村人Aもいつかビンタされたいです

皆さんの周りには、自分が経験していないことにも関わらず、それについて否定的でいる。


そんな人はいるでしょうか。


いや、間違いなくいるでしょう。そして皆さんも何かしらについてそう思っていることがあるかもしれません。実際私にもあります。


ただ日常生活を営んでいく上では、それでいいのかもしれません。


しかし、私の様に何かを表現したい人間は、広い目で世界を見ていくことが作品の幅を広げることに繋がります。


そして、そのためには様々なことを調べ、聞き、体験し、学んでいく、それが大切です。


ハンバーグを食べたことがないのに、ハンバーグの味を表現することが極めて困難であるように、森を歩いたことのない人が森の香りを表現することが困難であるように、私たちは常に体験し、その身で感じていくことが必要です。


と、いうことで私はメイド喫茶に行くことにしました。


いえ、元々行こうと思っていたわけではありません。そんなことつい2秒前まで考えてもいませんでした。


高校のクラス会にて、私たちは十数名で適当にお好み焼きを食べました。クラスの仲を深めるはずが、結局いつものグループで固まって食事をするという無駄な時間でした。


外に出て、この後どうするかという話をだらだらと話していると、一人の男子生徒に手招きをされました。


そこには男子生徒三人が固まって、私を凝視していました。


「なあ、メイド喫茶に行こうと思うんだけど、根崎も一緒に行かね?」


私はその突拍子もない発言に唖然としました。


今は夜の九時。こんな夜遅くにまだ出歩こうだなんて何を考えているんだ。それにメイド喫茶?ここは東京で言う新宿だぞ。どこに危ない人がいて、どこにぼったくりバーがあるかわからないんだぞ?


私たちは高校生、大人しく家に帰ってSNSに集合写真でも眺めてろ!


と、私は脳裏に思い浮かべながら、その三人を見て言ってやりました。


「まじぃ!?行く行く!!」


恐らくここで機会を逃せば一生行くことはないと思いました。


所詮私は「えぇ行きたいけどぉ、何か怖いしぃ...」などと言って、一生後ろ向きな考えを持ったまま偏見だけで生きて行く、庶民、村人の一人です。


ここは、今をきらめく男子高校生の提案に乗り、主人公たちの遊びに便乗するしかなかったのです。


そして私たち四人は、高校生でもはいれる場所を探し、びくびくしながら入店しました。


五階建てのビル、地下一階。


狭い廊下の先にひっそりと佇む扉は異様な空気を放っていましたが、もうここはノリとテンションに身を任せるだけです。


店に入った瞬間、息をのみました。


席は完全カウンターで、客の後ろは人が一人通れるかわからないほどのスペースしかありません。


その上、席はほぼ満席であり、ちょうど四人分空いていた席はその後ろを通らなければ座れない位置にありました。


それでも、他三人は先頭を切ってその隙間を進んでいきます。


私は下げていた小さな鞄を手元にもって、早く行ってしまおうと急ぎました。


すると、鞄のひもがお客さんの椅子に引っ掛かり、その拍子にお客さんの上着が床に落ちてしまいます。


「うひゃああす、す、す、すいません!」


挙動不審になりながら、慌ててそれを拾い上げるも、その方の顔は見れずただ受け取ってくれるのをうつむきながら待つばかりです。


「あはは、いいよいいよ、気にしないで。随分と若いようだけど楽しんで行きなさい」


まるでドラクエの第二の街で一番最初に迎えてくれるベテランのおじいさんのような安心感でした。


緊張で口からお好み焼きがヤッホーしてきそうな私でしたが、その言葉のおかげで若干安心しました。


そして他三人に笑われながら席に着くと、すぐ一人のメイドさんが声を掛けてきました。


「君たち若いねー!高校生なんだって?」


その後お店の制度、時間制限とメニューについて丁寧に教えていただき、それを経て三人はジュースを頼み、私はというと


「君はお嬢様セットね」


とパンケーキとジュースを貰うことができました。


詳しい値段は忘れてしまいましたが、一時間半、ジュース一杯で男子三人は700円、パンケーキとジュースで私は1000円でした。


このメンバーの中に紛れた私のことを、疑いもせず女子だとわかったことに私は感動を覚えました。


「君たちの事、私たちは何て呼んだらいい?」


メンバーズカードのようなものに、名前を書くということで、聞かれたのですが、当然私たちは緊張でただ、それぞれの苗字を答えました。


それから、入れ代わり立ち代わり、5人ほどのメイドさんが話をしに来てくれ、私たちの緊張はどんどんとほぐれていきます。


と、いうのも、そこのお店のメイドさんたちは、メイドという役であることを忘れているかのように、フレンドリーに話をしてくれるのです。


それはまるで初めて会う親戚のお姉さんのようでした。


そのことについて、話を聞くと


「まあ、お店によると思うけどねー。子供禁制で、こう...飲み中心の大人専用メイド喫茶ってとこもいっぱいあるし、ここみたいに夜の11時からお酒しかだせなくなるけど、それまではただのカフェってお店もある。ここは緩いメイド喫茶ってのが売りなんだよね」


確かに、周囲を見ても、客がメイドさんにデレデレしている様子はなく、私たちと同じように純粋に会話を楽しんでいるように見えました。


ここで気になるであろう、メイドさんのお顔についてですが、正直に申し上げますと、皆が皆別嬪さんというわけではありません。


アイドルグループだって、100%可愛いわけではないですから、当然と言えば当然の話です。


しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなります。


皆さんコミュニケーション能力が飛びぬけており、その会話の楽しさと、メイドさんの笑顔を見たら、顔のことなど目に入らなくなります。


皆さん、とても魅力的な人たちでした。


そして、一番印象的だったこと。


「じゃあ〇〇さん、何て言ってビンタしたらいいですか?」


少しいたずら心が入った笑顔のメイドさんの言葉に、会話の途中にもかかわらず、私たちはそちらを凝視してしまいました。


どうやら、一人の男性がやろうとしているのは、500円でメイドさんにビンタをしてもらう、というメニューだそうです。


「『年収だけが取り柄のブタが粋がってんじゃねえ』でお願いします!」


店内が笑いの渦に包まれます。


その男性の迷いのなさに、私たちは笑いを堪えきれず、声を出して笑い転げていました。


それを言われたメイドさんですらも腹を抱えて笑っています。


そして、次の瞬間、店内に響く「ッパチーン!」という最早破裂に似た音に、その笑いが更に加速していきました。


そこからビンタ祭りが始まり、私たちはただ男性が女性にビンタされている様子を見ながら、涙を拭き、全てが落ち着くころには、謎の疲労感と、達成感に満ち、放心状態になっていました。


「あ、ごめんね、カードに書く名前、もう一回聞いてもいい?」


初め、それぞれの苗字を告げていた三人は、あたかも最初からそう言っていたかのように、自分たちの下の名前をお願いしていたことに、私は再び笑い転げてしまいました。


そうして一時間半で店を出た私たちは、別れたクラスメイトと合流したわけですが、私たち四人の賢者のような顔と「すごく...よかったよ」と言葉に、うわきもっ、と言われ、帰りの電車の中でも友人の女子生徒らにボロクソ言われてしまいました。


しかし、私たち四人に後悔はありませんでした。


全てをさらけ出しても、それを笑って受け入れてくれる不思議な空間。


あれはそこに行ったものしか味わえない、特別なものであったと思います。


もちろん、行ったお店よって感想はいろいろありましょう。メイドさんの話ですと、想像通りのぼったくりバーみたいな場所も中にはあるそうです。


なので、別の店に行ったときに同じ感想を抱くとは思っていませんが、それでも、偏見にまみれた私に、そうではないことを「行ってみる」という形で教えてくれたあの三人の主人公たちに深く感謝を申し上げたいです。




最後になりますが、皆さんの様々な体験を、作品という形で、私たちに共有していただけたらうれしいです。

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