第97話 ゾーンへ入る方法
「姉貴、今晩は。それで、ライトはどうだった?」
「アラちゃん、今晩は。さっき直接会ったわ。まだ検査を続けているけど、肉体的には何の問題も無さそうね」
姉貴は答えながら、俺の正面に座る。
よし! ならば、今度こそ俺だ!
と、思ったのだが、姉貴の表情は喜んでいるようには見えない。寧ろ険しい。
そして、気になるワードが出た気がする。
「えっと、肉体的にはって? つまり、精神的には?」
そう、最も重要なのは人格だ!
この最先端医療に携わるNGMLならば、少々の身体の不具合程度、問題無いはずだ。何しろ、泉希の病気に至っては、死んでいる状態で手術をするなんて言ってのける人達だ。
「そこなのよね~。まあ、私の感じでは、さっきまで居たライト君と、それ程変化は無いので、人として致命的な欠損は無いと思うの。でも、明らかに元の比良坂君とは別人だし、何とも複雑よね~」
やはり、残念ながら、完全に元には戻らなかったと。
だが、ライトには悪いが、俺としては、元の比良坂よりも、さっきまでのライトの方が遥かにいい。もっとも、あれで本当に大丈夫かどうか、かなり疑問は残るが。
「後、これは岡田先生の考えなのだけれど、意識転移が起こった時の状態が重要らしいのよ。完全に一致しないと、不完全な転移に終わる可能性が高いそうなの。そして、あの比良坂君には、あのライト君と較べても、確実に欠けているものがあるはずよ。でなきゃ、ああはならないわね。とにかく、会えば分かるわ~」
ふむ、人格が完全に死体に残されていなかった事は、あの傲慢ライトで証明されている。
しかし、『ああはならない』とはどういう状態なのだろう?
あのライトとさほど変化が無いのならば、それ程問題は無いと思うのだが?
まあ、ライトに関しては、姉貴の言う通り、直接会ったほうが早そうだな。
「つまり、やはりあの時と同様に、ゾーンに入らないといけないという事か。それも完全な状態で」
「そう、しかも失敗はできないのよ。比良坂君の時は、記録を見る限りでは、彼、蘇生に成功してから、もう一度死んだらしいわね。何でも、桧山ちゃんの態度に激怒したとかで」
ぶはっ!
状況は想像がつく。きっと、あの傲慢モードのライトが桧山さんを怒らせ、その結果、桧山さんも彼を怒らせたと。
うん、この説明で、何故ライトが転移できたのかは納得だ!
ライトは、普通に意識の無い死体に転移できたのだろう。
そして、失敗が許されないのは当然だな。
「なら、あの傲慢ライトが転移した後はどうなった?」
「う~ん、聞いた話では、あれはもう人間じゃないそうね。住吉先生ですら、即座に消去すべきだって言い張ったのらしいのだけど、岡田先生の判断で、現在はデータだけの状態。つまり、PCの中だけの存在らしいわ」
げっ! つまりはログアウトさせたって事か!
それって、俺達データ人間にとっては、死を意味することになるのでは?
しかし、あの傲慢ライトからなら、何となく想像がつく。もはや手に負えなかったのだろう。
そして、それなら何かが欠けていて当然だ。
また、人間とは呼べなくても、ライトの人格の一部なのは間違いない。なので、データだけでも残しておくという判断は当然だろう。
だが、奴には気の毒だが、如何にデータが残っていたとしても、人格同士を結合させるなんて、不可能ではなかろうか? それでも、彼の場合は最低限で済んだと言えるかもしれない。あのライトならば、少なくとも、他人に嫌われるという事はなかろう。それはうちのメンバーが、彼を許した事からも証明できる。
もっとも、ライトの記憶を持ったAIのようなものが、既に3人も居る事になる。倫理観から考えても、もはや完全なカオスだな。
「そうか。何が欠けているかは分からないけど、その話なら、ライトもそこまで大きなものを失ってはいないようで、安心したよ。そして、俺の場合はハードルが高いだけに、大きなものを失う可能性が高いと」
「ええ、可愛げのないところなんかは、戻らなくてもいいのだけど、それも全て含めてアラちゃんなのよ。あら? 何言っているか分からなくなったわ。とにかく、可能な限り、最初に転移した時と同じ状態になるのよ! アンダスタ~ン?」
しかし、それが難しいので、姉貴も心配してくれている訳で。
「ま、まあやれるだけやってみるとしか。後は、どうしても運だろう」
「そうよね~。それで、どうやって集中させるか、結論は出た? アラちゃんの考えに極力合わせるように配慮させるわよ」
「うん、それなんだけど、やはりパーティーでのクエスト形式が好ましいと思う。それも未知で、それなりに今の俺達にとっては難易度が高いのがいい。だけど、俺達はもはや最高難易度のクエストをクリアしてしまっているし、そんなのいきなり用意できるかな?」
そう、あのクエストは俺達にとって未知のクエストだったし、あの当時の俺達の実力では、力押しでは厳しかった。
だが、今は違う。ローズ、サモン、クリスさんは異名が付くほどのプレーヤー。カオリンもタカピさんも、ステータスは彼らには及ばないものの、一系統だけなら、ほぼ極めている。
そして俺だ。そう、メイガスの能力に気付いた事により、普通では不可能なチートができてしまう。
なので、生半可なクエストだと、本気になれそうもない。
また、人数を減らして挑戦するのもありだろうが、それを言い訳に、そこに逃げてしまう可能性もある。スキルやステータスを減らすとかは論外だろう。
更に、最初からゾーンに入らなければならないという、プレッシャーもある。
「う~ん、そこは新庄ちゃんに聞いてみるわ。とにかく、希望は聞いたわよ。ただ、これは私の感想なんだけど、アラちゃんが今の状態で、前回のようになるのは難しいかもしれないわね」
流石は姉貴だ。最初からそれを心配していたのだろう。俺も今それを危惧していたし。
姉貴は更に続ける。
「アラちゃんの場合、余計な事を考えすぎなのよ。カオリンちゃんみたいに、いざ戦闘となると、猪突猛進するタイプのほうが楽なのは解るわよね?」
「うん、解る。だが、あれが俺のスタイルだしな~。いっそ俺も前衛に出て見るか? うん、あの時も前に出たからああなった訳だし」
「それはありかもね。まあ、私は記録しか見ていないから、アラちゃんが、その、ゾーンとやらに入った時の正確な状況も分からないけど」
う~ん。やはり、そうそう明快な具体案は出ないか。
「だよな~。でも、NGMLも、今はそれどころじゃなさそうだし。環境が整うまで、皆と相談してみるよ。うん、姉貴、ありがとう」
「大して力になれなくてごめんね~。でも、私だって、アラちゃんが片付かないと、お嫁に行けないから、頑張ってね~」
ぶはっ!
よくよく考えてみたら、姉貴にも迷惑かけまくりだな。
ここで姉貴が落ちたので、俺は引き続き考えるが、あまりいい案は出ない。
あの、鳴門から入れる新規クエストに賭けるしかないのかもしれないが、ここのクエストは、ある程度のレベルさえあれば、クリアだけならそれ程難しくはないのが大半だ。もっとも、コンプとなると、知識と頭脳を要求されるが。
かと言って、俺の為だけに難易度を引き上げさせるのもどうかと思うし、それを知ってしまった瞬間、本気になれない気もする。
ならば、やはりPVPか? タイマンではなく、3対3くらいなら丁度いいか?
しかし、サモン達とやった時には、ゾーンには入らなかった。まあ、勝負も一瞬でついてしまったが。
更によくよく考えてみれば、こんなゲームごときでゾーンに入れる方が異常なのではあるまいか? その証拠にブルは入った事が無い。入っていれば、彼女は俺と同じだっただろう。
ふむ、これは、こういうクエストがいいとか、希望を言っている場合ではなさそうだ。なるべくハードと思われるクエストに、どんどん挑戦していくべきだろう。
そう考えると、俺は居ても立ってもいられなくなった。
ギルドルームを出て、街の中心の転移装置を目指す。
流石は土曜の晩だ。もう1時前だというのに、まだかなりの人通りがある。
「シンさん! 一人で部屋を出て何をするつもり? でも、良かったよ。間に合いましたね」
聞き覚えのある声に振り返ると、人混みの中から、こちらに駆けてくるライトが居た。
相変わらずIDは非表示なっているが、このアバは忘れようがない。
装備もあの硬直する時と全く同じ、黒いローブ姿だ。
「お、お前、もう大丈夫なのか? というか、本当にライト、いや、比良坂なのか?」
俺は慌てて聞く
そらそうだ。いくら何でも速過ぎだろう。俺の読みでは、彼はまだ岡田部長の質問攻めに遭っているはずだ。
そして、これがライトの分身とかである可能性も否定できない。
俺の聞いている限りでは、ライトは本人を含めると、4人居るはずだ。
そう、先程の抜け殻ライト、コピーライト、桧山さんにぶち切れ転移のライト、そして蘇生成功ライトだ。
「ええ、僕は誓って本人ですよ。NGMLの人には、今日はゆっくり休めって言われたのだけど、シンさんが一人で外に出るなら話は別だよ。こんなチャンス…、いや、とにかく、僕もついて行くからね!」
ぶはっ!
何となくだが、姉貴が言った、ああいう状態ってのが理解できた気がする。
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