第36話 続・二人だけのクエスト
続・二人だけのクエスト
部屋に入ると、外のログハウスの見かけとは違って、中はかなり広い。
高い天井に、壁には一面のステンドクラス。
ふむ、教会のイメージだな。
正面に祭壇のようなものがあり、その前には、真っ黒なローブに身を纏った奴が一人だけ立って居る。
緑色の顔なのだが、顔の肉が崩れ落ち、性別すら分からない。とにかく醜悪という一言だ!
一応人型なのだが、アンデッドか?
「お~、迷える子羊よ! よくぞここに参られた!」
そいつは俺達に向かって喋り出した。
ん? 子羊? こいつ、神父か?
ゾンビ神父は、ローズを指さし、更に続ける。
「なんと! 此処までの道中、そなたがたった一人で、道を切り開き、背後の者を守って来たと申すか! なるほど、勇者と呼ばれる者のようだな! これは歓待せねばなるまい! 者共、かかれ!」
俺は緊張して身構える!
しかし、周りには、目の前にローズの背中があるだけで、何も居るようには見えない。
もしや?
俺は後ろを振り返るが遅かった!
後ろからついて来ていた小人が一斉に俺に飛び掛かる!
チッ! こいつら、罠か!
今まで、ずっと健気にローズにバフを与え続けていたので、完全に信用してしまった!
慌てて杖で振り払おうとするが、間に合わない!
一瞬で俺は、小人達に完全に手足を拘束されてしまった!
何て力だ!
小人と思って舐めていたが、全く身動きできない!
しかも、俺の腕を掴んでいる奴、宙に浮いているのに、何故か腕が動かない。
何かのスキルか?!
とにかく、この拘束を解かねば!
そうだ! デバフだ!
『パワーダウン』でこいつらの力を削げば、何とか抜け出せるか?!
「オールパワーダウン!」
しかし、一向に力は弱まらない。
そして、祭壇の前のゾンビ神父がまた喋る。
「は~はっはっ! 無駄! 無駄! 無駄ぁ~っ! そなたは黙って大人しくしているが良い! 『エターナルバインド!』」
げ! 何か喰らったようだ!
ステータスを確認すると、幸いHPは全く減っていない。
しかし、予想通り状態欄に見た事も無い表示がある。
『行動不能』
何じゃこりゃぁ~っ?
アイテムフォルダーから、万能薬を使おうとするが、それも無理のようだ。
身体が全く動かないのだ。
他のデバフ、『オールスリープ』を唱えようとするも、それも無理だった。
頭の中で、呪文が何故かかき消される。
「ローズ! これは?!」
ここで俺は気付いた!
そうだ! 普段のローズなら、俺がこんな事になっていれば、真っ先に助けに来るはずだ!
うん、これは彼女も何か喰らっている!
すると、ローズは振り返って俺に叫ぶ。
「だ、大丈夫っす! あたいがあいつを倒して、シンさんを助けるっす!」
ん?
ローズは動ける?
ふむ、奴を倒せばこの拘束が解けると?
すると、今度はゾンビ神父だ。
「そう! 我を滅ぼせばそなたの愛しい者は解放されよう! では、勇者『ローズバトラー』よ! そなたの『シン』の為、かかって来るが良い! 我が全力で相手してやろう!」
そいつがそう叫ぶと、身体に衝撃が走る!
一瞬で景色が変わった!
目の前には祭壇とゾンビ神父の背中が見える。
ふむ、俺はどうやら、教会の奥、祭壇の後ろの柱か? そこに飛ばされたと見ていいだろう。
しかし……。
これは……。
怪しいどころじゃねぇ~っ!
何? 『勇者ローズバトラー』って? 何? 『愛しい者』って? 何? 『そなたのシン』って?
う~む……。
俺はここで気付いた。
あ~、もういい! 勝手にやってくれ! 俺はシラン!
目の前でゾンビ神父とローズが戦っている!
ゾンビ神父は片手に杖、もう一方の手には剣と、何とも反則的な装備だ。
そこにローズが右手の斧を振り翳し、突撃する!
「うわ! ヤバいっす! やられそうっす! でも、僕、あ、違ったっす。あたいは負けないっす! シンさんを救うっす!」
はいはい。
ところでローズ、お前の左手の装備は、そのメモ用紙でいいのか?
ゾンビ神父も負けてはいない!
杖を振り翳しながら叫ぶ!
「何と! 流石は勇者ローズバトラー! これ程の力があったとは! 少々侮っていたわ! 喰らえ! 邪神の裁き! わ~っはっはっ!」
ローズの頭上から、無数の雷が降り注ぐ!
ふむ、かなり派手な演出だな。
だが、ローズのHPは全く減っていない。さっきからずっと満タンだ。
「こ、これは効いたっす! え~っと、でも、僕の力はこんなもんじゃない。これでとどめだ~。ファイナルラブラ・・っつ! ホーリークラ~ッシュ!」
ふ~ん、初めて聞いたスキル名だな。おまけに舌噛んでるし。
だが、見た限りじゃなんか凄そうだ。
ローズの斧が真っ白に輝き、ゾンビ神父の胸に、吸い込まれるようにヒットする!
「ぬぉ~っ! 流石は勇者ローズバトラー! 此度は我の負けを認めてやろう! しかし、次は無いと思え! わ~っはっはっ! ぐふ。」
ゾンビ神父は消えた。
それと同時に、俺に纏わりついて居た小人も消える。
辺りに柔らかい光が差し込んで来た。
ローズが俺目掛けて駆けて来る!
「シンさん! 見たっすか?! あたいやったっす!」
「はいはい、ご苦労様。で、何故俺の拘束が解けない? 悪役倒して、ハッピーエンドでは?」
「ま、まだ終わってないんです!」
ん? まだ何か出て来るのか?
すると、ローズは俺の目の前に来た。
そして、少し背伸びする。
おい! 近いぞ!
ドストライクの美貌が俺の眼前に迫る!
ここで俺の拘束が解けた!
あ~、そういう事ね。
キスしてエンディングと。
なんか、もうどうでもいいや。
どうせリアルのキスじゃなし。ちょこっと唇が触れて終わりのはずだ。
ローズが俺の首に手を回す。
まあ、ここまで頑張ったんだし。
俺も呆れてはいるが、悪い気はしない。
ローズの唇が俺に触れると、いきなり目の前に「CONGRATULATION!」の文字!
そして、「最愛の人と結ばれろ! クエストコンプリート!」と、続けて流れる。
ぐは!
そら、クエスト名は言えない訳だ。
現在、俺は温泉に浸かって寛いでいる。そう、ローズに教えてもらった箱根の温泉だ。
そして、あの後、ちょっとしたことがあり、俺一人だ。
「しかし、ローズも何だって俺なんかにそこまで。」
俺は温泉気分を満喫しながら考える。
先程のクエスト、あれの意味は良く分る。
要はカップルを二人っきりにさせ、彼氏が彼女に対して、思いっきりかっこいいことを見せつけてから、告白するという趣旨なのだろう。もっとも、俺達の場合は、逆だったが。
まあ、それはいい。俺も結局、ローズのキスを受け入れてしまった訳で。
ただ、ローズとこのまま付き合うかと問われれば、かなり迷う。
何しろ俺にはリアルが無い。
もし元に戻れたのなら、俺がローズの車椅子を押しながらデートってのもありだろう。
しかし、ローズはそれを望んでいるようには見えない。
今までの感じからすると、彼女は自分のリアルを完全に否定しているからだ。
リアルでは全くの廃人。しかし、この世界では『鉄壁のローズ』と異名を取る程の存在。俺だって、彼女の立場なら、リアルを捨てたいと思うだろう。
う~ん、俺ごときでは結論が出んな。
「シンさん! あれは一体どういうことっすか?!」
ふむ、あれからもう20分も経ったか。
この温泉、かなり快適なんで、時間が経つのを忘れてしまうな~。
ローズがじゃぶじゃぶと音を立てながら、俺の目の前に入ってきた。
「だって、お前、舌を入れようとしてきたろ!」
当然、このゲームではディープキスなんて出来ない。おかげで、俺は口の周りを舐め回された訳で。結果として、彼女はセクハラぺナを喰らって強制ログアウトと。
俺は、湯を掬って顔を洗う。
「あ~なんすか! その態度! そんなに嫌だったんすか!」
「本当に嫌なら、あのイベント、コンプ出来なかったはずだぞ。あれはやり過ぎだ!」
そう、キスしてコンプなら、俺があそこで拒否していればそこで終わりだ。
「そ、そうですよね。じゃ、じゃあ、シンさんは私と付き合って下さるということですよね!」
ローズは顔を真っ赤にしながら、少し俯いて、上目遣いで俺に聞く。
う~ん、こういう表情もいいのだが……。
「済まない。それを今、真剣に考えていた。それで、まだ結論が出ていないんだ。」
「そ、そうですか。でも、真剣に考えて下さるなら、私は嬉しいです。はい、私は絶対にシンさんを振り向かせます!」
彼女はそう言いながら、俺の隣に座り直す。
「ローズ、一つ訊かせて欲しいんだけど。もし、俺が元の身体に戻れたら、君はどうするつもり? こんな事故があった後だ。俺が再びこのゲームにログイン出来るかどうかは不明だぞ。」
「そ、その時は…。はい、きっぱり諦めます! そういう約束ですから。」
あ~、そういやカオリンと何か言っていたな。
「ふむ、しかし君は良くても、俺は良くないだろうな~。もし、俺が君と付き合う事になり、且つ、リアルの身体を取り戻したら、俺は間違いなくローズの病院に押し掛けるだろう。」
「お、お願いです! それはやめて下さい!」
やっぱりか。
「という事は、俺とはここだけの関係にしたいと?」
あ、これは言い方が悪かったか?
これじゃ、どこぞの不倫カップルだ。
「そ、そうですね。勿論、他のVRゲームでも構わないですけど。とにかくリアルではお付き合いできません!」
「じゃあ、君の病気が治ったら?」
「え? それは考えた事が無かったです。そうなればそれは……。」
彼女は俺に肩を預けて来た。
そして小声で言う。
「つ、付き合って…、い、いえ、だ、抱いて欲しいです。」
うん、それが普通だと思う。俺だって健全な女性であれば抱きたい。
彼女はボリュームを上げる。
「でも、でも、それは私の勝手な願望なんです! 私の身体はもはや人間とは呼べません! さっきのゾンビと大差無いんです! リアルの私が普通の人と恋愛なんて、そもそも不可能なんです!」
あ~、これ、全く俺と一緒じゃないか。
俺に恋愛はしていいと言いながら、彼女はこうだ。
「よし、分かった! ただ、返事についてはまだ待って欲しい。本当に済まない。それで、俺は一旦ギルドルームに戻る。ローズはここで待っていてくれ。」
俺が立ち上がると、ローズは水しぶきを上げて水没した。
だから、もたれ過ぎだって。
「ひ、酷いっす! あ、あたいも行くっす!」
「う~ん、できれば外して欲しいんだけど。」
「そうっすか! あたいと一緒は嫌だと?! 分かったっす! 何分くらいっすか?!」
「そういう意味じゃないんだけど。多分、30分くらいかな?」
「仕方ないっす。了解っす! じゃあ、あたいは久しぶりにエンドレスナイトに顔出してみるっす。」
「うん、じゃあ、また後で。」
そう、彼女をぬか喜びさせてはいけない。
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