第4話 体育館の天井に手形が……

pisode4 体育館の天井に手形が……

 


「キャー」

六年生の夏未ちゃんが悲鳴を上げました。

マーチングの練習をしていたチームのみんながかけよってきました。

夏未ちゃんはバトンをとりおとしてふるえています。

真っ青です。

顔から冷や汗。

タラタラとたれています。


「どうしたの、ナッチャン」

「どうしたの」

みんなが心配しています。

夏未はがくがく歯をならしています。

歯と歯がかみ合ってカチカチ乾いた音がしています。

ブキミデス。

青い顔がケイレンしています。

ヒクヒク小刻みに動いています。

顔に小さなサザナミが立ったようです。

ただごとではありません。


「手のあとが。手のあとが天井についている」

ようやくそれだけいいました。

夏未がとびはねていた場所の上の方をさしました。

ゆびさすさきの天井には――。

みんながいっせいに叫びました。

こんどはチームの全員が怖くて泣きだしました。

「なによ? あれ?? こわいよ」


たしかに、みんなの見あげた天井に。

くっきりと手のひらのあとがみえます。

それは朱印をおしたようです。

赤い手形です。

それも大きさからいって。

見あげてふるえている少女たちくらいの。

としごろの。

子どもの手の形です。


「純くんがきたんだよ。純くんがナッチヤンにあいにきたんだよ」


中山純はこの学校から転校しました。

鹿沼のクレーン車事故でこの春なくなったばかりです。

マーチングのメンバとは仲良しでした。

野球部でピッャーでした。

女子生徒に人気がありました。

よく練習の合間にマーチングの。

とくに夏未のバトンの演技を見にきていました。


「ナッチャンのことラブラブなんだよ」


みんながいっていました。

夏未は、ははずかしくてなにもいえませんでした。


「夏の少年野球大会みにきてくれよ」

転校するとき、いわれました。

夏未はただうなづくだけでした。

でも胸がどきどきしました。

すごくうれしかったのです。


それが鹿沼のクレーン車事故で死んでしまいました。


「肢体不自由で生きるより、これでよかったべよ」


と純のお父さんは葬式の席で泣いていたそうです。


下半身グシャっとつぶされた純は逆立ちしてわたしに会いに来た。

血をながしながら、逆立ちで近寄ってくる純のイメージ。

いや。

両手で歩いてきたのだ。

夏未にはその気配がわかりました。

オバケに成っても、純ちゃんはわたしに会いにきた。

夏の大会にはでられない。

かわいそうな純ちゃん。

下半身から血をながしている。

歩けないので、両手で逆立ちしてわたしを見ていてくれた。

いや。

両手を使ってあるいてきたのだろう。

逆立ちしているのではない。

あそこに、立っているのだ。

両手で。

上半身だけの体。

両手で支えている。

だから天井に手形が――。


そうだ。

まちがいない。

純ちゃんだ。

純ちゃんが会いにきた。


みんなもあれが純の手形とみとめた。

だれも、もうふるえていなかった。

オバケだっていい。

あれは純ちゃんの手形なんだ。

「純ちゃん。すきよ」

夏未はだれにも聞こえないように心の声で純に呼びかけました。

ヒタヒタと床に足音? がします。

両手で逆立ちしても、足音というのかしら。

と夏未はふと思いました。

天井からおりて純が近寄ってくるようです。

床に赤い手形がついています。

でもそれはみんなには、見えないようです。

手形が夏未の前でとまりました。

「純ちゃん。すきよ」

だれにも聞こえないように。

そっと……夏未はつぶやきました。

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