いつか終わる関係

「おはようございまーす」

「はい、智花ちゃん、おはよう」


 お店に入るとドアについている鐘がカランカランと鳴った。広い店内、たまたま出入口の近くにいたマスターが微笑んでくれた。

 私が高校卒業と同時に就職したのは雑貨屋さんだ。マスターが経営しているこのお店は修学旅行生や外国人旅行客にも大人気で何度か雑誌やテレビでも取り上げられている。広い店内に京風雑貨、日本特有のもの、海外旅行が趣味のマスターが気に入って海外で仕入れてきたもの、契約している職人さんの作品、小中学生も使うような文具などなど多種多様な雑貨が並んでいる。開店は10時とそんなに早くないので朝にゆっくりできるのと、私が無類の雑貨好きというのもあってこのお店に就職することを決めた。

 大学に行かなかったことに別に理由はない。特に勉強したいこともなかったし、早く社会に出たかったし。元々大好きだったこの雑貨屋さんが正社員を募集しているのをたまたま発見して、このチャンスは絶対に逃せないと思ったのも大きい。そしてその時の決断を今、後悔しているどころかこれ以上の選択はなかったとも思っている。大好きな雑貨に囲まれて、人にも恵まれて、私は今幸せだ。仕事をしていて幸せだと思える人がこの世界に何人いるだろう。そう思うと本当にここに就職してよかったと思う。


「あ、これ新商品ですね」


 荷物をスタッフルームにあるロッカーに入れてエプロンをし、店内に戻るとマスターが木製の猫の時計を陳列していた。傍にある段ボールには他にも木製の猫のスプーンや置物が入っている。思わず可愛いと感動してしまう。


「そう。一昨日、智花ちゃん休みだったでしょ。突然大きい男の子がこれここで売ってもらえませんかって言い出して。可愛いから是非契約させてって頼んだんだ。話聞いたら近くの美大の生徒さんだった」

「えっ、突然ですか?それ受け入れたんですか?」

「もちろん。俺が可愛いと思ったんだから売るよ」


 私はもっと話聞いた方がいいんじゃ、とかもっと考えた方がいいんじゃ、と思うけれど、マスターは基本的に感覚で生きている人だ。それでお店をここまで大きくしたのだからすごいとも思うし、私がそれ以上何か言うべきでもないと思う。マスターを尊敬してもいる。


「でもこんなに可愛いもの作る人、私も会ってみたかったな」

「そのうち会えるよ。なかなかのイケメンでさ、ヨーコとキミちゃんが連絡先聞こうかなーなんて言って喧嘩にまで発展してたから」

「ハハ、ハ……」


 二人の喧嘩はよく見てはいるものの想像しただけで怖い。ちなみにヨーコさんは見た目と心は完全に女の人なんだけど、戸籍上の性別は男性だ。無類のイケメン好き。キミちゃんは今年大学を卒業して就職してきた美少女系の女の子。清楚で上品な見た目とは裏腹にかなりの肉食系女子。イケメンを見ると周りの女子を蹴散らしてゲットしてきた獣だ。感覚は鋭いものの子どもが四人いてちょっと気の強い奥さんに尻に敷かれているマスターがお店でもこの二人に尻に敷かれている。私はそんなマスターを助けるほどの気の強さもないのでひたすら見守ることに徹している。


「合コン決まったら智花ちゃんも連行されるよ」

「またですか……」


 二人のお気に入りの男子が現れた時、何とかして食事会という名の合コンをセッティングしたら必ず私も強制連行されるのだ。「彼氏いらないみたいな顔してスカしてんなよ」とドスの効いた太い声で美少女に言われた日には逆らえるわけない。

 別にスカしてるわけじゃないのだ。彼氏だってできるなら欲しい。でもどうしても頭の中には壮太がいて失礼なことだと思いながらもどんな男性とも比べてしまうし、彼氏ができたら壮太との関係も終わると思うと一歩進むのが怖くなるんだ。何とかしたいと思いながら今の関係に甘んじてしまうのはやっぱり決定的な言葉を聞くのが怖いからだし、会えなくなるくらいなら壮太に触れられる今の距離がいい。彼氏候補よりセフレを取るなんて何て馬鹿なのと自分でも思うけれど。


「智花ちゃんは彼氏いらないの?」

「欲しいですよ」


 マスターのまっすぐな質問に笑顔で答えた。壮太が彼氏になってくれる妄想なんて高校生の時に何回もした。でも現実を知る度にその妄想はできなくなっていった。


「でも無理なんですよね」


 不思議そうな顔をするマスターから目を逸らした。


「文房具陳列してきますね」


 朝は苦手だ。今日も同じ1日が始まる空気に耐えられないから。

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