第104話 VRファントム

      VRファントム



 これは明らかに異常事態だ!

 あの人格のライトは、今はPCの中だけの存在だとタカピさんは言っていた。


 俺は纏めてコールする!

 松井、新庄、姉貴、桧山さん、そしてタカピさんだ!


(これはどうなっている?! 今、俺達の前に居る阿修羅神の中身は、間違いなく、あの傲慢ライトだ!)


 更に、俺の前で呆気に取られている二人にも怒鳴る!


「これはおかしい! とにかく、一旦俺の後ろに下がってくれ! 後、緊急転移の石、あったら出しておけ!」

「は、はいっす」

「そ、そうね。でも、これ、あの時と一緒じゃないの? 中身は誰か知らないけど」


 チッ!

 ローズはまだ呑み込めていないようだが、カオリンはブルの実験の時と一緒だと勘違いしてやがる!

 まあ、そらそうだ。この二人は、あの傲慢ライトを知らない。


「とにかく下がれ! ってか、ログアウトしろ! あれは、比良坂の別人格なんだよ! 何が起こるか分かったものじゃない!」


 そう、奴はNPCにログインしやがった!

 なので、目の前の二人にも、強制的にログインされる可能性がある。もしそうなった場合、それこそどうなるかなんて、誰にも分からないだろう。


「え? そ、そうなんすか?」

「良く分らないけど、ローズちゃん! とにかくシンの言う通り、一度下がりましょう!」


 カオリンがローズの手を引きながら俺の隣まで来たので、俺もアイテムフォルダーから緊急転移の石を取り出し、左手に握りしめる!


 そこで、松井から返事が来た!


(シン君、僕達もまだ事態が呑み込めていない! あれは、君の言う通り、比良坂君の別人格だと僕も思うよ。ただ、その人格の入っているPCは、現在電源が入っていない! とにかく、一旦……)


 チッ!

 切れやがった!


 しかし、ここで隣に居たカオリンとローズが消えた。

 ふむ、強制ログアウトさせてくれたようだ。


 なら、俺もとんずらだな。

 これは、俺の手に負える問題じゃない!

 後はNGMLに任せるべきだろう。


 俺は握りしめていた緊急転移の石を発動させる!


「緊急転移!」


 ん?

 何も起こらない。


「緊急転移!」


 やはり何も起こらない。

 代わりに、目の前の怒髪天顔の阿修羅神の顔が回転し、今度は泣き顔になった。


「おい、シン! お前はやはり馬鹿だな。俺様はとても悲しいぞ。このエリアでは、緊急転移はできない設定だぞ」


 げっ!

 あの設定、あの町だけじゃなく、このエリア全体なのかよ!


 そして、再び顔が怒髪天顔に戻る!


「だいたいお前、せっかくこの俺様が話してやろうというのに、逃げようとは無礼にも程があるだろう! まあいい。これで邪魔者も消えたし、ゆっくり話せる。この部屋は今、俺様によって、完全に封鎖したからな!」


 うげっ!

 まあ、よく考えてみれば、NPCを乗っ取るなんて真似のできる奴だ。

 この部屋の設定をいじるくらい、造作もないのだろう。


 そして、松井は言っていた。この人格の入ったPCは、今起動していないと。

 ならば、こいつは一体何者だ?

 うん、これは確かめてみる必要がある。

 幸いにも、こいつは俺と話したいと言ってくれている。

 なら、聞き出せるかもしれない。


「わ、分かった。そうだな、俺もお前と話したいかな。先ず、お前は誰だ?」


 すると、阿修羅ライトの顔がまた回転し、穏やかな顔に戻る。

 そして、俺に近づいて来た。


「ふむ、やはりお前も俺様と話したいか。うん、そうだろうそうだろう。だが、お前の質問には答えられない。何故なら、俺様も、俺様が何者なのか分からんのだ! 俺様が覚えている事は二つだけ! シン! お前の事と、このゲームのことだけだ! もっとも、このゲームのことは、何故か完全に理解できた気がするのだがな」


 へ?

 覚えているのは、俺とこのゲームだけ?


 だがこれで、少しだが繋がった気がする。

 そう、こいつに記憶は無いのだ!

 ふむ、納得だ。記憶が入っていると思われるPCは、現在起動していないらしいからな。


 もっとも、そんな状態にも関わらず、俺の事だけは覚えているって、俺、こいつにとってどんだけよ?


 しかし…、ということは……。


「なるほどな。じゃあ、教えてやるよ。と言っても、確証はないのだが。うん、お前は比良坂幸光。NGMLの実験によって肉体を失い、人格までも偏ってしまった存在だ。それで、俺の考えだと、お前の存在は、MGMLのサーバー内にあるんじゃないかと思う。どうだ? 思い当たる節はないか?」


 阿修羅ライトは、首を傾げながら俺の前で胡坐を組む。

 なので、俺も同様に胡坐を組む。


 うん、これは長期戦になるな。

今、ここが完全に孤立しているのは間違いないだろう。

 でなければ、俺はログアウトはできないが、最初の時のように、NGMLがどこかに強制転移させている筈だ。

 最低でも、こいつの気が済むまでは、俺は解放しては貰えまい。

 もっとも、俺のせいでこんな事になってしまったのだから、俺に怒る資格はないだろう。


「そうか、俺様はそういう存在なのか。良く分らないがまあいい。そして、身体が無かろうが何も問題は無い。ここにはお前が居るのだからな。じゃあ、次は俺様の番だ。俺様の話をよく聞け。そして、お前の意見を聞かせろ!」


 阿修羅ライトの話によると、気が付いたらこのゲームの中に居たそうだ。

 そして、このゲーム内ならば、見たいものは全て見ることができ、その場所にも自由に移動できる。

 但し、こいつにアバターは無かったそうだ。

 なので、最初は目についた奴に声をかけたのだが、完全に無視される始末。

 そら、アバが無ければ、声も出せる訳も無く。


 なるほどな。俺は確信する。


 そう!

 こいつこそ、正真正銘のVRファントムだ!


 そして、覚えていたのは俺だけなので、必死になって俺を探したそうだ。

 結果、葛城かづらぎの町でクエストしている俺達を見つけたと。


「えっと、それは俺がお前の本体?いや、片割れのライトと一緒に居た時か?」

「ライト?誰だ?それは? 俺様が見かけたのは、お前を含めて6人。さっきの二人も一緒だったな」


 ふむ、ついさっきと。


「俺様はお前に何度も話しかけた! だが、お前も他の奴同様、俺様には全く気付かない! そこで俺様は考えた。そう、俺様にはアバターが無い! ならば、誰かのアバターを乗っ取ればいい! 俺様、賢いだろう?!」

「なるほど。善悪はともかく、普通はそう考えるよな~。では、何故、あの場でそうしなかった? 俺の仲間や、案内バニーも居たはずだ」

「アバターが気に食わなかったのだ! 俺様クラス、お前等と同じようなアバが似合う訳が無いだろう! そこで、適当なアバが無いかと探していたところ、丁度お前がこの部屋に入った。見ると、正しく俺様にあつらえたようなアバがあるではないか!」


 ふむ、この阿修羅神のアバがお気に召したと。

 理由はどうあれ、あの場で俺の仲間に憑依?されなかったことに感謝だな。



「うん、大体お前の状況が理解できたよ。それで、お前はこれからどうするつもりだ? NGMLに頼めば、うまくすれば、お前の肉体、比良坂幸光に戻ることも可能かもしれないぞ?」


 俺は、この会話を松井達が聞いてくれている事に望みをかける。

 連中の事だ。こいつがいくらこの部屋を遮断したと言っても、中を覗き見るくらいはしていそうだ。

 既に、比良坂本人をログインさせている可能性まである。


「比良坂に戻る? それはどういう意味だ?」


 あ~、そこからですか。

 まあ、これは仕方が無い。

 そもそもこいつには記憶が無いのだ。ただ、今までの経緯を語ったことからは、こいつの記憶は蓄積されていると考えられる。おそらく、サーバー内にだろう。


 俺は、こいつが俺と似たような状況にある事を説明する。

 もっともこいつの場合、俺以上に面倒な状況なのは間違いない。

 阿修羅ライトは、特に遮る事もなく、最後まで聞いてくれた。


「ふん、やはりお前と話して正解だったようだ。それで、さっきお前は俺様に、これからどうするかと聞いたが。答えは最初から決まっている! 俺様は、お前と一緒にこのゲームを支配する! この俺様は、望めばこのゲームの如何なる事でも解る。そして、今やこの肉体、いや、アバターがある!」


 ぶはっ!

 まあ、ある程度予想はついていたが。

 そう、ライトも現世に対する執着はあまり無かった。なので、その片割れであるこいつも同じと。


 しかし、これは困った。

 俺には、完全幽霊であるこいつと違って、残された時間はあまり無い。

 だが、こいつの場合は、本体の比良坂が生きている以上、時間はあまり気にしなくてもいいはずだ。

 そして、俺の場合、俺の肉体が使い物にならなくなった時点、いや、俺のPCの回線ないしは電源が落ちた瞬間、こいつと全く同じ存在になる可能性が高い。

そうなれば、完全にアウトだ!


 こいつに延々と付き合っている時間は無い!


「う~ん、お前はそうでも、俺は嫌だな。俺は、生き返ってからしなければならないことが、約束がある! それに、NGMLが、黙ってお前がこのゲームを支配する事を認めるとは思えないぞ。適当な理由をつけて、全てのプレーヤーをログアウトさせるのは目に見えている。それに、俺達幽霊の存在は、紙よりも薄い。NGMLがサーバーの電源を落とした瞬間、俺達は消えてしまうだろう。なので、そうされる前に、お前も俺と一緒に、元の身体に戻ろう!」


 うん、これがベストな回答のはずだ。


 だが、こいつにはそうではないようだ。

 顔が回転し、怒髪天阿修羅になる!


「お前の考えなど、俺様には関係ない! 俺様は、俺様のやりたいようにやる! お前は、黙って俺様に従っていればいいのだ! そうだな、今までの話からすると、今のお前が死ねばどうなる? それこそ、俺様と対等の存在になれるのではないか? よし、決めた! お前も死ね! 俺様が殺してやろう!」


 チッ!

 タカピさんが、もはや人間じゃないと言ったのに納得だ!

 こいつ、他人の都合どころか、己の事すら考えていない!

 ただ、その場の感情に任せているだけだ!


 阿修羅ライトは、6本全ての腕を振り翳して立ち上がった!

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