。


僕は深夜1時にふとあの日の公園に来て、ブランコに座りゆらゆらと揺れる。

僕は真夜中にも関わらず煌々と公園を照らす月を見上げる。


「君と見たあの日の月より綺麗な月はもう訪れないよ……」


あの日から僕の見る月には厚い雲がかかっている。

今宵の月にも──

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