都市伝説ー王様

@1616

第1話

「えぇ、〔王様〕!」

 夏美の第一声のトーンと驚きの表情から、秋人は都市伝説に従って『不合格』に傾く。

 合コンで知り合って一年後、プロポーズ用指輪をポケットに入れた秋人が二歳下の夏美を連れて来た店が、駅前の豚饅の〔王様〕。

 愛くるしい容貌、量販店で買ったような洋服をセンス良く着こなす夏美の外面、銀行勤務の割に早とちりするが、お金に頓着せずサッパリした人柄は秋人の嫁基準に合格している。 だが賢い女は嫌われる性格を見せないし、一年で女の内面を見抜く自信は秋人にない。

 夏美の次第に不機嫌になっていく表情から、秋人は『不合格、別れる』に更に傾く。

「学生時代に金欠になったら、この店に来てたんだ。お代わりできるキャベツの千切りが付いて五百円の豆腐焼売が大好きで」

 秋人が言い訳がましく、ボソッと呟く。

 返事もなく無視した夏美に、秋人は『不合格』の決定を下した。夏美への関心を無くし、秋人は豆腐焼売を夢中で食べ始めた。


〔王様〕に来て驚きの第一声を発した後、夏美は店内に知人がいないことに安堵した。

『金持ちを狙う女は王様に連れて行く男を振る』という都市伝説、この都市伝説を知った男が嫁試験に彼女を王様に連れて行くことを思い出し、夏美は次第に不機嫌になる。

(いつもお洒落なロシア料理店に私を連れて行く秋人がこの店? あの都市伝説を信じて、私がお金目当てか確かめてる? 私から別れさせようとしてる? 別れたいなら遠回りせずにはっきり言えばいいじゃない)

 秋人がこの一号店で豆腐焼売を食べた話をした時、夏美は返事も忘れ懐かしい思いに耽っていた。(豆腐焼売は私がヒントを出した人気商品。秋人がここで豆腐焼売を食べてたとは縁を感じるが、私と別れようとしている。秋人との最後の晩餐が一号店でよかった)

〔王様〕は現在二百店以上あるが、一号店は幼い夏美の遊び場と寝場所だった。父も思い入れがあるのか一号店は改装していない。

 大好きな豆腐焼売に夢中な秋人は、店内を見回す夏美の嬉しそうな表情を見逃した。夏美の内面を知らず、夏美の家が小さい飲食店と思いこんだまま、秋人は夏美と別れた。


 秋人と別れた夏美は銀行を止め、家業の〔王様〕に入社し、五年後の三十歳の今、経理部長である。秋人に連れて行かれたロシア料理店〔鶴の里〕にお気に入りのメニューを見つけ、時たま足を向ける。

 商社勤務の秋人は夏美と同様、お金目当ての人を近づけないため、親の職業を隠していた。夏美と別れた秋人も商社を止め、家業の外食チェーンに入社し今は営業本部長である。 チェーン店の一つの〔鶴の里〕に久しぶりに来た秋人は、店内の監視カメラで夏美を見つけ、夏美の席に駆けつけた。

「久しぶり。この店を覚えてたんだ」

 秋人から渡された名刺を見て驚きながら、夏美も自分の名刺を秋人に手渡した。

 名刺を凝視して驚く秋人に夏美は笑いながら囁く。「〔王様〕の娘よ。秋人さんは嫁試験に合格した人と結婚した?」

「あの都市伝説を信じた俺はバカだったよ。早とちりかと反省しながら夏美のような人を待って、今も独身だよ」

「私も豆腐焼売が大好きな男性が見つけられず独身よ。〔鶴の里〕で再会した男女は結ばれるって、都市伝説を作りましょうか?」

 夏美がニヤリとしながら言うと、秋人は真剣な顔で応える。「いや、〔王様〕で別れて五年後に〔王様〕で再会した男女は結婚する新都市伝説を作ろう。あの〔王様〕に一緒に行って豆腐焼売を食べるシーンから始めよう」

「豆腐焼売は千円になったけれど良いの?」「勿論。今度こそ五年遅れのプロボーズをするよ」

「指輪は買わないでね。五年前に秋人が店で落とした指輪を、私が持って行くから」

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