第13話

 風に乗って犬の鳴き声が聞こえて来た。


 浜辺の向こうに人の影とその前に小さな影が走ってやってくるのが見えた。


 風で煽られた砂が舞って琉海に吹きつける。


 琉海は目を閉じ小さな砂嵐が去っていくのを待った。


 目を開けると男はいなくなっていた。


 代わりに手足が短い白いモコモコした犬が荒い息をついて琉海を見上げている。


「茶々丸」


 犬は身を翻しボールが転げるように呼ばれた方に走っていく。


 頭を撫でられ喜ぶ犬は主人の周りをぐるぐる回る。


 犬が従っているのは背の高い男だった。


 その周りを犬が回っているのでまるで灯台のようだなと琉海は思った。


 灯台男は険しい顔をして琉海を見た。


 羽織ったコートから覗く白い琉海の素肌を見て灯台男は数歩後ずさった。


「な、な、な、な、な」


 辺りを見回す。


「あの」


 琉海が話しかけると灯台男は全身を強張らせた。


 犬がワンと琉海に向かって吠える。


 琉海がコートのボタンをかけると灯台男はほっとしたように肩を撫でおろした。


 それでも警戒するような険しい表情は崩さない。


「ちょっと前にこの浜で溺れそうになった男の人たち知らない?」


 灯台男の体が再び固まる。


「知らない?」


「知んねえよ、そんなの」


「そっか」


 灯台男はその場を立ち去ろうとする。


「あの、どこに行ったら男の人たちがたくさんいるかな?」


「おまえ何?娼婦かなんか?このくそ寒いのにそんな格好で」


「娼婦?」


 姉たちから習ったような習わなかったような。


 いつも真面目に話を聞いていなかったものだから記憶があやふやだ。


 でも確か男と契りを結ぶ女のことだったはずだ。


「まあそんな感じかな」


「だろうな」


 灯台男は冷たく琉海を一瞥すると背を向けたが思い出したように振り返る。


「なんでこの浜で溺れた男を探してんだ?」


「その男のどちらかと契りを結ばないといけないの」


 灯台男は鼻をひくつかせた。


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