第86話 タカピさんの考え
タカピさんの考え
俺とカオリンは顔を見合わせ、小声で会話をしている。
ライトは不安そうに、俺達の顔を交互に見る。
(あたしは嫌よ! でも、シンが生き返るのに、このお馬鹿が必要なのも理解しているわ。だから、シンが認めるのなら反対しないわ。)
(俺だって、こいつの面倒を見切れる自信は無い。しかし、こいつは俺にとって、ある意味恩人になる存在だ。問題は他のメンバーの許可が得られるかだな。特にローズは厳しいだろう。)
(とにかく、全員に聞いてみないことには結論は出ないわね。)
(そうだな。こいつには少し待って貰おう。)
でも、待たせるにしても、今のこいつに行き場は無い。
ふむ、俺とこいつで組んで、パーティールームでも作るか?
それとも、松井に頼んで、特別な部屋を用意させるか?
うん、そっちのほうがいいだろう。松井も拒否はできないはずだ。
俺が松井にコールしようとすると、ギルドルームの扉が開く。
「シン君、カオリン、そして比良坂、いえ、ここではライトニングサークル君ですね。今日は。うん、いいタイミングでした。あ、僕はタカピ。何度か顔は合わせていますが、自己紹介はまだでしたね。シン君の主治医と言えば早いですかね。」
「「タカピさん、今日は。」」
俺とカオリンが挨拶を返すと、タカピさんは、至って自然体で空いているソファーに腰掛ける。
ライトは戸惑っているようだ。なんかもじもじしている。
ふむ、タカピさんは、このタイミングを見計らって、ダイブしてきた可能性が高いな。
おそらく、NGMLからのログインだろう。
ライトの解析が一区切りついたとも考えられる。
「は、初めまして。よ、宜しくお願いします。タカピさん。ぼ、僕の事はライトでいいです。」
ようやくライトが挨拶を返す。
「うん、ライト君、そう緊張しなくていい。僕もNGMLのやり方には、賛同できない部分は多々ある。しかし、現状この方法しかないというのも事実だ。それで、失礼ながら、先程の君達の会話は聞かせて貰ったよ。うん、僕は君を受け入れよう。ただ、まだ君の事を仲間として認めた訳ではないので、これは医者としての判断だ。」
やはりか。
しかし、これは助かる。タカピさんがOKならば、他のメンバーの説得が容易だ。医者の肩書はでかい。そして何よりも俺の主治医だ。
「は、はい。ありがとうございます。」
ライトは素直に頭を下げた。
「タカピさん、ありがとうございます。やはり良く考えると、今や俺とライトは運命共同体です。なので、俺も放っておけません。それで、今のライトは大丈夫なんでしょうか? ほぼ俺と同じ状態だとは理解しているつもりですが。」
タカピさんは、腕を組み、俺とライトを交互に見る。
「そうですね~。今判別できる部分では、シン君よりも、彼の方が状態はいいようです。それは最初からこうなることを予期していたから当然ですが。ただ、精神的な状態では、シン君の方が明らかに安定しているでしょう。そして、シン君を見ている限りでは、意識の転移が起こった前と後、性格とかは全く変化していませんね。しかし、ライト君は違う。この変化が原因だと言えば説明はつくので、まだ何とも言えませんが。しかし、これは精神病治療にも…、おっと話が逸れましたね。これでは僕もNGMLを批判できない。まあ、詳細はまだまだですが、今の所ライト君に顕著な異常は認められませんね。」
うん、それなら安心だ。
しかし、タカピさんの最初に言った状態とは、遺体の事だろう。これは流石に少し焦る。まあ、俺の場合は脳まで検査されたから仕方ないか。
そして、カオリンもそこが気になったようだ。
「じゃあ、シンを優先して蘇生実験するべきじゃないの?」
「うん、僕もその意見は否定しない。しかし、リスク面を考慮するとそうはならない。そもそも、シン君とライト君ではNGMLとの契約内容が違う。僕もこういうのはどうかと思うけど、その意味は解りますよね? なので、非人道的な事も、これからライト君には為されるでしょう。」
やはりここでも出たか。命の価値。何ともやり切れない。
なので、これでライトがしょげるかと彼を見ると、特に変化は無い。完全に受け入れている感じだ。
これはこれでかなりやり切れない。さっきのライトの説明で分かってはいたが、彼は完全に生、いやリアルに対する執着を捨てているからだろう。
「分かりました。俺が言うのもなんだけど、とにかくライトはここに居るのが最善のようだし。それで、カオリンはどう思う?」
「仕方ないわね。でもライトさん、ここで嘘は禁止よ! それと、シンに対して暴言とかは許さないわ! 最後に、ローズちゃんにはちゃんと謝罪すること! それがあたしの条件よ!」
「は、はい! そ、それでいいのなら。よ、宜しくお願いします!」
ライトはこれでもかと言うほど、深く頭を下げた。
「じゃあ、僕は引き続き見たいデータとかがあるので、これで失礼しますね。あ、今晩は参加できないと思いますので、狩りとかクエストとかやるなら、僕抜きの前提でお願いしますね。但し、結果はちゃんと聞かせて下さいよ!」
タカピさんはこれで消えた。
うん、タカピさんが態々時間を割いてくれた理由は分かる。カオリンにライトを承諾させる為だろう。
サモンとクリスさんは、あっさりと認めてくれそうな気がする。勿論、サモンの事だから、条件はつけるだろうが。
これで残った最大の問題はローズだ。
しかし、これはカオリンに任せるのがいいのかもしれない。
俺が言うと、強制するような感じになるからだ。
その意味でも、カオリンを納得させたのはでかいだろう。
「じゃあ、あたしも一旦落ちるわね。済ませておきたい課題もあるしね。それで、シンの考えも分かっているつもりよ。ローズちゃんにはあたしから言っておくわ。」
「うん、ありがとう。」
こういうのを以心伝心と言うのか? カオリンには本当に助かっている。
さて、カオリンも消えて、俺とライトじゃ場が持たない。
「ライト、ちょっと付き合ってくれ。時間もまだ5時だし、うちのメンバーが集まるのは8時くらいからだ。なので、その間に、ちょっとクエストで確認したいことがあるんだ。」
そう、俺が確認したいのは、『八咫の鏡』クエストでの、あの意味深な台詞だ。
『新たな道が開ける。』
そう、これは文字通りに取るならば、新クエストの追加と見るべきだ。
俺一人で行ってもいいのだが、今のライトを一人にするのは不味いだろう。
それに、ここは一度気分転換させた方がいい。
重い話ばかりじゃ息が詰まるだろう。
「うん、シンさんが僕でいいのなら、喜んで付き合わせて貰うよ。」
ふむ、こいつも大分落ち着いたようだ。
さっきまでの卑屈な言い方は幾分薄れたか? 俺もこっちの方が楽でいい。
同時に立ち上がって、部屋を出る。
「それでシンさん、何処へ行くつもり?」
ギルドホールから街の中心の転移装置までの道すがら、ライトが訪ねてくる。
「あ~、済まない。説明してなかったよな。まず、ライトは全ての神器クエストをクリアではなく、コンプしてるよね?」
「勿論だよ。でなければ、あのPVP、勝負にならなかったよ。」
うん、こいつも全てをコンプしていなければ、俺にPVPなんて仕掛けないなだろう。
「じゃあ、最後にコンプしたのは、『八咫の鏡』でいいかな?」
「いや、僕が最後にコンプしたのは、『八岐大蛇』だよ。やり方は新庄さんに教えて貰ったよ。今考えればとても恥ずかしい。NGMLの誰もが、シンさんは自力だったと言っていたからね。」
ふむ、やはりか。
しかし、こいつの心境の変化は一体なんだ?
以前のこいつならば、使える物を使って何が悪いという感じだったのだが。
「なるほど。じゃあ、最後の『八岐大蛇』をコンプした時、何か言われなかったか? 新しい道が開かれるとか?」
「う~ん、良く覚えていないけど、何か言われたかもしれない。うちのギルドの人に聞けば確かなんだろうけど、もう連絡が取れないから。」
ライトは視線を落とす。
うわ~、これは聞きたくなかった。
しかし、欲しい情報はすぐに管理側に聞ける、あの時点でのライトとしては、そういった細かい事を覚える必要が無い。上の空という奴だ。なら仕方がないか。
俺も姉貴の授業、聞いているはずなのだが、集中できていない時の内容は覚えていない。おかげで、文字通り痛い目に遭わされた訳だが。
「いや、俺が最後にコンプした『八咫の鏡』で言われたんだよ。『新たな道が開かれる』って。なので、京都に行って、新クエストが追加されたか、確認したいんだ。」
「なるほど。それは僕も興味があるね。早速行ってみよう。でも、京都に追加されるとは限らないんじゃないか?」
あ~、こいつはあの聞き方を知らないと見える。
「まあ、ついて来てくれ。保証はできないけど、何らかの情報を得られると思うよ。」
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