路地裏の死神と天使の少女
赤芽崎
最高傑作を奪還せよ
第1話死神と少女は出会う
「俺はただ、奥の部屋へ案内してもらえればよかったんだが……」
路地裏の死神ラヴェルトはたった今、手元で気絶したマフィアの下っ端を見下ろしながら呟いた。
さぞ他人行儀といった表情を浮かべているが、気絶した男のシャツの襟元を力任せに締めているのだから、犯人は彼である。
ラヴェルトは普段と変わらず依頼を請け負い、小規模マフィアであるインゴベルトのアジトに隠されたというとある指定品を探していた。
依頼人曰く、世界を地獄の底へと変貌させるモノが盗まれたらしい。
ラヴェルトはさっさと指定品を回収し帰ろうと、指定品が隠されているという最奥の部屋を目指すが、インゴベルトの構成員が彼に襲い掛かるのは必然であった。
……しかし、ラヴェルトは構成員を片っ端から薙ぎ倒し無傷である。
裏稼業に首を突っ込み、大手のマフィアだろうと依頼であれば対立し必ず被害を与え、失敗した案件はたったの一回のみ。
路地裏に金色の髪が落ちていたら要注意、近くの影に死神が潜んでいる――いつしかラヴェルトは路地裏の死神と呼ばれ、裏の世界では警戒されるようになっていた。
今回の依頼も「おいおい兄ちゃん! ここがどこだか分かって足を……路地裏の死神ィ!?」と調子に乗った下っ端の顔色が一瞬にして青褪める。
そうして何人もの構成員を気絶させ最奥の部屋を目指すラヴェルトが通路の角へ顔を出した時だった。彼の行く手を阻むように銃声が鳴り響く。
「見張りは二人、距離は二十といったところか……ふむ、微妙だな」
咄嗟に顔を引いたラヴェルトの視界を弾丸が横切った。追撃の発砲に警戒しつつ、曲がり先に視線を流せば恰も重要だといわんばかりの大きな扉が目に映る。
更に追い打ちなのかあからさまな見張りが二名配置されており、どちらも歯を食い縛りながら銃を握っているため、距離があれば不利になるのはラヴェルトだ。
単身でマフィアのアジトに乗り込んだ彼は当然、銃を持ち込んでいるが、流石に二人相手では万が一ということも考えられる。
たとえば片方を撃ち抜いた隙を狙われるのは勘弁願いたい。ラヴェルトは面倒だなと言い放つ代わりに舌打ちを軽く行うと、懐に手を伸ばす。
「路地裏の死神! テメェ、散々俺らのアジトを荒らしてどうなるかわかってんだろうなあ!?」
「何人もノシやがって……生きて帰れると思うなよ! テメェの金髪を全部刈った後に首を海に捨ててやらァ!!」
ガラの悪い二人の下っ端が目に優しくない色合いのよれたスーツを羽織り、ツバを吐き散らしながら威嚇代わりの銃弾を何発も放つ。
――耳障りな奴らだ。俺の誕生日でもあるまいに。そこまで騒ぐこともないだろう。
ロクな作戦も考えずに銃弾を忙しなく放てば、打ち止めになるのは難しい話ではないだろう。
同時に弾切れを起こした下っ端二人を葬るべく、ラヴェルトは身を乗り出し彼らの前に躍り出る。
颯爽と現れた黒コートを纏う美丈夫。中から覗くは同じく黒を基調とした軍服。闇に飲み込まれない金色の髪がふわりと浮かぶ。
「やっと面を見せたか。隠れやがって、卑怯だろ!!」
視線の先に現れた標的に見当違いな暴言を吐きつつ、下っ端は弾倉にありったけの銃弾を詰め込むのだが、焦りが生じもたついてしまう。
下っ端は下っ端かと、獲物を目の前に勝負を仕掛けられない雑魚に消費する時間も無駄なため、ラヴェルトは景気よく手榴弾の栓を抜いた。
戦場に不釣合いな尖った音が響き、下っ端二人の顔色が失われ、息ぴったりと云わんばかりに両者の手のから銃がこぼれ落ちた。
「お前らは俺に隠れるなと言ったんだ。ならば、お前らも隠れるなよ?」
「室内でバッカじゃねえの……うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「お前らのアジトで手榴弾を投げるだけだ。これで馬鹿だと言われるなら、世界の多くが馬鹿ばっかの集まりになる」
命の取り合いに馬鹿も阿呆もあってたまるか。
とんでもない理論を言い放ち、手榴弾を投擲した後、ラヴェルトは曲がり角へ身体を戻すと手で両耳を覆う。
革手袋をしているためある程度は音を吸収すればよかったのだが、生憎市販の商品にそのような性能は備わっていない。
耳を劈く爆発音が響き、一瞬にして通路の曲がり角に身を潜めるラヴェルトの元まで煙が走り、手で払う。
爆心源の近くに立っていた下っ端二人はこの世を去っている可能性大であるが、念には念をと、適当な瓦礫を持ち上げ放り投げる。
彼らが生きていれば瓦礫に反応するだろうが、身体の動作音が聞こえず、呼吸音すら耳に届かない。
幸運的な見方をすれば気絶しているのだろう。最も生命の保証はないのだが。
ラヴェルトが下っ端二人を目の前にし、「微妙だな」と呟いたのは、苦戦すると思った訳に非ず。
手榴弾でまとめて吹き飛ばせば、最奥の部屋にまで爆発が及ぶかもしれない。そうなれば中にあるであろう指定品も無事では済まない可能性がある。
最悪の場合、依頼は不達成になるのだが、ラヴェルトは何とかなるだろうと判断し、手榴弾の投擲に至る。
銃には銃で応対するのも悪くはない策であるが、最奥の部屋にもインゴベルトの構成員が居る可能性はかなり高い。
アジトの人員が手薄なタイミングを狙って乗り込んではいるものの、騒ぎになっていることから応援を呼ばれているのは確実だ。
銃弾も無限ではないため、より効率的かつ手短な手段を選んだまでである。
最もラヴェルトが得意としているのは肉弾戦であるのだが。
爆煙と砂塵が晴れると見事なまでに下っ端二人が倒れていた。
うつ伏せになっているからか、表情は伺えないのだが、視線をほんの少し動かせば瓦礫の下から僅かに動く腕を発見する。
それもそうだなと、ラヴェルトは刹那の欠片すら彼らに興味を抱かず、手榴弾によって黒焦げた扉の残骸に身を寄せた。
音を殺し気付かれぬよう最奥の部屋を確認――照明はついていないが、あちらこちらが光っているようだ。
何やら幾つもの液晶が光っており、よく目を凝らせば機械であることは判別出来る。しかし、用途までは不可能だ。
ラヴェルトからすれば構成員か罠の類さえなければ問題はない。意味不明な機械が並んでいようが、不都合な物は破壊すればいいだけの話である。
先の下っ端二人の安否を確かめた時と同じように適当な瓦礫を部屋へ放り投げる。
機械に打つかった金属音だけが響き、聴覚を刺激され取り乱すような人間は中に居ないようだ。
ラヴェルトは癖で偵察代わりにそこら辺に落ちている物を投げ、周囲に敵が潜んでいないかどうかを毎回のように行っている。
過去にこの癖のおかげで潜んでいる刺客を炙り出したことや、熱源に反応するレーザー兵器を見抜いたこともあるため、馬鹿にならない。
「これは……中にエイリアンでも眠っているのか?」
立ち上がり部屋を探索するラヴェルトは中央に置かれたカプセルのような装置を発見する。
幾多ものケーブルが繋がれているその装置は一目見ただけで重要であることを思わせた。
「あの爺の依頼は救出だったが、なるほどな。嘘ではないらしい」
ラヴェルトは額を抑え依頼を受けた時の内容を思い出す。
科学者の中でもとびきり優秀であり、アクセルを踏み抜いたような狂気を秘めた男は言っていたのだ。
自分の最高傑作である世界を地獄の底へと変貌させるモノが盗まれた、と。
それだけでは概要を掴めないため、せめて形状を教えろと問い質した時、爺の瞳に濁った輝きが発せられたのは嫌でも覚えている。
――彼女は私の最高傑作じゃ。
「女とは聞いていたが……こんなガキを最高傑作と称えるなんざ、さぞ後ろめたい研究だろう」
カプセルのガラスから覗き込めば雪にも負けぬ美しき銀髪を携えた少女が眠っていた。
一切の服を纏わず、デリケートな箇所はケーブルに隠されている。所々にバチリと電気が浮かび上がる。
人間に電気を流しているのならば極悪非道の王道であるが、爺は最高傑作と呼んでいた。つまり――
「これで目が覚めた時に露骨な機械音声なら傑作だな。そうでなければ俺には人間と機械の区別がつかん」
機械なのだ。視線の先で眠っている少女はそこらの電子機器と同じカテゴリに分類される無機物である。
どうもラヴェルトには実感が湧かず、様々な角度から少女を見るのだが、傍から見れば幼き裸体を見回す変態にか見えない。
犯罪待ったなしであるが、元々マフィアのアジトへ潜入し、構成員をぶっ飛ばし、手榴弾もぶん投げているため、犯罪には変わりない。
「逆に言えばこれだけ技術が発達したんだな。そりゃあ俺も――」
その時だった。
カプセルから排出された煙が一帯に充満し、ラヴェルトは口を覆う。
懐から潜入の必需品――ではないのだが、暗視ゴーグルらしきモノを取り出し装着する。
――ウイルスの類じゃない。これはタダの煙だな。
視界に表示される化学物質から煙に害は無いこと確認すると、コートを脱ぎ去り、風を扇ぐ。
周囲の視界を確保しゴーグルを外したラヴェルトは、ガチャンと音を立て半開きになっていたカプセルの扉を開けた。
縦に扉が開くと更に煙が排出され、それに伴った動作なのか、彼女に繋がれていたケーブルが外れ始める。
「こいつは――」
やがて煙も消え、カプセルからお目当てのブツである少女が立ち上がった。
実化室の空間に反射する美しき銀髪、雪のように白く柔らかさを連想させる肌。
そして何よりも、マフィアのアジトに捉えられ、人造人間のような扱いをされているとは思えない程、至って普通の少女の姿。
「あなたは……シンキじゃなくて、他の人でもない……誰?」
「ん、ああ。名前だよな……そうだな」
パチリと目を開いた少女は首を数度動かした後、目の前に立っていたラヴェルトに名を尋ねる。
それは小さいながらもやけに耳に残る声色だった。直前まで下っ端の雑音やら爆発音やらを聞いていたせいもあるが、かなりの透明感だ。
少女からすれば彼は初対面の人間であるため、名前を尋ねるのは何も不思議じゃない。
これから誘拐する少女にいちいち名前を告げるのも面倒だと、立ち去る用意を進めながら少女の視線と交差した。
「死神、俺はそう呼ばれている。勿論、自分から名乗った訳じゃないがな」
「死神……さん。わたしは天使、天使と名を与えられました」
――これはご丁寧にどうも。
とんだ正反対の組み合わせだと、死神はわざとらしく腕を広げため息を零した。
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