雄弁な無音

星野 驟雨

言葉たちの戦争

無音は雄弁である。

それ故に我々は言葉で抵抗する。

言葉を尽くし、無音を掻き消す。

そうすることでしか我々が立ち向かう術はないからだ。


無音は雄弁だ。

強烈な麻薬と同じである。

大衆はその甘美な響きに酔い痴れる。

それは秩序を乱す熱狂であり、混沌とした平穏である。


故に言葉を用いて我々は秩序を定義する。


しかし世界にはいくつもの言語が存在する。

これは無音の抵抗である。

言葉とは意思疎通のプロセスであり、定義づけである。

そのプロセスが壊滅となれば生まれ来るのは無音である。

その爆弾を抱えながら我々は生きている。

稀に世界ではこの爆弾がテロを起こす。


言葉は思想を定義し、思想は信者を定義する。

言葉は集団を定義し、集団は個人を定義する。

言葉は意思を定義し、意思は関係を定義する。


無音は何も定義しない。

無音は自己のみを想起させる。

無音はすべてを飲み込み鋭利化させる。


無音に飲み込まれた人間に

その人間を定義する言葉を強烈に投げかけた時

人間は無音に毒された言葉に酔い痴れる。


言葉を尽くせ。

この世すべてに蔓延る無音の毒酒をあおることなく。

言葉が満ちるほどに世界は不確かな安寧を手にする。

それは無音によって引き起こされる破滅の火種よりももっと小さい火種で済むのだ。


我々が言葉を尽くし続ければ、この世界は、小さな安寧を手にする。

我々が言葉を尽くさなければ、世界は、より自然な秩序と平穏を手にする。


定義せよ。固定せよ。

小さき世界に生きる我々の些細な安寧を。

己が命がおしからば。



――111276番 『無音の戦争』2番「口無しの花言葉」

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