VRファントム

BrokenWing

第1話 ゾーン

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           ゾーン



 2030年、某国の無人兵器の技術が一般に漏洩することにより、ゲーム業界は新たなジャンルを得た。

 そう、フルダイブ型のVR(仮想現実)ゲームである。

 それにより、大手のゲームメーカーは、こぞって新作を発表するが、安全面等をクリアできたのは数社のみ。

 仕組みとしては、脳の電気信号を読み取る装置を頭から首にかけてすっぽりと被り(ブレインアダプター、通称BA)、自宅のPCと接続し、そこからネットに入り、ゲーム会社のサーバーにというものである。


 そして、そのうちの一社、次世代医療研究所(NGML)が開発したVRゲームが、大人気となる。リリースされてからたった半年で、日本国内のユーザー数だけでも約十万。そこに海外からのユーザーも加わり、15万人以上の登録を誇る。


 このNGMLという会社、元々は政府直属の医療研究部門だったものだが、儲かりそうだとのことで、民営化される。そして、某国の軍事漏洩を応用して、脳神経関連の医療技術を研究していくうちに、ゲームに転用出来ることが判明。その結果、社長の号令の元、小規模のネットゲーム運営会社を吸収。すると、「こんなんできました!」って、気が付いたらVRゲームの大御所みたいになってしまったようだ。


 そうして、発売されたのが、このVRオンラインRPGゲーム、『素戔嗚スサノオ』である。


 このゲーム、名前から分かる通り、日本神話の世界を組み入れたRPGであるが、純和風というものではなく、亜人の街、原始人の街、爬虫人類、昆虫人間、悪魔、エイリアン、まさに何でもありだ。申し訳程度に、日本神話関連が、メインイベントでちょろちょろ出てくる。

なので、ゲームの世界観としてはどうかなのだが、多種多様な種族と魔物が登場する事と、戦闘システムやRPGのクエスト自体は単純で取っつきやすい事、更に自由度の高い設定から、ユーザーの支持を得たようだ。


 そして、ゲーム性より何よりも、NGML社のBAが最も安全性が高いと評価されたことが大きい。開発されたばかりのこの分野、まだまだ発展途上で、NGML以外の会社の作ったBAでは、命には関わらないまでも、それなりのトラブルが出ているからだ。





 俺の名前は 八咫新ヤタ アラタ。22歳♂。


 更に、俺のIDは『シン』。単純に自分の名前を音読みにしただけだ。

 俺の役どころとしては、支援魔法要員。一応、武術系も最低限のスキルを取ってはいるが、どうもこっちのほうが性に合うようだ。レベルは42。発売直後に並んで購入したので、これでも古株である。もっとも、廃神と呼ばれる連中は、既にレベル99でカンストしている。


 ちなみに俺のアバターは、銀髪以外は、何処にでもいるような男。勿論美形にすることも可能だったが、これもリアルとあまりに差があると、苦労しかねんとの思いで、普通の奴にした。身長もリアルと一緒の165cm。

 現在の装備は、灰色のローブと、それに一体になっているフード、そして、魔力を30アップしてくれる藍色の杖。俺のレベルでの、一般的な魔法職の装備だ。



「サイカちゃんは、アロさんにヒールお願い! アロさんはそのまま雑魚を引き付けて! ミントさん、杖でどついていないで、全体魔法お願いします! カオリン、ボスは任せた! パワーブースト!」 


 現在、俺と、俺の所属するパーティーは、スサノオにダイブして、クエスト『蟻帝国を潰せ!』の最終ステージだ。20m四方の薄暗い小部屋の中で、3mはあろうかという真っ黒な女王蟻と、そのお引き。こいつは緑色で1mくらいだが、5匹いやがる。そして、そいつらと目下ドンパチ中である。


 今、俺が指示しているのは、当然俺の仲間だ。支援魔法(バフ、デバフ)専門なんで、そういう雑事?は全て俺に押し付けられる。

 

 現在、アロさんの周りには、全ての蟻共が群がっている。その背後から、ミントさんがピンク色の杖でどついているが、あまり効いているようには見えない。カオリンの白銀の大剣による攻撃がボスに集中されてはいるが、いかんせん一人では火力不足の感は否めない。


「サイカ、了解なの。ヒール!」


 アロさんの身体が緑色に光る!


 この、サイカちゃんってのは、回復魔法要員。俗に言うヒーラーだ。15歳の女子中学生と本人は言うが、廚二が若干入っており、本当かどうかかなり怪しい。実は男だった、ってのもあり得るのがネットの世界だ。

 レベルは15と、このパーティーでは一番低いが、ヒーラー関連に絞って成長させてくれているので、うちの重要な回復役だ。

 アバターはピンクの髪のツインテールで童顔。身長は150cmくらい。真っ白なローブを纏い、これまた真っ白な杖を振り翳している。


 ちなみに、このゲームのアバターは、顔や髪形、体型、性別までは自由に選べるが、身長だけは実際の身長の前後5cm以内と決められている。リアルとあまりに差があるとダメらしい。なので、彼女のリアルの身長は、145cm~155cmの範囲ということになる。


「おう、サイカちゃんありがとう! 蟻どもめ! 僕に群がれ! スキル、挑発!」


 この盾スキル、『挑発』によって、ばらけかけていた蟻共が再びアロさんに集中する!


 アロさんは、正式IDはアロンダイト。勝手に略させて貰っているが、皆もアロさんって呼んでいるし、問題ないだろう。このパーティーのリーダーであり、盾役ガード。年齢は28歳と若干高いが、その分、頼りになる。レベルも45とこのパーティー1番で、そういった意味でもリーダーに相応しい人だ。

 アバターは、金髪白人風の、彫りの深いイケメン。身長も180cmくらいある。巨大な盾と、銀色の鎧兜でがっちりと身を固めている。


「あら~、リキャストタイム、終わっていたのね~。ファイアトルネード!」


 アロさんに群がっていた蟻共全てに、炎の竜巻が襲い掛かる!


 ちなみに、その中心に居るアロさんは無事だ。このゲーム、同士討ちが無効の甘々設定だからだ。


 そして、このちょっと間延びした魔法担当ウィザードが、ミントティー。通称ミントさん。この人は24歳のOLということらしい。これも本当かどうかは分からん。が、この人の醸し出す柔らかい雰囲気が、このパーティーの潤滑油になってくれている。レベルは30。

 アバターは赤髪を後ろで束ねた、丸顔の美人。身長は結構高い。170cmくらいか?

 この人の装備は、ローブ、フード、杖、全てピンク色で統一されている。何でも、効果よりも見栄えが重要なのだそうだ。はっきり言って俺の装備のほうが、総合的に見て優れている。

 

「感謝するわ、シン! これで百人力よ! 喰らいなさい! 兜割り!」


 カオリンの剣が一瞬白く光り、ボス蟻に吸い込まれるようにヒットする!


 最後にこのカオリンだが、典型的な攻撃役アタッカー。レベルは35。女だてらに剣をぶん回し、この世界の住人を屠るのを無上の生き甲斐としているようだ。


 アバターは、青髪ポニーテールで、切れ長の目、少し面長の顔立ち。最初から美人設定でのアバじゃないのに、かなりの美貌である。ぶっちゃけ、リアルの彼女と、髪の色以外はほぼそっくりだ。鏡を見ながらアバの設定をしたのだろう。「リアルと違いがありすぎると、絶対に支障が出て来るぞ。」との俺の助言に従ったようだが、ここまで似せなくてもいいだろうに。

 装備は、彼女のレベルの前衛職の一般的な装備、真っ赤な鎧に銀色の兜、それに攻撃力が50アップする大剣だ。


 そして、彼女だけはお互いのリアルを知っている。21歳の女子大生。ちなみに、俺の顧客でもある。


 言い忘れたが、俺の仕事はPCの修理。個人経営で、主に、IT知識のあまり無い、定年退職したような方から生活費を頂いている。

 カオリンとは、俺が彼女のPCからウィルスを除去した時に知り合い、何か面白いゲームはないかと聞かれ、俺がこのゲームを紹介した。それ以来、PC関連ならくだらん事でもメールして聞いて来る。美人なので、悪い気はしないのだが、タダで使おうとするのは勘弁して欲しい。


「アロさん、行きます! ガードアップ! サイカちゃん、暫くはアロさんの専属ヒーラーでお願い!」

「了解なの! アロさん、任せてなの!」

「おう! シン君、サイカちゃん、助かる! こいつら結構パワーある!」

「シンちゃん、私のマジックブーストもそろそろ切れるわよ~。」

「ミントさんはまだ一発撃てますので、その後行きます!」

「このボス、倒してしまっても構わないのよね?」

「カオリン! アニメの見過ぎだ! ああ、できるならそうしてくれ!」


 う~ん、これはヤバいな。カオリンはいいが、アロさんが心配だ。

 今はアロさんが一人で敵を引き付けて、尚且つ耐えてくれているが、サイカちゃんの回復が間に合わなくなれば最期だろう。

 また、アロさんの盾スキル、『挑発』が切れると、カオリンにも攻撃が行く。かけ直すには、30秒のリキャストタイムが必要だ。


 そして、カオリンはああ言っているが、ボスのHPゲージを見る限りでは、まだまだかかりそうだ。もっとも、彼女の連続攻撃は素晴らしいの一言だ。思わず魅入ってしまう程だが、彼女のレベルと装備では、正直きつかろう。

 そもそもこのクエスト、パーティーの平均レベル35以上が推奨となっているが、それは正規の6人編成での前提だ。

 うちは現在5人で平均レベルが33.4。流石に無理だったか?


 これは俺も攻撃に参加しないと!


 とは言っても、俺の攻撃力は大して無い。

 アロさんやカオリンのような武術系を特化させた奴からすれば只の雑魚。

 そんな俺が前線に出れば、普通は足手纏いになる。


 だが、待てよ?

 効率良く、武術スキルと魔法を交互に使えば?


 このゲーム、魔法やスキルを一度使うと、次に同じ系統を使うまでに、それぞれリキャストタイムが必要となる。一度、強力なスキルや魔法を使うと、次に使うまでにかなりの時間を待たなければならない。

 ミントさんの『ファイアトルネード』だと、強力な全体魔法故に、次に魔法が使えるまで20秒。ステータスアップの補助魔法を唱えた俺も、次の魔法までは10秒かかる。

 しかし、その間でも武術スキルなら使えるし、勿論通常攻撃も可能だ。


 ふむ、今までは、面倒なんで考えたことも無かったが、恐らく上位のプレーヤーは当たり前のように使いこなしているのだろう。

 もっとも、最初は魔法か武術、どちらかの系統に特化させるのがセオリーなので、これくらいのレベルで、両方取っている人は少ないかもしれないが。


 俺は剣術スキルで『フェイント』が使える。というか、これくらいしか使えないが。

 こいつは割と成功率が高い上に、消費MPも少なく、且つ、リキャストタイムも5秒とかなり短い。しかし、効果も相応で、一回だけ相手の通常攻撃を空振りさせるだけだ。

 今戦っている蟻だと、5秒もあれば、3回は攻撃してくる。だが、こいつら、通常攻撃が殆どだ。なので、そのうちの一回でもミスらせることが出来ればかなりでかい。


 うん、やって損は無い筈だ。少しでもアロさんの負担が減らせるだろう。

 今はアロさんの『挑発』が効いているので、俺が攻撃を喰らうことも無い。と言っても、後20秒程度だが。


「アロさん、俺、『挑発』が切れるまで前に出ます!」

「うん、任せる! 好きにやってくれ! カオリンもお引きから頼む! 確かにこのままじゃきつい!」

「「はい!」」


 俺は前線に躍り出た!


「フェイント!」


 狙いは当然最も攻撃力が高いボス蟻!

 よし! 成功だ!

 ボス蟻の攻撃は明後日に振るわれた。


 こいつの攻撃を一回空振りさせるだけで、アロさんの負担はかなり減るはず。

 現状、彼はボスを含めた6匹の蟻共に囲まれ、盾を構えて、防御一辺倒だ。

 彼のレベルと、防御に特化したステの割り振りに感謝だな。


 うん、まだアロさんのHPは半分以上ある。


 俺は頭の片隅でパーティー全員のステータスを確認する。

 知りたい情報があれば、それが可能ならば、思うだけで確認できる。全くフルダイブとは凄いものだ。


「今のうちに削らせて貰う!」


 俺はお引き目掛けて剣を振るう。

 当然、あまり効いてはいないが、やらないよりはマシだ。


「剣舞!」


 カオリンが、かたまっている蟻共の間を縫うように、攻撃を入れて行く!


 この攻撃は威力こそ低いが、武術系スキルでは数少ない全体攻撃だ。

 だが、当然リキャストタイムも長いので、多用はできない。


「フェイント!」


 よし、また成功だ。

 しかし、アロさんはその間も攻撃を喰らっているので、HPは遂に半分を切っている!


「ヒール!」


 サイカちゃん、ナイス! 

 うん、これでまた暫くは持ってくれる!


「フェイント! アタックダウン!」


 『アタックダウン』は補助魔法で、相手の攻撃力を低下させる。これも当然ボス蟻にかける。

 そして、続けざまにお引きに再び剣戟!


 うん、乗って来た! この戦法でいける!


「フェイント!」


 続けてお引きへの攻撃で、遂に一匹仕留める!

 もっとも、カオリンの削り残しを頂いただけだが。


「ファイアトルネード! シンちゃん、ここでマジックブースト時間切れよ~。」


 アロさんに群がっている敵全てに、炎の渦が襲い掛かる!


「了解です! フェイント!」


 問題無い。俺のリキャストタイムの方が、ミントさんのよりも短い。


 そこで突然、俺の身体が勝手に動いて群れから距離を取る!


「カオリン、気をつけろ! 『挑発』が切れる!」

「分かったわ!」


 雑魚の一匹がカオリン目掛けて前脚を振るうが、彼女は俺の忠告のせいか、軽く避ける。


 ん? しかし何だ? 今のこの感覚は?

 考えるよりも先に身体が動いたぞ?

 ふむ、これがスポーツ選手とかが言う所の、『ゾーンに入る』って奴か?


「フェイント!」


 ボス蟻の背後からまた仕掛ける!

 もはや、何も考えていない。

 身体が勝手に動く!

 気付くと、隙のあるお引きへ、ヒット&アウェイしている!



 その瞬間だ! 身体が硬直した!

 頭の中でちかちかと無数の光の点が明滅した後、それが収束し、一斉に光の糸を引く!



「やた…、シン! 何ぼさっとしているの!」

「ん? 俺、何か喰らったか? ちょっと意識が飛んだようだが? カオリン、俺、どれくらいぼさっとしてた?」

「え? こいつらにそんな特殊攻撃はないはずよ? 7~8秒くらいかしら? とにかく集中してよね!」

「あ、ああ。」


 しかし不思議だ。

 カオリンの言う通り、こいつら、魔法系統は唱えないし、たまに尻の毒針で攻撃してくるだけだ。

 それに麻痺攻撃ならば、俺は既に『麻痺耐性中』を得ているので、かなりのレベル差が無い限り、喰らっても効かないはずだ。

 敵の行動を一瞬封じる、『ショック』という魔法もあるが、それを喰らった時はあんな感じじゃなく、意識もちゃんとあった。


 バグか?


 その後は、この戦法で良かったようで、時間はかかったが、順調に雑魚から仕留めていく。

 ボス蟻のHPを削り切る頃には、俺とサイカちゃんのMPが切れたので、まさにギリギリだったようだ。

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