鍛冶屋の一日

@D_O_M_I_O

下っ端研ぎ師の楽しみ

落ちない。

鉄さびを落とす作業を始めてしばらくたつが、落ちない。


何度も何度も錆落としを付けては剣をこする。

刃についた、血と油が変化した錆はなかなか落ちそうにない。


後ろで作業の傍ら、俺の作業をちらと見た親方が舌打ちする。

特に何も言わないが、俺の仕事ぶりが気に入らないのだろう。


人は血と肉、あと骨と皮膚でできていて、

当然鉄で切ればそれらが鉄に纏わりつく。


普通の市民も、偉そうな衛兵共も、もっと偉そうな帝国の執政どもも、

盗人やらの犯罪者も、大人も子供もどれも同じ物でできている。


俺の研ぐこの剣は、かなり太った司教を斬ったものだ。

俺が切ったわけじゃない。なんでも子供に色んな事をしていたことがばれたらしく、

親や近所に住む連中に詰め寄られた後、滅多切りにされたらしい。


この国は衛兵が一応居るのはいるが、市民たちが勝手に私刑で誰かを痛めつけることはよくあるし、

法や宗教の教えで人の生き様の指針なんて高貴なものはなかった。


気に入らなければ殺されるし、殺されたくなきゃ強くなきゃいけない。

そうしたくない人間はそつなく生きて、たまに殺される。


剣を研ぐ。やはり少しずつしか落ちない。


剣は正直だった。

仕事に使われて、そいつが何をしたのか。

口はきかないが、それでもこいつが何をしたのかは見ただけでわかる。


頭に衝撃と痛み。親方に殴られたみたいだ。

「早くしろ。いつまでやってる」

今日入った分だけでも剣は14本ある。昨日までに溜まっていた物が何本か残ってい

て、研がなきゃいけない剣はこれだけではない。


この国では研がなきゃいけない剣が多い。斬られる人間も斬る人間もたくさんいて、

こいつらの仕事は減ることがない。

直剣、ナイフ、槍、たまに大剣、豪華な装飾のされた処刑用の剣。


ちらと見ると、一本の完成した剣が親方の作業台の上に載っていた。

俺が剣を作ることができるのは、作るよりも先に、研ぐことができるようになってから、らしい。

剣はどう使われるのか。どう人が斬られるのか。そこから作りを知り、どのように作るかを学ぶべしというつもりらしい。


最もしばらくは剣を作らせてもらえる様子はない。

おそらく弟子入りを口実に、面倒くさい研ぎの仕事を押し付けられる相手を探していたんだろう。

仕方ない。それなりに研ぎの仕事も悪い物ではない。


誰がどう斬られたのか。

なぜ斬られたのか。どこをどう斬られたのか。


司教が斬られる現場は俺も見ていた。

仕事が終わった後の夕方、帰り道だった。


剣が汚れる経緯は町でよく見ることがある。

そのどれもが人間の欲が出所で生まれた芽であり、

そのどれもが暴力という花として咲く。

そしてその残滓が、使われた後の剣に残る。


ようやく一本研ぎ終わったころ、緑の外套を纏った男が店に来た。

「やぁ、2本、研いでもらえないか。」


細身の珍しい剣。手入れはしているようで、細かい傷はあるが綺麗なものだった。


「あぁ、明日また来てくれ。」


使った後手入れされていない剣は久しぶりだった。

こいつにも興味はあるが、まだ語り終わらない剣がいくつもある。

残念だがこいつは明日の朝一に取り掛かることにする。


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