第53話:拒絶

 アリサが目覚めたと聞いてヒルと共に部屋へ向かうと、守備隊長と起き上がったアリサがこちらに視線を向けてきた。


「……どのくらい眠っていたの? 私」

「丸一日くらいだ。大丈夫なのか?」

「平気よ。それより状況はどうなってる?」


 意外なほど冷静なアリサに、少々困惑した守備隊長が戸惑いながら説明を始めた。


「大きな変化はありません。王子は約束を守っておられるようです」

「そう、傲慢ごうまんな人ね。急ぎましょう。あと二日しかない」


 アリサは立ち上がるとすぐに部屋を出て行き、守備隊長があわてて後を追って行く。ショックで泣き出したり、兄の裏切りにいきどおる事もない彼女の様子を見て、ヒルが意外なそうな顔でこちらに話しかけてきた。


「平気そうじゃねぇか、王女様」

「そう見えましたか?」

「いいや。かなり思い詰めてるな、ありゃ」

「……行きましょう」


 ヒルと共に、アリサ達の後を追って城壁の上層へ向かった。


※※※※※※※※※※


 二人を追った先には、城壁の上から自分の国を侵略せんとする兄の軍勢を睨みつけるアリサの姿があった。


「隊長、あの軍勢を止められますか?」

「……出来得る限りのことは致します」

「分かりました。彼らの好きにはさせられません」


 少し離れたところで見守っていたヒルが、深刻な面持ちでこちらに耳打ちしてくる。


「おい、不味いんじゃないか? このままだと、王女様は」

「ええ。全滅覚悟で飛び出していきますね」


 アリサの言動には身に覚えがあった。かつて、辺境の村で自分がおちいった復讐に囚われた己の姿。全てを犠牲にしてでもと妄執に取り付かられた者の目だ。


「ともかく、彼女をこのままには……」

「あなた達」


 ヒルとの話に夢中になって、アリサが近くに来ていたことに気付かなかった。

 毅然と、そして、何者をも寄せ付けようとしない見たことのない彼女がそこにいた。


「用が済んだなら、ここから去りなさい」


 すると、今まで肩に乗っていた聖霊がアリサの方へと飛び移って行ったのだった。


※※※※※※※※※※


「どうしちまったんだ。王女様」

「刺し違えてでも、ここで兄を止めたいんでしょう」

「出来ると思うのか?」

「無理です。敵は彼らだけじゃありません」

「ここで戦っても、帝国の力は健在か」


 敵は西側だけではない。


 東にも不穏な動きを見せるバラク王国、それに国内ですらまとまっていないこの状況ではまともに動くことすら出来ない。


 だが、それ以上に……


「あのままなら、アリサは確実に死にます。そんな事は絶対させません」


■■■■■■■■■■


 ククリが戻って来て、私の周りからは再び人が遠ざかって行く。だけど、今はこの状況が好ましい。

 眼下の軍勢を睨みつけ、無駄と分かっていても、あの中に居るであろう兄の姿を探してしまう。


 そんな事をしているうちに、誰かが私に近付いてくる。誰かは、見なくても分かっている。


「まだ居たの?」

「ここでいくら意地を張ったところで、君の望む結果にはならないぞ」

「そうね。あなたに言われなくても、分かっているつもりよ」

「君は王女だ。個人的な感情で、戦って良い立場じゃ……」

「分かってるって言ってるでしょ!!」


 正論を叩きつけてくる青年に苛立ち、出た声は意外に大きいものだった。

 親を殺され、そして、目の前には道を踏み外した兄。ここで戦わない選択肢は、私には無い。


「あなたに、あなたに何が分かるの?」


 この時ばかりは、聖霊に耐性を持つ彼が鬱陶うっとうしく思えた。今まで睨んでいた矛先が彼の方を向くと、悲しい表情を浮かべた顔が、視界に飛び込んで来た。


「……分からないと思うのか?」


 そう言われて、私は、辺境で出会った少女の顔を思い出して絶句する。怒りに任せて飛び出そうとしていた彼を、引き止めたのは私だ。


「あの時とは立場が逆だな」


 悲しい表情のまま苦笑する彼は、見ていて辛くなるほど痛々しい。


「俺は、今でも自分が許せないんだ。託されたものすら守れなかった力の無い自分が」

「そんなこと……」

「君がこのままなら、俺と同じ苦しみを背負ってしまう」

「ば、馬鹿にしないで」

「深呼吸して、周りを見てみろ」


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、言われた通りに深く息をして周囲を、守備隊の面々を見回す。すると、今までは一様に無表情に見えていた彼らの表情が見て取れるようになった。


「こ、これって……」


 ある者は死を覚悟して硬い表情を崩さず、ある者は涙を浮かべて立ち尽くし、ある者は膝を抱えて壁に持たれかかっている。


 それぞれ反応は様々だが、皆が絶望を感じていた。


「見えたか? ここの現状が」

「……少し、考えさせて」


 そう言って、私は逃げるようにして自室へと向かった。


■■■■■■■■■■


 アリサが立ち去った後、遠くから見守っていたヒルが近づいてくる。


「どうだった? 王女様は」

「今はまだ。ただ、周りは見えるようになったはずです」

「だが、流石にお前の策は受け入れられないだろ?」

「なんの話ですか?」

とぼけんな。お前、この国の西側を切り捨てるつもりなんだろ?」


 思わずヒルの方を向くと、彼は肩を竦めながらこちらを睨んでいた。


「馬鹿にすんなよ。今までの状況を考えれば、お前の考えは見え見えだ」

「……ここで戦っても、無駄死にするだけです。それに、こうしなければこの国の西側は確実に生き残れませんから」

「どう言うことだ? 何で切り捨てることが生き残ることになる? 逆だろ、普通」


 困惑の表情を浮かべるヒル。確かに彼の疑問はもっともだ。ただ、それはまともな為政者いせいしゃがいて、問題のない国政が行われていての話。


「そろそろ、オエスにも影響が出始めているはずです」

「何が起こってるんだ?」

厄介やっかいな人が、玉座に座っていますから」


 この国の王族は、そろいもそろって他人を苦しめずには居られないらしい。


 それからヒルは、西部の現状を調査すると言いて国境を後にしたのだった。


※※※※※※※※※※


 その日の夜。


 ヒルが居なくなった事で、あてがわれた部屋は随分と広く感じた。

 猶予も明日の一日だけとなって流石に焦る気持ちもある。だが、一人でここを離れるつもりは無い。


 そんな時、部屋の扉を叩く音がして、立ち上がり扉を明けると、目の前にはアリサが立っていた。


「どうしたんだ?」

「……少し話せる?」

「ああ。大丈夫だ」


 そう。と言って部屋に入って来たアリサは、ベッドに腰掛けた。自分も向かいのベッドに腰掛けて向かい合わせに座ると、心なしか彼女が少し不満そうな顔をしたように見えたが、彼女はすぐに表情を消してしまった。


「それで、どうしたんだ?」

「……国境ここで戦っても勝てない事は分かっています。だったら、あなたならどうするのかを聞こうと思って」


 言うべきかを少し考えて、自分の考えを正直に話すことにした。お互いに腹を探り合っている時間はもう残されていないから。


「俺は、エルドの西側を一旦手放す必要があると思っている」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る